唯一性

市島色葉

唯一性

いつもよりバスが遅れる 感情があてにならないことに間に合ふ


心臓のかたちをぢかに手のひらにのせたらなにかわかるだらうか


雨後土手はにぶくあかるい紫陽花のあかむらさきが光をためて


清潔に濡らしたままの髪でゐるあなたが眠る生成りの浜に


両の手で振りかへしつつ湧き出した言ひ足りなさを両手が混ぜた


かたまつた油絵具の唯一性のやうな言葉をあなたが使ふ


着くまでの途方もなさに梔子が充ちる。長生きしなきや、なんてさ


月光で私が砂にはりついてみえるのだらう海面からは


対岸よりもつと遠くの来世では傘をわすれてゐても貸さない


おほげさに帰りの道はくらくなり鯨の骨の大きさを飲む


遺構にはならない水のひとひらが産まれて流れおちて響いた


茄子の花うつむきながらなけなしの改札口の通話の途切れ


蓮の花 歯ブラシを新しくする枯れるきはにも隣にゐたい


嵩高いあの鉄橋を一歩づつヘッドライトにまぶしく渡る


永遠とは小さく咲いた水仙を手放すことに成り立つらしい


言ひ終へた深夜の高速道路ではあなたの寝顔がすこし掠れて


心臓の右と左を間違へて嵌めてしまつたまま抱きしめた


その肩にもたれてからの暫くはうすあをの火が一帯に降り


結晶のこはれる度にもういいね、ひとしく変はる心があれば


火はやがて街の空気を濁らせて窓から見た夢だけを忘れる

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唯一性 市島色葉 @irohashijima

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