バラとスズラン、そして、墓場まで……

森本 晃次

第1話 強盗致傷事件

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。今回もかなり湾曲した発想があるかも知れませんので、よろしくです。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。呼称等は、敢えて昔の呼び方にしているので、それもご了承ください。(看護婦、婦警等)当時の世相や作者の憤りをあからさまに書いていますが、共感してもらえることだと思い、敢えて書きました。ただし、小説自体はフィクションです。ちなみに世界情勢は、令和三年七月時点のものです。それ以降は未来のお話です。


 このところ大きな事件がなかったと思っていた矢先、警察署の方に、県警から入電があった。

「K警察署管内にて、強盗致傷事件が発生」

 というものであった。

 老人ばかりの家に押し入ったようで、犯人は誰もいないと思って入ったようだが、そこにちょうど奥で寝ていたご主人が出てきて、犯人と鉢合わせになり、ビックリして相手の頭を殴り、気絶させたということであった。

 幸い、命には別条はなく、意識を失ってはいたが、精密検査でも、これといって言及するようなことはなかった。

 しかし、犯行はあまりにもずさんなものであった。その上のことを何も知らずに押し入ったとしか思えないほど煩雑で、さすがに指紋を残すことはなかったが、防犯カメラには、目出し帽をかぶった男が押し入ってきたことは明白であり、防犯カメラでその様子をしっかり監察してから、彼が触ったところなどをすべて鑑識が調べると、数か所に、この家のものではない人間の指紋が発見された。

 前科はないようだったが、以前、ある会社で盗難があった時、警察に保管された指紋から、足がついたようだった。この犯行から数か月しか経っていない間の強盗事件である。今から思えば、この時の犯人も、この男ではなかったのだろうかと思えるくらいだった。

 基本的には、その男が、押し入った家に出入りすることはなく、指紋が残るはずはないということだった。

 被害者に容疑者の写真を見せてみたが、

「何分、真っ暗で、目出し帽をかぶっていたこともあり、私には、顔は認識できませんでした」

 というだけだった。

 被害者は頭を殴られていたが、うちどころが良かったのか、意識はしっかりしていた。確かに防犯カメラの様子からも、目出し帽をかぶっていたのが見えたので、被害者の老人のいっている話には信憑性があるだろう。

 警察は、とにかく容疑者は絞れたとして、本人に当たる前に、まわりの証拠固めから始めた。

 被害者との関係。容疑者がどういう人物であるかということ、さらには容疑者のアリバイで分かるところを最初に調査した。

 そして、やっと容疑者に当たってみることにした。犯行があってから、十日が建った頃であった。

 もう少し、まわりを固めてもよかったのだが、あまり時間が経ってしまうと、容疑者にその時のアリバイを聞いても、

「昔のことなので、忘れた」

 ととぼけられても困るからだ。

 しかも、そのアリバイを潰していくために、他の誰かに聞かなければならないといけない場合。さらに時間が経ってしまい、曖昧な情報しか取得できない。せっかくの捜査も空回りしてしまうからだった。

 それだったら、最初から容疑者に尋問すればいいのだろうが、一応、数日この男に張り込みをつけて、証拠隠滅などを図らないかを探るということまでしてみた。

 これは従来の捜査方法とは明らかに違うものだが、こちら方が犯人検挙した時、逃れられない証拠を掴むことができるという県警の方針によるものだった。

 被害者は死んでいないので、何もそこまでする必要はないという人もいるだろうが、こういう事件は、連鎖反応を起こす時がある。確実に検挙しておかないと、今後も増えてくる可能性がある。特に経済が疲弊している今。自殺するか、強盗でもしないと、明日どころか今日の食いぶちもないという状態の人が多いので、どちらであっても、警察の落ち度であることは間違いない。

 もう一つの問題は、最近、空き巣のような事件が少し増えてきているので、この犯人による余罪という可能性もあるだろう。今回は、たまたま空き巣に入った場所に人がいたために、顔を見られたかの知れないと思い、殴ってしまったが、さすがに殺害するまでの度胸はなかったのだろう。躊躇しているうちに、近所の人が寄ってきたことで、とにかく逃げなくてはいけなくなってしまったのだ。

