荒野乙女の鉄道旅行
徒家エイト
第1話
茶色の荒野に線路が1本敷かれていた。
燦燦と照り付ける日差しで、線路の上には陽炎が揺らめく。
その線路の上を、蒸気機関車に引かれた列車が一編成走っていた。前3両は、窓のついた茶色の客車で、後3両はくすんだ緑色に塗られた貨物車。客車にはまばらにしか人が乗っていない。
客車はボックスシートになっていて、座席は木製のものに硬いクッションが敷かれているだけの粗末な車両だ。外面の塗装は所々剥げ、木々がむき出しの内装も色あせが目立つ。天井に吊るされたランプが、振動でカタカタと揺れていた。
空調設備はないので、窓がすべて開け放たれている。そこから風や、ときおり煤が舞い込んできた。
「しかしまあ」
そんな客車に、二人の乗客がいた。
「こうも景色が変わらないというのは、すごく退屈ねえ」
乗客の一人がため息をつく。
真っ赤なウエスタンドレスを着た、整った顔立ちの女性だった。透き通った金色の髪の毛は、シニヨンにまとめられている。退屈そうに窓の外を見つめる瞳は、空のように青かった。
足元には大きな革のトランクが一つと、日傘が一本置かれている。レースで編まれたフリルで飾られた、赤い花柄の傘だった。今は丁寧に畳まれている。
女性の膝には、大きな羽をあしらった、これまた深紅の帽子が置かれていた。女性はその帽子をくるくると手のなかで回して遊ぶ。その指には、銀の指輪が輝いていた。
それを、向かいに座っていた女性が窘めた。
「ちょっとマリー。その帽子高いんだから、あんまり遊ばないでよ? 飛んで行ったらどうするの」
「その時はそのときよ、エリス」
「その時って……」
注意したのはチェックのシャツにベスト、ジーンズというカウガールの恰好をした、背の低い少女だった。
マリーと呼ばれた女性と同じように、テンガロンハットを膝の上に、こちらは大切そうに乗せている。彼女の左手の薬指にも、マリーと同じ指輪が嵌められている。
乗客は、マリーとエリスの他は、この車両には誰もいなかった。おかげでマリーは胡坐を組んで、だらしない恰好で座っている。一方のエリスは、きちりと足を閉じていた。時折風に吹かれている髪の毛を気にしていじる。
マリーが口を開いた。
「次の街はまだかしら?」
「あとちょっと、だと思う。列車が送れてなければ」
エリスはベストの内側から懐中時計を出す。
「具体的には?」
「一時間ぐらい」
「それはちょっとではないでしょう」
マリーは顔をしかめると、席を移動し、そのままエリスの方にだらりとしなだれかかった。
「ちょっとマリー、ここ外だよ! だらしないって」
「私たちの他には誰もいないわ」
エリスの膝の上に頭を置くと、そこからエリスを見つめる。
「ちょっとぐらい、ふーふ水入らずの時間を過ごしてもよくなくて?」
「そ、それは……」
マリーの言葉に、エリスは頬を染める。マリーはそんなエリスを見て満足げに微笑むと、猫にやるように、彼女の顎を優しく撫でた。
「ね、エリス。久しぶりに、どう?」
「マリー、……わかっ」
エリスがごくりと唾を飲んだ瞬間、機関車がギギギ、という音を立て、汽笛を鳴らしながら急停車した。
「うわっ!?」
「おっと」
二人は慣性に従い、前方の座席に押し付けられる。
「まったく何事なの? 運転士は何をしてるのかしら」
マリーが文句を言う。
一方エリスは怪訝そうに顔をしかめつつ、テンガロンハットをかぶった。
「駅でもないのに列車が止まるって言うのは、……あんまりいいことじゃない気がする」
エリスの右手が、太ももに添えられる。冷たい金属の質感が伝わってきた。
44口径のリボルバー式拳銃『ブル』がそこに納められている。
「こいつが、必要になるかもしれない」
一方マリーはあっけらかんと笑う。
「あら、案外ポンコツクソザコ運転士が信号を見逃したということも」
その時、客車と客車を繋ぐドアが乱暴に開けられた。
そこから出てきた散弾銃で武装した覆面の男を見て、マリーはため息をついた。
「なかったわね」
「強盗だ!! 手を上げろ! 抵抗すると撃つ!」
