かけるは笑顔を少し抑え気味にしていた。

 

 「今日はどうしたの?」


 「なんとなく」


 「うそばっかり」


 髪の長い女の子が話に割って入った。


 「よっぴーがどうしてもって…」


 「ちょっとみっちゃん、余計なこと言わないで」


 陽子ははにかんだように笑いながら、髪の長い子をみっちゃんと呼んで制した。

 そしてまた翔を見た。


 「みっちゃんが、あの店にボールペン忘れたって言ってたから、それで取りに帰ってあげたんです」


 「そういうことにしておこうか」


 みっちゃんは笑って言った。ほかの二人も笑い転げていた。


 「これからどうするの?」


 「もう帰るとこなんです」


 すると、先日は水色のワンピースで今日は黄色のシャツに明るいオレンジのスカートのセミロングの子が陽子に手を振った。


 「私たち先に行って駅で待ってるね」


 「え? たまちゃん、待って」


 陽子は少し焦っているようだった。


 「その前に写真撮ろう。せっかくだから」


 声の低い子が提案したが、なぜかみんなで並ぶのではなく翔と陽子だけを海をバックに並べた。


 「え? みんなで撮るんじゃ……?」


 翔がいぶかっていると、声の低い子は陽子に言った。


 「よっぴー、スマホ貸しな」


 「なんで私の? とみこのは?」


 「いいから」


 結局、翔と陽子のツーショットだけを、とみこと呼ばれた声の低い子は陽子のスマホで撮った。

 みっちゃんと呼ばれていた子とたまちゃんと呼ばれていた子は、にこにこして見ているだけだった。


 ちょうど青になった信号を渡って、国道と丁字にぶつかる道の方へ歩いて行く三人の後姿を、翔は不思議そうに見ていた。

 その道の先のすぐのところに、江ノ電の駅がある。国道と並行して海岸沿いを走ってきた江ノ電も、ここだけは少し海岸から離れる。そこが駅だ。


 「あの子たち、なんで先に行っちゃったの?」


 「さ、なんででしょう」


 そう言いながらも、陽子は少しも不思議そうにはしていなかった。


 「せっかくだから砂浜に降りてみよう」


 翔はちょうどその場所にある砂浜へ降りる階段を、陽子とともに降りた。


 砂浜は割と幅がある。

 今日も多くのサーファーたちがわずかな波の間に漂っていて、遠目で見ると水鳥のようだ。

 これだけ広くそして長い砂浜なのに、海水浴場ではないから海の家など一つもない。砂浜にいるのはわずかなサーファーたちだけで、あとは波の音が聞こえるだけだ。

 背後の国道を行き過ぎる車の音が、それに重なったりする。


 「広いなあ、海は」


 翔は目を細めた。陽光がまぶしい。


 「あれが江の島」


 陽子が右の方を指さす。


 「それくらいは知っている」


 翔は笑う。


 「行ったこと、あります?」


 「ないけど」


 陽子は声を出して笑った。


 「冬だとよくその向こうに富士山が見えるんですけど、夏はまず無理ですね」


 二人は波打ち際まで、ゆっくりと歩いてみた。陽子は目を伏せて足元を見ているようだけど、時々ぱっと顔を挙げて笑顔で翔を見る。


 「このへん、とんびが多いから気を付けてくださいね」


 「とんび?」


 翔は空を見上げた。

 どこまでも青い夏の空があるだけで、ほかには何も見えなかった。


 「なんか食べてたりとかしたら狙われますけど、食べ物持ってなかったら大丈夫ですよ」


 「食べ物、取られるの?」


 「こんなところで食べ歩きしてたら、まず後ろから急降下してきたとんびに食べ物は持って行かれますね」


 「やっぱ地元の人はよく知ってる」


 「地元といっても、私の家はあの江の島の向こうの方ですけどね」


 陽子は歩きながら首をすくめた。


 「そういえば、地元の人がなんで海しかないこんなところに?」


 「サーファーを見に来たんです。私たち実は、SUPの体験スクールでレッスン受けに来てたんですけど、SUPだけじゃ物足りなくて本物のサーファーさんを見たかったから来たんです、あの日」


 「サップ?」


 「最近流行はやり始めたウォータースポーツですよ」


 「何かの略?」


 「えっと、何でしたっけ? スタンド…アップ…? Pは、Pは…忘れちゃいました」


 陽子は笑いながら小さくペロッと舌を出した。


 「サーフボードみたいなボードの上に立ち上がって、オールの長いので漕いで遊ぶんですよ。サーフボードよりも大きいかな?」


 「へえ、どこでやってるの?」


 「江の島の橋のところです。サーフィンと違って波には乗らないし、むしろ波がないところでゆっくりと漕ぐんです」


 「でも、立ち上がるのがむずいだろ?」


 「ええ、そこが一番大変でした」


 「その体験スクールは今日まで?」


 「そうなんです。なんとか立ち上がることはできるようになりましたけれど、でもサーフィンの方がむずいですよね、かっこいいけど。やらないんですか?」


 「誰が?」


 「あ、あのう、お名前」


 陽子は歩きながら翔を小さく指さした。


 「あ、俺、寺島翔、飛翔のしょうかける。翔って呼んでくれていいよ」


 「じゃあ、私は陽子で」


 「友達はよっぴーとか呼んでたね」


 翔は少し笑った。


 「どっちでもいいですよ」


 「そうそう、メモに書いてあった君の苗字は何て読むの?」


 「みのりかわです。なかなか読んでくれない。学校の先生とかも」


 「そうだ、学生さん……だよね?」


 「はい」


 「えっと……」


 「大学一年生です」


 「ああ、じゃあ俺の二個下? 俺、三年だから」


 「そうなんですね」


 「さっきの友達は大学の?」


 「実は高校から一緒で、同じ大学です」


 「三人とも? それって珍しくね?」


 うふふと陽子は笑った。


 「それが珍しくないんですよ。私たち四人とも今行ってる大学の付属高校出身で、内部進学だから」


 「あ、やべ!」


 突然、翔は大きな声を挙げた。陽子は驚いて翔を見た。


 「俺、仕事行かなきゃなんないんだった」


 「あ、ごめんなさい。引き止めちゃって」


 「いや、いいよ。ごめんね。もう店に戻らなきゃ」


 二人は砂浜を歩いて、国道への階段を上った。二人で信号で国道を横断した。


 「じゃ、ここで」


 「あ、さっきのメモにメールアドレス書いてましたよね」


 「そうだね。でも、メールなんかよりもここで連絡先交換しよう」


 翔も陽子もスマホを出し、LINEのページからQRコードでIDを交換してそれぞれ登録した。


 「じゃあ、今度は横浜来て。案内するから」


 「はい、ぜひ」


 にっこり笑って、陽子は駅の府へと歩いて行った。そして一度振り返ってずっと後姿を見送っていた翔に手を振り、また歩きだした。

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