 空き巣のつもりが、強盗傷害にでもなってしまったとすれば、それは困ったことであり、殺人にならなかっただけでもよかったとするしかないだろう。

 だが、冷静になってみれば、逃げたところで防犯カメラなどによって、写っていないとは限らない。

 犯人は、その時、時間調整のために、コンビニに寄っている。もちろん、怪しい扮装で行くわけにもいかず、目出し帽は脱いだ状態でコンビニに寄っている。自分で自覚をしていたわけではないが、挙動不審だったかも知れない。

 警察が、聞き込みに来た時、防犯カメラには写っているかも知れない。しかも、目出し帽をかぶっているとはいえ、逆に、目出し帽をかぶっている怪しい男が犯人だといっているようなもので、コンビニで写っている顔は素顔なのだ、服装を変えているわけではないので、犯行時間前に、コンビニに同じ服装の男がいれば、もう明らかに顔を最初から出しているのと同じではないか。

 警察では指紋まで採取しているとは思っていなかったので、ビックリした。後になって、この男の会社での盗難で指紋を取っていることが決定的な証拠になるのだが、その時は分からなかった。

 警察の捜査で、目出し帽の男が近くのコンビニに寄っていたことが分かり、防犯カメラからその顔が分かると、コンビニで写真を見せたりして、その男が時々、このコンビニに立ち寄ることが分かった。

 さすがに、この男も、目出し帽の顔が防犯カメラに映っているとは思ったかも知れないが、コンビニで買い物した時、同じ服装でバレルとは思ってもいなかったようだ。何とも情けなくも、ずさんな計画だったと言えるだろう。

 警察がコンビニを張り込んでいると、この男が現れて、あっさりと逮捕になった。さすがに目出し帽の男と、同じ服装でコンビニに行っていれば、バレるのも当然というものだ。

「君は、数日前に、そこで強盗傷害事件はあったのを知っているかね?」

 と聞かれた男は、少し怯えた様子で、

「ええ、新聞で読みましたが、それがどうかしたんですか?」

 と言った。

「いえね。その犯人がこれなんだけどね」

 と言って、目出し帽をかぶった男が、犯行のあった家の近くの防犯カメラに写っていたのだ。

「これがどうかしたんですか?」

 と、あまり驚いた様子もなかったことから、刑事の方も、

――こいつは、ここまでは予想できていたんだな――

 と考えたようだ。

 しかし、次のもう一枚を見せると、明らかに焦りの色が顔に浮かび、震えているように見えた。その写真というのは、この男がこの店に立ち寄った写真が写っているからだった。

「これを見ると、さすがにビビっているようですね」

 と刑事がいうと、

「どういうことですか? この写真が何を意味しているというんですか?」

 と分かっているはずなのに、訊いてきた。

「お分かりではないかな? この二人はまったく同じ服を着ているんだよ。しかも、コンビニの日時は、もう一枚の逃げていく犯人を写した写真の一時間前なんだ。これは、君がコンビニで時間つぶしをして、それから犯行に及んだんだが、留守だと思ったところに人がいたので、思わず殴ってしまった。だが、人が物音に気付いて駆けつけてきたので、君はとるものも取りあえず、その場から逃げ出したんだよね?」

 と言われて、さらに、反射的に背筋が伸びたのだった。

 男は喉がカラカラになっているようで、ゴロゴロと喉が鳴っているかのようだった。刑事は、この男が少し落ち着くまで、待っていた。もう、この男は袋のネズミで、ゆっくりと事情聴取を進めていけば、すぐに堕ちるだろうと思っていた。だが、実際にはそんなにうまくいかず。この男は、警察に引っ張られてから、ずっと黙秘を貫いた。とりあえず、指紋照合が行われたが、犯行現場の指紋と、この男の指紋が一致したことで、拘留を伸ばすことができそうであったが、男は一切何も言おうとしなかった。

