Roaring 02. めっちゃ馬鹿じゃないですか!


「……という感じだな」

「えっ、という感じだったんですか!?」


 スクリーンに投影された映写機の記憶映像は、ハリウッドさながらの大迫力の魔法戦を展開していた。あたかも作り物と言った感じで、そもそも顔からして目の前の男と違う。

 その時、場面が出撃前の回想シーンに入った。コミカルに演じるドジな上官に、取ってつけたような魔導トーキーの安っぽい笑い声が入る。獣人の少女はその男を見て目を見開いた。


「えっ、てか、これ、もしかしなくてもチャップリン!? 本物!?」

「あー、そうだな。特別出演だ」

「特別出演って。なんで、どうやってこんな端役に大スターを……。えっ、てか……その隣で黙って立ってる人、バスター・キートンじゃないですか!」

「あー、それな。こいつ無表情で台詞ないんだよ。まったく、なにがしたいのやら。ただ突っ立ってるだけだ」

「あのバスター・キートンが、ただ突っ立っているだけの役……」


 部屋の掃除中、押し入れから出てきたカビの生えたフィルムには、男の過去が写っていると言われていたが、どうやら完全なる大ウソだったようだ。少女をからかうために作ったいつもの偽物だろう。

 少女はフィルムを止め、ブリキ缶の箱の中に戻した。


「まったく、こんな作り物を用意してたなんて! 楽しみにして損しましたよ!」

「嘘じゃねーよ。ちゃんと、MGMの腕利きの記憶現像術師に頼んだんだぞ」

「MGM製じゃないですか! それに、前に聞いた話と違うし……」

「あー、そうだったな。俺は目の前の黒づくめの男に夢中になっていて背後から近づいてくるもう一人の男に気づかず、奇襲されてボコボコに……」



「めっちゃ馬鹿じゃないですか!」



「おい、めっちゃ馬鹿ってなんだよ! 痛かったんだぞ! 魔力も失っちまうし……」

「はいはい。それはもういいですから、早く部屋を片付けないとハドソンさんに叱られますよ。ほら、師匠。夕方からガーシュウィンのコンサートに連れていってくれるって、約束したじゃないですか」

「あー、でもなんかめんどくさくなってきたな。レコードで我慢しないか?」

「絶対にしません! 約束守ってくださいよ、師匠!」

「ふぇい~」

「邪魔ですから、どいてください! しっ、しっ!」


 押しつけられたフィルム缶とともに弟子に追い出されたダーティは、欠伸交じりにぐっと伸びをして、天高くで輝く二つの太陽をぼんやりと眺めた。懐からたばこを取り出そうとして、弟子に取り上げられて強制的に禁煙させられていることに気づく。


「『青の狂騒曲ラプソディ・イン・ブルー』ねぇ。やれやれ……。確かに狂騒の時代であることには違いないな」


 ダーティは小さく呟き、ブロードウェイに連れていくと簡単に約束したのはいいが、それより今月の家賃が足りるかどうかを考え、結局、先月と同じく、対岸のイースト・エッグに住む金持ちの隣人に金をせびりにいくことにした。




 かつてローマ帝国が地中海の富を、バビロンが東洋の富を飲み干したように、この巨大都市メトロポリスもまた、かつての新大陸の富を飲み干すように鎮座している。

 そびえたつ摩天楼の都。魔導産業革命によって人類にもたらされた世界中の莫大な富が際限なく結集した、現代のバビロン。二十世紀に入ってから、ニューヨークは世界の金融、世界の貿易、世界の享楽の中心地であり、魔法使いも宗教家も、それらとは無縁の者たちも、誰もがこの場所を古代の預言者が説いた黙示録の都市になぞらえた。

 魔導産業革命と行き過ぎた帝国主義の末に勃発した魔法大戦の記憶はいつしか影を潜め――アメリカは後に『狂騒の二十年代』と呼ばれる、かつてない繁栄の時代を迎えていた。



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