散弾銃を向ける男に、二人は大人しく両手を上げる。
「なんだ、この車両は女二人か」
男はマリーたちを見ると、鼻で笑った。
「親分、この制圧できましたぜ!」
「よし、よくやった」
男の後ろから、もう一人男が現れる。2mはありそうな巨漢だった。覆面のせいで顔は見えないが、破いたような半袖のシャツから覗く腕は筋肉質で、傷跡がいくつもある。
「ここは女だけか。よし、縛れ」
「はい!」
巨漢の命令に、男が腰につけていた縄を取り出す。
「ちょっと」
そんな二人に、マリーが声をかけた。
「乙女二人を縛るだなんて正気? あなた方、そんなに腕に自信がなくって?」
「ちょっとマリー、ここは穏便に……」
エリスの忠告を遮り、マリーは言った。その煽るような物言いに、巨漢の方が青筋を立てる。
「なんだお前は」
「お前こそお前とは何よ。私はマリー・エドワーズ。ポートランド出身の21歳です」
「ふっ、ご丁寧にどうも。そっちのチビはなんだ?」
「……私はエリス・エドワーズ。グリズリア出身、17歳。……そこのマリーの伴侶だ」
マリーの前に出るようにして、エリスが答えた。その答えに、二人の男はキョトンとしてお互いを見つめる。それから膝を抱えて笑い出した。
「伴侶!? 意味わかって言ってんのかお嬢ちゃんよお」
「女同士で結婚ごっこかよ、笑わせるじゃねえかはっはっは!!!」
「うるさい! マリーに手を出してみろ、撃つぞ!!」
エリスは銃を抜いた。それはエリスの体躯には合わない、巨大なリボルバー式の拳銃だった。
「『ブル』か。良い趣味してんなあお嬢ちゃん。そいつぁお嬢ちゃんには似合わねえなあ」
男が舌なめずりしながら言う。
「『ブル・エリス』の名前を知らない奴は、あたしの故郷にはいなかった」
「『ブルブル・エリス』の間違いじゃねえのか? 今も震えてるぞ。お嬢ちゃん」
「うるさい!」
エリスは撃った。ズドン、と腹の底に響く銃声がして、エリスは後ろ向きに倒れる。弾丸は天井を穿ち、穴をあけたが、それだけだった。
「反動でまともに撃てやしねえじゃねえか。バカじゃねえのか」
「まあ余興には十分だな。おい、さっさと縛り上げろ!」
「それはそれは、楽しんでいただけて何より」
「え?」
気が付くと、男たちのすぐ鼻先にマリーがいた。
「でも伴侶を馬鹿にされますと、あんまり気持ちの良いものではないのよ、お坊ちゃん」
「てめ」
マリーを撃とうとした男は、違和感を覚えて下を見た。長いレイピアが、自分の腹に突き刺さっていた。
「え」
柄は傘の物だった。マリーの日傘が仕込み傘になっていることに、男はようやく気が付く。
マリーはレイピアを抜くと、男の喉に蹴りを入れる。男はそのまま倒れた。
後ろにいた巨漢は何が起こったのかわからないまま、呆然とマリーを見つめる。その隙に、マリーはレイピアで巨漢の喉を突く。
「がっ」
「ごめんあそばせ」
そして座席に飛び乗ると、そのままレイピアの柄を使って、巨漢のこめかみを殴打した。巨漢は白目をむいて倒れる。
「私の妻を馬鹿にするからよ」
マリーはエリスの方を向くと微笑んだ。
「どう? 褒めてくれる?」
「……さすがマリー。でも」
「わかってるわ」
マリーは振り向かず、後ろにレイピアを投げる。
「親方! いったい何がぁっ!?」
前から現れたもう一人の男の右胸に、レイピアは深く突き刺さったのだった。
「いやはや、一体なんと感謝の言葉を申し上げれば」
「五百万レクで手を打つわよ? 貴金属でも可」
「マリー!」
金を寄越せのジェスチャーをしたマリーの頭を、エリスは即座に叩いた。そして保安官に向けてほほ笑む。
「その、私たちは当然のことをしたまでですよ」
列車強盗は全部で四人だった。三人を即座に打ち倒したマリーを見て、機関車にいた四人目は降伏。駅に着くと、四人とも保安官に引き渡されたのだった。
「この辺りでは列車強盗が頻発しておりましてな。積み荷が届かなくて街の住人も困っていたんですよ。いやあ助かりました」