 指紋は、以前、被害者の家に営業で行った時、ついたのではないかというくらいの証言しか得られなかった。そのうちに、

「あっ、思い出した。あの日、友達に会ったんだった」

 と言い出した。拘留三日目のことだった。

 それを聞いた刑事は、

「友達に? それは本当か?」

 と男が思い出した時に、それまで見せたこともない笑顔を見せたので。その友達の証言がこの男にとってミラクルなものになるという予感があった。

 それは逆に自分たちにとって大きな落ち度になりかねない。物証がこれだけ揃っていて、起訴するには十分なくらいのものであるが、この男が自白をしないために、ここまで引っ張ってきたことが、苦々しい思いだったのに、さらに、ここで、この男にミラクルなど決められてしまうと、一気に立場は逆転する。

 だが、考えてみれば、指紋や防犯カメラなどの動かぬ証拠をつきつけられ、さらに取り調べで、自白を強要されれば、普通なら簡単に白状しそうなものなのに、この男は思い出すまで必死に耐えていた。

 本当に彼がやっていないということで、何か大逆転になることを必死で思い出そうとしていたのか、容疑者の気持ちが刑事には分からなかった。

「友達というのは誰なんですか?」

 と聞かれた男は。

「最近、あまり会っていなかったんですが、大学時代の後輩で、名前を袴田と言います。最後に会ったのは、五年くらい前でしたか、同じサークルだったので、サークルのOB会のようなもので会いました」

 というと、

「今になって思い出したということは、待ち合わせて会ったわけではなく、偶然道でバッタリと会ったという感じになるのかな?」

 と刑事に言われて、

「ええ、そういうことです」

「そのサークルというのは、どんなサークルなんだい?」

「音楽サークルで、楽団を組んでいました。私がベースで、袴田がボーカルとギターをやっていました」

 と容姿者がいうと、

「その袴田という男は、今どこにいるんだい?」

 と刑事に聞かれたが、

「どこにいるかは、ハッキリとは知りません。でも、K大学出身の、三十一歳で、音楽サークルに所属していた袴田正幸ということで調べていただけでば、調べられるんじゃないですか?」

 と言われた刑事は、

「よし、それはこっちで捜査する。ところでその時、お前はその袴田氏とは、何を話したんだ?」

 と言われた容疑者は、

「道で出会っての立ち話程度だったので、大した話はしていないと思いますが、確か、やつは、もうすぐ、結婚するような話をしていたな。でも、私はおめでとうというと、口ではありがとうと言っていたが、何か苦虫を噛み潰したかのような表情をしていたので。あまり乗り気ではないのかなと思いました」

 というのを聞いて、

「それは妙ですね? 自分から袴田氏はその話をし始めたんでしょう?」

 と刑事が訊くと、

「ええ、そうです。久しぶりに会った相手に、いきなり結婚の話をするわけもないし、結婚の話は彼がボソッと言ったんですが、最初から嬉しそうではなかったですね」

 というのだが、

「じゃあ、一体どうして、あなたに結婚のことを言ったんでしょうね?」

「そこはよく分かりませんが、ひょっとすると、時間があれば、何か聞いてほしかったのかも知れないですね。あの日、彼はゆっくりと話をする時間はないと言っていましたからね」

 と、容疑者は言った。

 この時点で、立場は逆転してしまったかのようだった。容疑者はすっかり余裕を取り戻し、その日のことを少しずつ思い出してきたのか、それまでの黙秘がまるでウソのように、行動を時系列に沿って思い出しながら話をしていた。

 この男がいうには、犯行時刻にはちょうど、袴田と会って話をしていたという。その時間はだいたい十五分程度ではなかったかという。彼が別れたというその場所からであれば、犯行現場の被害者の家までは、三十分はかかるだろう。そうなると彼が別れたと証言する時間には、すでに犯行が行われていて、警察に通報された時間、あるいは、証拠となった防犯カメラの映像の時間も辻褄が合っているので、すべての決め手は、容疑者の証言の真意がものを言うようだった。

