愛玩と欲情
蒼キるり
第1話
産卵期が近いシャナは家に来てすぐ私をふさふさの毛で包むように抱いてきた。
太い毛を使って恐らく無意識に私の腹を撫で続けてもいる。
たったそれだけの戯れのような触れ合いにじわりと体温が上がった気がした。
お腹の奥がふわふわして顔が熱い。こんなにざわざわとした気持ちになるなんて、教科書にもパンフレットにも載っていなかった。
そうだ、あの感覚に似ている。寝付けない夜に毛布を被って足の間にそっと手を滑り込ませる、あの僅かに罪悪感を伴う快感を呼ぶ行為の感覚に、これはとても似ている。
まるでシャナに対して欲情してるみたいだ。シャナ達アーネ族が人間を欲情させるフェロモンを発するなんて聞いたことがないから、これは私の問題なのだろう。最近の私はシャナに触られるとよくこうなってしまう。
なんとなくシャナに申し訳なくて、必死で違うことに思考を向けようする。シャナは私の異変にすぐ気づくから。
「ツムギ?」
シャナが私の顔を見ようとする。私は慌てていつものように端末を弄って、怪しまれないようにこの前撮らせてもらった友人の飼っている猫の写真を見てるふりをする。
「ねえ見て」
そう言って端末画面をシャナの一番大きな目の前にかざす。
「かわいいでしょう、この子猫」
シャナは少し困ったように大きな体を傾けた。
そういえばアーネ族は人間と違ってペットを飼うことは稀だと聞いたことがある。可愛さがわからないのだろうか。
「こっちの子はシャナにちょっと似てる」
友人の飼っている三匹の猫の中の薄いグレーの子を指差しながら言ってみるけど、ピンとこないようだった。
人間の中ではアーネ族が猫に似ているというのは常識のようなものなのだけど、アーネ族は違うのだろうか。
大きな体からちょこんと飛び出た耳もふさふさの毛並みも瞳孔の細長い目も猫にとても似ているのに。
確かにアーネ族にはパッと見て分かる四肢はないし、巨大な卵からふさふさの毛が生えてるような姿をしてるし、私達の十倍から二十倍くらい大きいけど、やっぱり猫に似ている。
「あ、もちろんシャナの方が可愛いけど」
思わず本心を付け足してしまう。シャナを選んでよかった、と本気で思っている。
最初の頃は本当に良いのかと自信の無さそうにしていたシャナが今では迷いなく私に触れてくれるのが嬉しい。
きっとシャナも私のことを特別だと思ってくれているはず。
どの写真なら可愛いと思ってくれるかな、とゆっくりスクロールしていると一枚の写真にようやくシャナが反応を見せた。
「ああ、確かにこれは可愛らしいね」
それは私が友人の猫を抱いてる写真だ。
私は写真写りが良い方じゃないからまじまじ見られると恥ずかしいけど、とろっとした目で眠たそうにしている猫は確かに可愛いので頷く。
「でしょう?」
二十八個ある目の一つを私の手のひらに押し付けてくるシャナをそっと撫でながら、シャナにしてよかったと噛み締めるように思った。
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