壮年の男性保安官がそう言って笑い声をあげる。恰幅が良く、顔は脂ぎっている。マリーはこっそりエリスの方を向くと、顔をしかめてから呟く。
「あいつの仕事が足らないんじゃないの」
「マリーっ」
「いて」
小声で毒づいたマリーの足を、エリスは外面の笑みを浮かべながら踏みつけた。エリスはそれをごまかすように咳払いをする。
「と、ところで、この街は」
「ああ、ご紹介が遅れました。ブライトストーンの街へようこそ。小さくて何もない街ですが、どうかごゆるりとお過ごしください」
ブライトストーンは、この荒野に点在するほかの街と同じように、駅を中心とした小さな町だった。
木造の簡易的な駅舎の向こうには、石造りの市役所と教会が、広場に向かい合わせで並んでいる。そこから真っすぐ大通りが伸び、左右には木造の商店が並んでいた。
「ブライトストーンのオアシスは水量が少なくて、住民もそれほど多くはありません。加えて列車強盗のせいで物流も滞っていて、今はこのありさまです」
保安官が言う通り、大通りには人影はほとんどない。商店も、今は閉店している店が多かった。
列車は強盗4人とマリーたち二人だけを降ろすと、時刻表に従ってさっさと出発してしまった。おかげで今、駅はとても静かだ。風の音が響くだけである。
その静けさを打ち破るように、保安官は明るく言った。
「ですが、それも今日でおしまいです。あなた方は街の英雄ですよ。どうか歓待させてください」
「そんなことはどうでもいいわ」
マリーはぴしゃりと言って腕を組む。
「私たちがこの田舎町で降りた理由は一つよ。ここの教会では結婚の盟約はやっているかしら?」
「え、ええまあ。教会ですから」
「女同士でも?」
「はあ?」
保安官は眉をひそめた。
結婚の盟約。
婚姻する男女の契りを教会が取り仕切る行事のことだ。これを持って正式に結婚が成立する。
盟約を執り行わなければ、役所も婚姻の届を受け取ってくれないほど、この世界では重たい意味を持つ。そして通常、盟約は男女の間でしか執り行わない。
「女性同士で盟約を行うというのは……、私は聞いたことがございませんな。そもそも教義に反する」
「そう」
マリーは興味を失ったようにそうとだけ言うと、くるりと後ろを振り返った。
「エリス、行きましょう。ここも私たちの目的地ではなかったわ」
「そうだね」
怪訝な顔をする保安官に、エリスは苦笑いを浮かべて説明した。
「あたしたち、女同士でも盟約を結べる教会を探してるんです。この大陸のどこかに、そんな教会があるって聞いて」
「なんと、それは……」
保安官は信じられないものを見たというように二人を見つめた。
「保安官さん、そう言う協会の噂、聞いたことありませんか?」
「い、いえ。私はこの街を出たことがないですし……」
「そうですか……」
「ちょっと保安官、ここ、次の列車いつ来るのよ」
マリーが荷物を持ち、今すぐにでも出発しようという様子で尋ねる。そんな彼女に保安官は申し訳なさそうに告げた。
「次の列車は明日の午後です。それまで列車はありません」
「はあ!? 何よそれ、丸一日はあるじゃない!」
「この路線は支線なもので、運行本数も少ないのですよ。ご辛抱ください」
「まったく、だから田舎は嫌なのよ」
「こらマリー」
エリスはマリーを小突く。そして保安官に向かって聞いた。
「保安官さん。この街の宿を紹介してほしいんですが……。出来ればあまり高くなくて」
「ベッドが綺麗なところを紹介してちょうだい」
「……だそうです」
二人の要望に、保安官はひげをなぞった。
「そうですな。この街に宿屋は一軒しかないのでそこにご案内することになりますが……。宿代は私が持ちましょう。今回のお礼です」
「そこ、綺麗でしょうね?」
「汚くはないですよ、……ベッドは」
案内されたホテルは、確かに汚くはなかったが、かといってきれいでもなかった。
通されたのは薄汚れた木造二階建ての一階で、ベッドが二つと小さなテーブルが一つ。そしてクローゼットが一つ置かれているだけの、シンプルな部屋だ。窓の外にはすぐ隣の建物の壁があり、部屋の中は薄暗い。白い小さな花を挿した花瓶が一つ、サイドテーブルに置かれていた。