 警察は、その袴田という男の捜索をさっそく始めた。

 容疑者がいうように、容疑者が証言した情報だけで、袴田という男の居場所は、、すぐに発見することができた。彼がいうように、K大学音楽サークル出身の袴田正幸という男性のことはすぐに分かった。

「強盗傷害事件の捜査だ」

 というと、大学側も情報を開示してくれて、袴田の就職先に連絡を取ってもらい、袴田に証言してもらえるように取り計らってもらった。

 袴田とは、彼の会社の近くの喫茶店で会うことにした。刑事が待ち合わせの喫茶店に行くと、袴田はすでに来ていて、奥のテーブルで、神妙にしていた。

「あなたが、袴田正幸さんですか?」

 と言って、刑事が警察手帳を提示した。

 袴田は、

――テレビドラマでよく見るシーンだ――

 と感じたが、どうにも目の前に刑事が鎮座していると思うと、どうしても、委縮してしまうようだった。

 実際に、委縮しているように見えて、恐縮している袴田は、まるで自分が容疑者ではないかと思うほどであった。

 少し間があったが、やっと袴田は、

「ええ、私が袴田正幸です」

 と短く答えた。

 袴田という男は、実に気が弱そうな感じだった。顔は端正な顔立ちであるが、どうにも男らしさには欠けているようで、その分、女性が放っておけないタイプに見えて、

――意外とモテるんじゃないか?

 と刑事に思わせるほどだった。

 体格は華奢で、男性が強く抱きしめると、骨が折れてしまうのではないかと思うほど、であった。

「ところで、さっそくなのですが、あなたは、大学の音楽サークルの先輩で、山下和彦という男性をご存じですか?」

 と聞かれた袴田は、

「ええ、山内先輩でしょう? ええ、一年先輩なんですが、ベースがとてもうまくて、先輩がいてくれたおかげで、バンドがうまくいったと私は思っているんですよ。うちのバンドの顔だったと思っています」

 と言った。

「ほう、それほど素晴らしいバンドマンだったんですね?」

 という刑事に対して、

「バンドマンとしてだけではないですよ。先輩は後輩の面倒見がいいんです。面倒見がよくて、ベースの腕前もすごかったんですけど、リーダーにはなっていないんですよね」

 と袴田がいうと、

「ん? それはどういうことですか?」

 と、刑事が訊く。

「先輩は、少し悪いくせがあって、ファンの女の子とすぐに仲良くなってしまうところがあって、そのあたりがリーダーの資質に欠けると、実際にリーダーになった先輩が言っていました。私たちバンドマンは、実際に結構モテるので、ファンの女の子と仲良くなることは別に悪くはないんですが、一度に複数ということもあったようで、どうもそのことが問題だったようなんです」

 と、袴田は答えた。

「実際に、袴田さんから見て、山内先輩はそういうタイプだったんですか?」

 と刑事に聞かれた袴田は、

「ええ、そういうところはあったと思います。ただ、山内先輩は、体格もよくて、行動力もあり、りーだーの資質のあるくらいの人なので、肉食系の女性などは、女性の方から放っておかなかったと思うんです。だから、一度に複数というのは、よくはないとは思うんですが、先輩がまわりの女性を惹きつけて離さない魅力を持っていて。さらに、その魅力のとりこになった女性も、たぶん、自分以外に他にいるということを分かっていて。黙認していたのではないかと思うんです。ある意味、これが山内先輩の人徳のようなもので、私は、今でもリーダーは山内先輩でもよかったと思っています。もちろん、実際のリーダーも十分なリーダーとしての資質はあったと思うのですが、複数の女性と仲良くしていたという理由だけで、山内先輩のリーダーシップを否定するのは、何か違うのではないかと思うんですよね」

 と言った。

「なるほど、そういうことですね。山内さんがどういう人なのかということは、私どもでもいろいろ調べて行こうと思いますが、今の袴田さんのご意見も参考にさせていただきます」

