Roaring 04. ダーティ魔法探偵事務所




 封筒の中には事務所の住所と『ダーティ魔法探偵事務所。住居、一日三食付き。給与は……要相談かな?』とわりかしでたらめな雇用条件が書かれたメモと、簡単な紹介状が入っていた。空腹状態で箒に乗るのはあまりよくないが、電車賃も持っていないので仕方がない。

 とにかく今はなんとしてでも仕事と宿を得ることが先決だと、アメリアはブロードウェイの上空に舞い上がった。ニューヨークの中心街から離れて東に二十マイルほどいくと、ずらっと延びるロング・アイランドの一角に異様な形をした二つの土地が異彩を放っていた。


「えっ、これ……どっちだろう」


 それはまさしく一対の卵だった。東西に分かれた半島は形ばかりの入り江を中にして、西半球でもっとも発展した水域であるロング・アイランド海峡の中に突き出ている。まるで鏡に映したように、その形や大きさがほぼ同じであり、魔法で複製されたと言われても信じるに値するほどだった。

 西か東か、さんざん迷った挙句、アメリアはウエスト・エッグに降下した。そして、それは正解だった。

 広い庭に大理石のプール、短く綺麗に整えられた芝生を備えた、家賃が軽く百ドルを超えてしまうような、ピカピカに輝く華やかな白い邸宅が並ぶ中で、魔女の屋敷と見紛うような崩れかけの廃屋――にも分類されかねない、妙に古びた植民地時代の屋敷が建っていたのである。


「えっ、もしかして……ここ?」


 家の前の標識には――確かに『ダーティ魔法探偵事務所』とある。まるでそこだけ亜空間に踏み込んでしまったかのように、沈んだ雰囲気の中にそれは建っていた。


「えっ、ええっ……」


 もし自分が依頼人だったら確実に二の足を踏んでしまうような事務所だ。『汚いダーティ魔法探偵事務所』とはよく言ったものだと、アメリアは少し納得した。

人払いの魔法か、それとも迷彩魔法でもかけられているのかと疑ってみたが、別にそんなことはなかった。

 なんてことない、ただボロいだけだった。よほど主人がものぐさなのか、家の前のペンキは長年の風雨に晒されて剥げ落ち、芝生は何年も手入れされていないのか伸び放題だ。

 アメリアはこの時点で帰りたくなったが、『偉大なる魔法使いグレート・ウィザードギャツビー』からの直々の紹介だ。腹に背は変えられないので、チャイムを鳴らすことにした。

 リンリンという間の抜けた呼び鈴の音。しばらく待つと、カチャリと扉が魔法で解錠された。中からなにも返事はないが、どうやら入れということらしい。


「…………。誰かいますかー?」


 アメリアはノックして扉を開けた。屋敷の中は真っ暗だった。恐る恐る玄関に足を一歩踏み入れた瞬間、アメリアの身体に痺れのようなものが走った。


「くっ、これは……罠魔法!?」


 侵入者の迎撃の目的で設置されるような、ホーム・セキュリティ・マジックだ。アメリアはすぐに術式の解術に取りかかるが、それよりも襲ってくる眠気のほうが強かった。


「しっ、しま……」


 まぶたが重くなり、視界が徐々に狭まっていく。数秒後、アメリアは意識を失った。




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