第一章
第1話 夢と現実を行き来する者
彼は優しすぎた。
彼は疑うことをしなかった。
そして、それが最悪の結末への一歩を辿る。
* * *
窓から差し込む陽光がまばゆい。
重い体をあげ、階段を一段一段降りていく。いつものように顔を洗い、歯を磨く。そして、またベッドに横になり二度寝をする。気づくと時間が過ぎていて、朝食のパンを口に詰め込みながら、急いで制服に袖を通す。
「午前7時をまわりました。天気予報をお伝えします。今日の天気は晴れのち曇り。最高気温は…」
このニュースで天気予報が始まる時間に家を出て、いつものように学校へ向かう。朝日が眩しく、つい目を細めてしまう。
「おはよう、遠藤くん」
「おはよう、
桜木葵。彼女とは家が近く、幼稚園からの幼なじみだ。リボンで結んでいる長い髪が、歩く度に揺れている。通学路が同じなので朝は一緒に行くことになっている。高校生にもなって男女が一緒に登校しているのは、特別な関係なのだろうと思われがちだが、僕達は全くそんなことない。小さい頃から一緒にいると今の状況になんの違和感も感じない。
「なんか今日変な夢見たんだよなー」
「私も時々ある。ストレスが原因みたいだって」
「日々の勉強頑張り過ぎたのかな。授業中に休憩でも…」
「だめよ、ちゃんと授業は聞かなきゃ」
学校までの歩いて10分。その間、いつもと変わらぬ、些細な話をしていた。そろそろ話が尽きてきたところ、学校の正門が見えてきた。先生たちが並んで朝の挨拶をしている。
「おはようございます」
軽い会釈をしながら挨拶をする。小学生のような威勢のよい挨拶はしないが、相手に聞こえる程度には声を出した。体育の先生はやたらに声がでかく、部活の生徒に絡んでいるのを見ると朝から元気だなと思う。
葵とはクラスが別なのでいつも下駄箱で別れる。
「またあとで」
葵は東棟、僕は西棟なのでお互い逆の方向へあるいていく。階段で少し息を切らせながら教室へ入る。
僕はクラスで特別人気者ではないが、それなりに友達もいて、そこそこ充実した日々を過ごしていた。学校が嫌なわけでもなく、朝はショートホームルームが始まるまで友達と雑談をする。
ショートホームルームが終わるとみんな一時間目の準備をする。
一時間目は古典。なぜこの教科を勉強する必要があるのだろうか。将来使うことないし、なんの為の勉強なんだよ!僕は21世紀に生きてるんだぞ!
こんな気持ちのままチャイムが鳴り、退屈な授業が始まった。
「
* * *
「ん…」
どうやら寝てしまっていたようだ。当然、教室の自分の机で寝ていた訳だが、教室にはただ風とともに鳥の鳴き声が聞こえるだけだ。先生の授業の声が聞こえない。周りを見渡すと僕以外誰もいない。
「やば、体育かなんかだっけ?」
今日は月曜日。体育は火曜日と木曜日だから、その可能性はすぐになくなった。
とりあえず教室を出る。移動教室でもあったのだろうか。しかし、しばらく校内を歩いても人影が見えない。他のクラス、いや学校に人が見当たらない。
どうなってるんだ?みんなはどこに行ったんだ?
一旦、学校を出ようと下駄箱に向かう。廊下は異様に静かで、ただ僕の足音だけが響いている。
「遠藤くんっ!」
「葵!」
「どうなっちゃってるの?私…怖い」
とりあえず、僕以外にも人がいることが分かった。一体何が起きているんだろうか。なるほど、さてはこれは夢だな!現実と考える方が無理があるだろ!
「とりあえず外に出よう」
葵の手を取ると、その温かさが伝わってくる。靴の使い古された布の手触り、金属の手すりの硬く微かに冷たい感覚…
学校を出て、街の方まで歩いた。深夜の街中よりも静かなくらいで、その様子は異様だった。店のシャッターは開き、商品も並んでいる。ただ人だけが見当たらない。
「みんなどこへ行っちゃったんだろう…」
葵の心配そうな声に、どう答えればいいのか分からない。正直、僕も怖くなっていた。考えて欲しい。ちょっと寝て起きたら、誰もいなくなってるんだぞ!おかしいだろ!
学校に戻って一度、冷静になることにした。今の状況から考えるに、当たり前だが現実ではないだろう。
じゃあ、夢か?そうか、夢だ!