「トイレとシャワーは廊下の突き当りにあるから、好きに使いな」
ホテルの主人だという中年の女性が胡散臭そうに二人を見る。ひどく痩せていて、頬がこけている。歳はそれほど言っていないようだが、髪は白髪だらけだ。
「食事はどうする? 食べるのかい?」
エリスが答える。
「頂きたいです」
「じゃあ30分後に食堂に来な」
女主人はぶっきらぼうに言うと、部屋を出て行った。
「何よあれ、こっちはお客よ」
「よそ者に厳しい街なのかもね」
エリスは苦笑いをしつつ、荷解きをしようとしているマリーを制した。
「マリー、荷物はそのままで」
「……わかったわ」
マリーはため息をついて、トランクをそのままベッドサイドに置いた。
時間通りに食堂に行く、すでに料理が並べられていた。黒パンに、人参とジャガイモ、何かの葉がわずかに浮いた薄いスープ、ひとかけらの干からびたチーズというメニューだった。コップにはワインらしき赤黒い液体が一口分だけ継がれている。
「あのね、ご主人」
席に座るなり、マリーが口を開く。
「この街では客人をもてなすのに古い保存食を使うのが普通なのかしら? だとしたら、かなり変わった文化だと思うのだけれども」
「文句を言うなら食べなくていい」
「文句じゃないわ。ただの疑問よ」
マリーはくすりと笑う。
「それともなあに? 私たちは歓迎されていないってコト?」
「黙って食べな。いらないなら下げるよ」
女主人はむすりと言う。エリスは困ったようにマリーと女主人をきょろきょろとみていた。するとそこに、小さく痩せた少女が主人の後ろからトコトコと歩いてきた。
「お姉ちゃんたち、いらっしゃいませ」
「あらどうも。娘さん?」
マリーが微笑むと、少女はぺこりと頭を下げる。
「うん! ソニアって言います!」
「あら可愛いお名前」
「お姉ちゃんは、二人で旅をしてるんですか?」
「そうだよ。あたしたちは結婚してるんだ。……盟約はまだだけど」
エリスが教えると、ソニアは目を丸くした。
「結婚してるの? お姉ちゃんたちで?」
「そうよ。悪い?」
マリーがツンとした口調で言う。ソニアはふうんと頷く。
「結婚って、男の人と女の人でするんだと思ってた」
「結婚はね、愛する者同士で行うものよ。男でも女でも」
マリーの言葉に、エリスは少しだけ照れて言う。
「そういうこと。あたしはマリーを愛しているし、マリーもあたしのことを……」
「愛しているわ。世界で一番。この世のどんなものよりも」
そう言って、マリーはエリスを引き付け、その頬にキスをした。ソニアは嬉しそうに笑って黄色い声を上げる。
「キャッ! 素敵!」
「でしょ?」
マリーが得意げに笑う。すると、主人がソニアを自分の背中の後ろに引きずり込んだ。
「ああ、もう~」
「ソニア。部屋に戻りな」
そしてマリーとエリスを睨む。
「うちの娘にあんまり変なもん見せつけないでおくれ」
「変な物とはご挨拶ね。だいたい」
「マリー」
反論しようとしたマリーを、エリスは静かに制した。
「すみません、ご主人。ではお食事頂きますね」
「……ふん」
エリスが静かに食事を始めたので、マリーもしぶしぶそれに続く。女主人は渋い顔のまま、ソニアを連れて奥へと引っ込んでいった。
「エリスは悔しくないの? 私は悔しいわ」
食事を終え部屋に戻るなり、マリーは口から火を噴いた。エリスはというと、淡々とした表情でジャケットを脱ぎ、ベットに腰掛ける。
「悔しくないわけないじゃん。あたしだって、もっと堂々とマリーのこと紹介したいもん」
「ならなんで」
「この街、なんかおかしい」
「…………。住民が偏屈でケチなこと以外に?」
「だいたい、強盗4人程度でこんなに寂れるわけないでしょ。保安官がそうとう無能だったとしてもだよ。宿屋の主人だって、好きであの食事を出したわけじゃない。あれしかできないぐらい困窮してるんだよ、きっと」
「なるほど」
マリーは合点がいったとばかりに手を叩く。そして首を傾げた。
「つまり、なぜ?」
