第2話「聖女のユーズド・ブースト錬金術」
さかのぼること、一年前の陽春の候。
補給で訪れた辺境の修道院で突然、見知らぬ女が一目散に俺へと抱き着いてきたときはさすがに焦った。
「ぅおっと!」
派手さはないが、小奇麗な白のローブをまとった小柄なブロンドショートの女。
見てくれも良く、清楚な美人と呼ぶにふさわしいタイプだ。
「わたくしのことを覚えていらっしゃいませんか」
無言で頷くと、彼女は心底悲しそうな顔をしながら離れていく。
「そ、そうですか。でもわたくしは、あなた様に救われたときの御恩を一日たりとも忘れた覚えはございません……」
あなた様に救われた。
そのたったひとつのフレーズで、俺は合点がいく。
「なるほど。お前も俺のオヤジに命を救われたクチか」
「オヤジ……? と言うことはつまり、あなたは」
「そういうことだ」
「あ、あの。つかぬことをお伺いしますが、あなたのお父様は……」
「もうこの世にいねーよ」
「そ、そんな」
生前、俺のオヤジは生まれながらに背負った勇者一族の血に恥じぬよう、世界を股にかけ、世のため人のために尽力してきた。
そんなせわしない日々を送っていても、一ヶ月に一度は必ず故郷に帰ってきて、剣術の稽古や魔術の指導をしてくれた。
練習嫌いであった俺は、現役勇者直々のありがたい教育も右から左へ受け流していたが、オヤジはめげることなく根気よく付き添ってくれていたと今では思う。
しかし、あるときオヤジはこう言った。
今回の旅は厳しい戦いになる。もしものときはお前も覚悟を決めておけ、と。
遠まわしの世襲……俺はそう直感した。
それからしばらくして、遠い噂でオヤジが散ったことを知ったときはさすがの俺も涙腺が緩んだことを記憶している。
「生まれた土地と亡くなる土地が違うのは、悲しいものですね……」
「そんなものか」
「あの、勇者様は補給を終えたらいずこへ向かわれるおつもりですか」
「あ? そりゃあオヤジの恩恵を受けながらハーレ……げふげふっ。いや、オヤジの墓前に好きだった酒でも手向けに行くつもりだ」
「手向けに? で、では不躾なお願いではありますが……わたくしもお供させていただけないでしょうか」
「なんだって?」
「わたくしはこれでも聖女一族の末裔……。まだ未熟の身ではありますが、簡単な回復や奇跡を使うことができます。決してお邪魔は致しません。どうか何卒わたくしも一緒に!」
おいおい。なんだよこの女。すげー気迫じゃねぇか。
これはRPGで言うところの、連れて行かないを選んだら、そんなことを言わずに! と会話がループするやつだぞ。
(ま、気ままな一人旅も自由が利いていいが、曲がりなりにも聖女サマを連れて歩けるのなら何かと恩恵が受けられそうだしな。それに……)
この女、まだレベル1のくせに体だけは一丁前に育ってやがる。
(ちょっくら、冒険者スマホのステータスチェッカーで能力を確認してみるか)
シュッ、シュッ、キュピーン。
(どれどれ)
聖女:????
純真無垢、おんな、レベル1、HP10、MP20、ちから2、すばやさ4、かしこさ15、うん8、攻撃力3、守備力6
装備:古い祝福が施されたローブ、
スキル①:聖女の祈り(約十五パーセントの確率で、天に祈りが届き対象者のHPをごくわずかに回復する)
スキル②:聖女の癒し(フィールド移動時、徐々にHPを回復させる)
(うーん。さすがレベル1だけあってクソザコだな。普通だったらこんなお荷物、邪魔でしかねぇ。とは言え――)
ローブ越しの膨らみもしっかりと確認する必要がある……か。
「よし。お前の気持ちはよく分かった。一緒に連れて行ってやる。ただし、険しい旅になるぜ?」
「ご安心を。これでも足腰は強い方なのです」
「どの口が言うんだよ。どう見ても貧弱そうだが」
「この口が言います」
「ハッ。生意気言いやがって。お前の名前は?」
「アレクサンドラ。アレクサンドラ・M・マクスウェルと申します」
これが、俺とアレクサンドラの出会いだ。
なかなか感動的な出会いだろう?
きっと旅路も紆余曲折があり、汗と涙と、時おり愛が交錯する、エキサイティングかつハート・ウォーミングなものになるに違いない――。
「な~~~~~~~~~~~~~~~~んて、言うと思ったら大間違いだぜ! なんせ俺は世界一鬼畜で外道な勇者様なんだからな!!!!」
◇◆◇
と、言うことで俺はさっそく旅の初日に泊まったホテルのベッドで、アレクサンドラを一人前の女として開花させてやった。
「ゆ、勇者様。この痛みもまた、聖女としての務め、なのですか……」
「ああ。一皮むけた表情をしてやがる」
「本当、ですか? 良かったぁ……。ぁっ、わたくし、衣服を汚してしまいました……はしたなくてすみません……今すぐ、お洗濯をしないと染みに……」
「気にするな。初めての経験づくしでお前も疲れただろう。とりあえずゆっくり休め。後の処理は俺が責任をもってしておく」
「ゆうしゃさま、やさしい……むにゃむにゃ、すうすう……」
「くくくっ」
草木も眠る丑三つ時。
アレクサンドラが眠りについてから、俺はのそりと起き上がり彼女の衣服を根こそぎ奪い取る。
これにはひとつ俺の思惑があって――。
どうやら風の噂によると、聖女の使用済み装備ってのはただそれだけでレアらしいのだ。
通常、中古の装備は売値の半分で買い取られることが多いが、こと聖女の加護付きとなれば、二倍三倍の値段がつくと言う。
つまり、俺が今手にしているアレクサンドラの装備を高く売り払って、代わりにそれよりも安値の新しい装備を買って与えれば、差し引きプラスとなるって魂胆だ。
これぞ、聖女のユーズド・ブースト錬金術。
「俺、天才じゃねぇのか。やっぱり勇者の血筋ってのはこういう機転も利かせねぇとな!」
「ぅぅ~~ん……。ゆうしゃ、さまぁ? なにさわいでいるのですか~ぁ」
「い、いや何でもない。悪かったな。毛布をかけ直してやるから眠っとけ」
「そうれすか~ぁ? ではおことばにあまえて~ぇ……やわらかいもうふで、もふもふ~ぅ……すぅすぅすぅ、くかーくかー」
「ふぅ、危なかったぜ。どうやらコイツは一度眠りに入ったらそう簡単に起きないタチらしいな。ま、それこそ好都合だが」
未だあどけなさが残るアレクサンドラが完全に寝落ちしたことを確認してから、俺は彼女の衣服もろもろを抱えて夜の街へと繰り出すのであった――。
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