でも、ここにいる葵は?今いる葵が、夢の中での僕の妄想ってこともあるかもしれない。現実に戻ってから葵に聞いてみるしかないな。
下駄箱から静かな廊下に2人の足音が響く。1階にある職員室の横をあるいていたそのとき、廊下の窓からドンッと音がした。
「きゃぁっ」
葵が驚いて後退った。
―パリンー
廊下に置いてあった花瓶が落ちて割れてしまった。中に入っていた水がこぼれ、花の茎も折れてしまっているものがある。花瓶の割れた破片が僕の足に少し刺さり、血が出てきた。
「大丈夫!ごめんねっ、ほんとにごめん」
「大丈夫だから落ち着いて」
葵は花瓶を割ったこと、そして僕が怪我をしてしまったことでパニック状態に陥っていた。僕は本当に大丈夫だから落ち着いて欲しい。ただ、足には痺れるような痛みを感じていた。
窓から聞こえた音の原因を調べようと窓に近づいてみた。窓の外には黒いカラスが死んでいた。多分この鳥が窓に当たってしまったのだと思う。
葵も落ち着きを取り戻してきた。階段をのぼり、自分の教室へ向かおうとしたとき、視界がぼやけてきた。風景が歪んで見える。体の力が急に抜けて、意識を失う。
* * *
「おい、
先生の声で目を覚ますと、授業中の教室にいた。
「なんだ、夢か…」
僕が授業中に寝て、夢を見ていた。そう結論づけようとしたとき…
足に微かな痛みを感じる。目線を恐る恐る足へ向けると赤い血がついている。
―♪生徒の皆さんにお知らせします。職員室前の花瓶が割れていました。心当たりのある生徒は至急、職員室まで来るように♪―
寒気が走る。吐き気がする。
どういうことだ。夢じゃなかったのか。ならばあれが現実?いや、そんなはずはないだろ!
放課後、すぐに葵に会いに行った。葵も探していたようだ。
「遠藤くん、これどういうこと?」
「分からない…」
これで、あの夢?は僕だけでなく、葵も体験していたということがわかった。
お互い整理が全くつかないので、とりあえず家に帰ることにした。帰り道はいつもの会話はなく、ただ不安の空気だけが2人の間に漂っていた。ずっとあのことが頭から離れずにいる。
僕は、あれは何かの間違いだったと勝手に言い聞かせ、その日を終えた。
* * *
「♪」
「なんだ…?」
奇妙な音が聞こえてくる。部屋の中が薄暗く霧が立ち込めている。時計を見ると深夜の2時を示している。
―んっ!―
背後に気配を感じて振り向くも誰もいない。
外からなのか。奇妙な音がずっと続いている。親にばれないように忍び足で階段を降り、静かに家の外へ出る。
玄関を出て周囲を見渡してみるが、とても静かで誰がいたような感じはしな…
―っ!―
また気配を感じた。そちらを見ると、
「待て!」
必死になって追いかける。息が荒くなってくる。
「ハァハァ」
辺りに霧が出てきて、不気味な雰囲気が漂っている。しばらく走ったが完全に見失ってしまった。
「くそっ…」
霧が濃く、道も分からなくなってしまった。
また、音が聞こえる。今度ははっきりと誰かの声だとわかる。
「こちらへ来なさい…」
何を言っているのかやっと聞き取ることが出来た。今のままではどうしようもないので、とりあえず声のする方へゆっくりと足を運ぶ。
霧の中から微かな光を感じる。さらに近づいていくと、光がまぶしくなるほど明るくなった。
「混乱しているようだな、遠藤蒼月」
「誰だ!何が起きているんだ!何か知っているなら教えてくれ!」
「ではまず、ここがどこだと思っている?」
「現実ではない。でも夢にしてはリアルすぎる」
こいつは何かを知っている。直感でそう思った。何を知っているのかが知りたくてたまらなかった。
「そうだな、お前の答えは半分正しい。ここは現実ではない。そしてここは夢だ。」
「夢?それにしてはおかしいところが多すぎる。なぜ夢で起きたはずのことが現実でも起きているんだよ!」
「お前達の言う夢とは違う。」
「は?」
核心を避けたような回答に苛立ちを感じていた。
「お前達が言う夢とやらは、人間が寝ている間に見るものだと思うが、それは本当の夢などではない。ただの幻想に過ぎない。我々の言う本当の夢とは、現実と表裏一体。現実で起きたことは夢でも起き、夢で起きたことは現実でも起きる。お互いに干渉しあっているのだ。」
「全くもって分からない。そろそろお前が誰なのか答えろよ!」
「我のことは夢幻の守護者と呼んでいい。いろいろと理解できないのは仕方がない。少し物語を話そう。」
―遥か昔、人々が夢と現実を行き来できる力を持っていた時代があった。しかし、その力が乱用され、夢と現実の境界が崩壊しかけたため、夢幻の守護者が介入した。彼らは夢と現実をつなぐ特殊なエネルギーである夢・響を封印し、
「お前達は我らが選んだ
何を言っているんだ。夢と現実を行き来?境界が崩壊?バカバカしい冗談だ。
「仮に僕が
「お前は夢と現実の両方の世界のバランスを保つためにその力を行使しなくてはならない。」
「力?この夢と現実を行き来できる能力か?そんなのを持っていたところで何もできないだろう」
「
「敵って、そんな存在がいるのかよ!」
「
詳細は理解しきれない部分が多い。全く信用した訳では無い。だがこれだけはわかる。これがもし本当ならば…
今、世界が危険にさらされているということを…
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