「考えられるのは、多分……」
夜。
月明かりが窓から差し込み、膨らんだベッドを照らしていた。
街はすっかり静かで、時折鳥や虫の声が響くだけだ。そこに、ぞろぞろと集団で歩く男たちが現れた。総勢で30人ほど。皆体格が良い。
男たちは皆スカーフで顔を隠し、帽子を被っている。シャツとズボン、そして大きな銃を腰に差していた。中には散弾銃や機関銃を携えている者もいる。
男たちは大通りの中心を、群れを成しながら我が物顔で歩いていた。
そこへ、一人の男が建物の陰から躍り出てくる。
彼に向かって、先頭を歩くリーダーの男が尋ねた。
「いたか?」
「はい。すやすや眠ってやがります」
昼間の列車強盗の一人だった。血のにじんだ包帯を腹に巻いている。
「昼のお返しだ。やれ」
男たちの一人が、機関銃を構える。
「お休み、お嬢ちゃんたち」
そして撃った。静寂が銃声で破られる。窓枠ごと窓ガラスが破られ、ベッドはあっという間に穴だらけになった。
「ひゃっはっはっは!!」
男たちが笑い声をあげる。
「ずいぶんと乱暴な目覚ましね。ケガをしたらどうしてくれるの?」
澄んだ女の声が、銃声の間に聞こえた。
「え?」
集団の真ん中にいた男がふりかえる。
「どうも」
女がいた。
月に照らされた真っ赤なドレスを着ていた。
「あ」
女がレイピアを構えたのが、男の見た最期の光景になった。
「お、おい後ろ!」
男たちがマリーの襲撃に気が付いた瞬間、大きな銃声が響いた。男たちはとっさに身をかがめる。
銃声は一発、二発、三発と響き渡る。
「ばーか。あの子の『ブル』が当たるわけないでしょ」
そんな男たちを、マリーは串刺しにしていく。
「おい逃げるな! 撃て、撃て!!」
男たちは建物の物陰に隠れつつ応戦する。
だが、
「おい。あの女マジか!?」
マリーは男の死体を持ち上げると、それを盾にして弾を防いだ。死体の血がマリーを襲うが、マリーは気にせず笑った。
「私はね、怒ってるのよ? 伴侶との甘くて素敵な夜を邪魔されたことを」
そうつぶやくと、マリーは死体を投げ捨て走った。
ごきり、と音がして、死体が崩れ落ちる。
「落とし前、ちゃんとつけてくれるんでしょうねえ!?」
そう叫んで、男を隠れていた樽ごと突き刺す。衝撃で樽は粉々に破壊され、中に入っていた水がまき散る。
濡れたマリーが、月夜に照らされた。
「さあ、次がだあれ?」
「まさかこいつ、噂に聞く『
その様子を物陰から見つめていたリーダーの男がつぶやく。
それにマリーが鬼の形相で振り返った。
「今誰かわたしのこと血染めの何とかって呼んだわね!? 許さないから覚悟しなさい!」
「ひい!?」
「藪をつついてなんとやら、だねえ」
宿屋の屋根の上で、弾倉に弾を詰めなおしながらエリスがため息をついた。
「マリーを怒らせたら大陸一怖いって言うのに。さてと」
エリスは装弾を終えると、腰をかがめて立ち上がった。
「あたしはあたしの仕事をしなきゃね」
マリーが強盗団を串刺しにしているころ。
駅のプラットフォームを降り、線路を走り去っていく人影があった。
エリスはその人影を見つけるなり、撃つ。
「はい、ストップ」
人影は驚き、枕木に躓いて転んだ。エリスは銃を構えつつ人影に近づく。
人影は保安官だった。エリスはランプを掲げて男を照らす。
「やっぱり、あんたが黒幕だったんでしょ」
「な、何のことだ! 私は今から応援を呼びに……」
「今更? あんな強盗団がもうずっと街を蹂躙していたのに?」
「そ、それは」
「あんた、強盗団と組んで街を略奪してたんでしょ」
エリスは冷たい視線を保安官に向ける、
「…………」
「街の人はみんなやせ細ってるのに、あんただけ恰幅も血色もいい。良いもん食べてそうだもんね」
「そ、それは言いがかりだ!」
保安官は叫ぶが、エリスは相手にしなかった。
「あたしらが捕まえた列車強盗もあの強盗団の中にいた。あんたが逃がしたんだ。じゃなきゃ説明つかないでしょ」
「……そこまで見られたか。あのへぼ連中め。さっさと始末しろと言っておいたのに」