 と刑事がいうと、

「ところで、先輩のことをお聞きに来られたんですか?」

 と袴田がいうので、

「ああ、いえ、実はその山内さんが、ある事件の容疑者として、我々が身柄を拘束しているんですが、その中で、十日前のことなんですが、四月十五日の午後九時のことをお伺いしたいんです」

 と刑事が言った。

「四月十五日の午後九時、というと、何曜日のことですかね?」

 と袴田は聞いた。

 過去のことを思い出そうとすると、日にちよりも曜日の方が記憶にある場合がある。日にちというよりも、曜日の方がルーティンという意味で、記憶をほじくり出すには好都合ではないだろうか。

 刑事は、手帳をめくって、

「土曜日のことですね」

 と言った。

 平日であれば、どの曜日だったかなどというのは、仕事と絡めての記憶になるので、日々前に進んでいる仕事であったり、曜日ごとに仕事内容が違う内勤の仕事であったりしたとすれば、少し前のことでも記憶は曖昧かも知れないが、土日などの祝日であれば、ちょっと前のことであれば、ある程度は覚えているものだろう。十日くらい前であれば、そこまで記憶が薄れているとは思えないので、袴田としても、刑事に聞かれる前に答えようと、記憶を引き戻していた。

「ああ、そういえば、確かあの日、山内先輩と出会って、立ち話をしましたよ。正確な時間まではハッキリとは覚えていないですが、でも、私が仕事仲間と夕飯を食べて、軽く飲んでから別れた後だったので、九時前後だったような気がしますね」

 と証言をした。

 刑事とすれば、こちらが聞きもしないのに、向こうから答えるということがどういうことなのかを考えてみた。

 ますは、山内の言う通り、二人は久しぶりの再会だったので、お互いに興奮状態にあったことで、鮮明に記憶にあったということが考えられる、一番オーソドックスな考えだが、違和感はない。

 もう一つは、二人が示し合わせていたという考えだ。これも、違和感はない。山内が少しの間黙秘を使っていたのに、急に思い出したかのように、袴田の話を持ちだしたのにも、何か違和感があったような気がしたからだ。

 大体は、この二つくらいの考えに落ち着くのだろうが、しかし、最初に袴田に会った時、何か必要以上に恐縮していたのが気になった。

 刑事がいきなり訪問してくれば、ビックリしない方がおかしいだろうが、それにしても、まるで自分が疑われているかのようなあの恐縮ぶりは、刑事の勘として、違和感があったのも事実である。

 しかも、袴田は、刑事と話をしているうちに、どんどん顔色がよくなってきて、饒舌にもなってきた。このままであれば、こちらが聞きたいことをすべて向こう主導で話してくれるのではないかと思うほど、人見知りなどをするタイプではないように見えたのであった。

 刑事は、袴田の話を訊いて、

「そうですか。場所はどこだったんdすか?」

 と刑事は聞いた。

「あれは、駅近くの歩道橋を降りてきたところだったと思います。私が普通に歩いていると、後ろから声を掛けられたんですよ。ちょうど歩道橋の降り口と重なるところを通り過ぎてからすぐのことだったので、きっと、山内さんは、歩道橋から降りてきたんだと思います」

 と袴田は言った。

 この話は、山内の話とも合致している。話の内容も山内が話したこととほぼ変わりはなく、袴田氏自身の結婚の報告をしたという。

「その時、袴田さんが何か煮え切らないような表情をされたと伺ったんですが?」

 と言われた袴田は、

「ええ、実は先輩の悪い癖を思い出して、自分が結婚するなどというと、先輩のことを皮肉ったかのように思われたのではないかと思ったんです。先輩がおめでとうと言ってくれたんですが、その言葉に何か重みを感じたんです。その時に大学時代の先輩を思い出して、思わず恐縮してしまったというわけです」

 と、袴田は言ったが、それも一理あると刑事は、袴田が山内の前で取った態度に抱いていた違和感が払拭できた気がした。

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