保安官は邪悪に顔を歪ませて吐き捨てた。それを見たエリスは深いため息をつく。
「……最初っから認めとけばいいのに」
「うるさい! 貴様もここで始末してやる!」
保安官が拳銃を構えた。
「貴様の腕がなまくらなコトは知ってるんだ! 『ブル』だろうが怖くはないわ!」
「…………」
エリスは黙って保安官を見つめる。そして、『ブル』を投げ捨てた。
「え?」
「ごめんね」
エリスがそうつぶやいた瞬間、パン、という軽い銃声が響く。
「あ。ああ!?」
保安官の腕から血が流れていた。保安官は銃を落とし、その場にうずくまる。
「あたし、こっちは撃てるんだ」
エリスは小さな銃を持っていた。『スピア』と呼ばれる、一発限りしか撃てない手のひらサイズの小型拳銃だ。
「あと、さすがにこの距離は外さない」
『ブル』を拾ったエリスは、そのまま保安官の頭に銃口を突きつけた。
「ブル・エリスの名前、憶えときなよ?」
翌朝。
「なんとお礼を申し上げたら良いのか……」
町長は深々と頭を下げた。
朝、街の広場に集められた強盗団の死体と、簀巻きにされたわずかな生き残りは、起床してきた街の住民たちを驚愕させ、そののち歓喜させた。
「保安官が強盗団と組んでから、我が町はもう死んだものと思っておりましたが、いやはやこんなことがあろうとは……」
「ちょっとは自分たちでも頑張りなさい。あんまりよそ者に頼るんじゃないわよ」
返り血を落としてさっぱりとした顔のマリーは、町長に苦言を呈した。
「私たちだって、こいつら以上のワルかもしれないんだからね」
マリーが指示した先には、簀巻きにされた保安官がいた。保安官はすっかり項垂れて、激怒している街の住民たちに取り囲まれている。
「まあ、これで皆さんの暮らしが元に戻るならよかったです」
エリスがとりなすように言う。
「お礼も頂いたし、これであたしたちも心置きなく街を去れるね」
「少ないお礼となってしまい申し訳ありません」
「ホントよ。もう少し弾ませなさい」
「マリー!!」
エリスはマリーを叩いた。だがマリーも反論する。
「だってこぉんなに働いて、お礼が100万レクとちょっとの食べ物ってどういう事よ! 強盗一人5000レク計算よ? これじゃあ宿代にもなりゃしないわ」
一気にまくし立ててから、マリーはふんと鼻を鳴らす。
「ま、こんなビンボーな街にしてはよく出した方だとは思うけどね。最初の保安官は1レクも出そうとしなかったわけだし」
「彼女、素直じゃないんですよ」
エリスは町長にとりなした。町長も苦笑いで応じる。
そんな二人の間に、小さな影が躍り出た。
「おねーちゃん!!」
宿屋の娘、ソニアだった。
「ソニアちゃん!」
エリスが微笑む。
「ごめんね、おうち、ちょっと壊れちゃった」
「ううん。いいの。怖い人たちをみんなやっつけてくれたんだもん」
そう言うと、ソニアは背中に隠していた花を差し出した。小さな白い花が鈴なりになっている。それが二本、携えられていた。
「これね、この街だと、盟約のお祝いにあげるお花なの」
「朝から取りに行くって聞かなかったんだよ」
ソニアの後ろから、女主人も顔を出す。
「これ、おねーちゃんたちにあげる! わたしは教会の人じゃないけど、おねーちゃんたちの結婚、お祝いしてあげるね!」
「……ありがとう」
エリスは微笑んで花を受け取った。
「ま、受け取ってあげるわ」
マリーもそっと花を掴む。
「さ、マリー、そろそろ汽車が来る。駅まで行かないと」
「そうね。こんな田舎町にはもう用はないんだから」
そう言いつつも、マリーはソニアに向かって小さく手を振った。
「でもまあ、私たちが盟約を上げたら、新婚旅行先に考えてあげないこともないわ」
「お、デレたね、マリー」
「そう言うことを言わないのエリス!」
にやにやと笑うエリスを、マリーは睨む。
遠くから、汽車の汽笛が聞こえてきた。
荒野乙女の鉄道旅行 徒家エイト @takuwan-umeboshi
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