天からの贈り物
伊藤ダリ男
天からの贈り物
ジェニー・ペップランドは、小柄で目がクリっとしていて可愛らしく、とてもプロレスラーには見えなかったが、逆にファンが多かった。
相手をやっつけた時のポーズがお茶目だったので、そのポーズをするたびにお客さんも同じポーズをまねて盛り上がるのだった。
そんなジェニーを一人で育てた母は、ジェニーの一番のファンで、家の中の至る所にジェニーの写真やグッズが飾られていた。
そして娘がテレビに出るのを何よりの楽しみとしていた。
ジェニーは、怪我を心配する母に『大丈夫だから、心配しないで』とか、『明日の試合は絶対に見て』とか、毎晩電話を掛ける母親思いの娘だった。
ある日のこと、何の前触れもなくジェニーの事務所からその母に電話が掛かってきた。
その声は低く打ちひしがれていた。
ジェニーが、練習中に頸椎を骨折し、搬送先の病院で亡くなったと言うのだ。
突然の訃報から母は、その場に倒れた。
娘を失い、人生の目的を失い、生きる気力まで無くなってしまったのだ。
それから数か月後のことである。
母の夢の中でジェニーが突然出てきた。
ジェニーは、テレビ電話のように画面の真ん中にいて話してくるのだ。
「母さん、わたしだよ」
「ジェニーお前は、生きているの」
「ごめんなさい。死んじゃったの」
「え?これは夢の中なの?」
「うん。そうだけど、ちょっと違う」
「何が違う?」
「上手く説明できないけど、夢じゃないよ」
「夢じゃないなら、何なのよ」
「あの世かな?」
「じゃぁ、今本当に母さんはあの世のジェニーと話していると言うことかい?」
「そうだよ。母さん。驚いた?」
「ああ~。びっくりしたよ。でも嬉しいよ・・・」
「母さん泣かないで、わたしはあの世でも元気だよ」
「苦しいことないかい?」
「全然。どっちかと言えば、この世だった頃とあんまり変わらないなぁ」
「どういう事?」
「お腹が減るし、仕事もしなければならないの」
「え~。あの世でも仕事するのかい?」
「うん。だから昨日プロレスのオーディションを受けてきたところなの」
「で、どうだった?」
「わからない。周りの人が大きすぎて私なんかじゃ、無理かも」
「そんなことないよ。母さんはね。いつでもお前のファンだよ」
「ありがとう母さん。また明日でてくるね」
「もう行くのかい?」
「うん。この世の人と本当は、話をしちゃいけないの」
「分かったよ。じゃあ明日ね」
「うん。バイバイ」
そこで目が覚めた母は、暫く今の夢のことを考えてから、こう呟(つぶや)いた。
『あの世とこの世の交信か・・・バカバカしい、そんなのあるはずがない』
ところが翌日もジェニーは夢の中に出てきた。
「母さん、わたしだよ」
「おお、ジェニー。これは夢じゃないだろうな」
「ん~。半分は夢の中かな?」
「じゃぁ、昨日話したことは全部本当の事?」
「もちろん。上手く説明できないけどさ」
「とにかく、お前と話しをできて母さんは幸せだよ」
「良かった。じゃついでに良いお知らせあるよ」
「なに?教えて」
「昨日のプロレスのオーディション受かったの」
「おお~やはり私のジェニーだよ」
「まだ、試合とか決まっていないけど」
「勝ったら例のポーズやるの」
「もちろんよ。審査員の先生も進めてくれたよ」
「でも、あまり無理しないでね。怪我したら痛いだろう」
「うん。この世の時と全く同じで痛いよ」
「じゃあ、また死んだらどうなるの?」
「あの世の次の世にいくのかな?」
「それじゃぁ、母さんがそっちへ行ってもお前がいなかったら、母さん寂しいよ」
「今度は大丈夫。気を付けるから」
「絶対にお願いよ」
「うん。そろそろ時間だよ。母さん」
「じゃぁ、また明日会ってね」
「うん。バイバイ」
そして、次の日も、その次の日も、ジェニーは、毎日母の夢の中に現れ、あの世でのことを話してくれた。
「母さん、わたしだよ」
「ジェニー。早く会いたくて待ち遠しかったよ」
「わたしもだよ。母さんは元気だった?」
「お前と話すと元気になるよ」
「ところでさ、母さんの知り合いにマリアさんと言う女の人いた?」
「ああ、いたよ。母さんが今のお前より若かった頃の親友だった人だよ」
「その旦那さんが、こっちにいてさ、母さんのことを聞いてくるのよ」
「でも母さんは、マリアとは別れた後ずっと会っていないし、勿論結婚したなんてこと知らなかったよ」
「ふーん。でもマリアさんは、母さんに謝りたいんだって」
「謝る?何の事で?」
「その頃母さんが貸したブローチをマリアさんが返さないことに大喧嘩したんだって?」
「そうだったね。もう忘れたことだけれど」
「ところが、その後数年経ちマリアさんが家を出るときにそれを見つけたんだって」
「やっぱりマリアが持っていたんだね」
「そうじゃないのよ。母さん。よく聞いてね」
「・・・」
「マリアさんは、ブローチをちゃんと母さんのバックに入れたんだって」
「でも入ってなかったよ」
「入ってなかったはずだよ。そのブローチは、ベッドの下の床板の溝にスッポリはまっていたんだって」
「どういうこと?」
「母さんが、マニアさんにブローチを貸したとき、マリアさんに幼い妹がいたでしょ」
「そう言えば、いつもわたしたちの話しの邪魔に来ていた妹がいた」
「その子が、母さんのバックからブローチを取ってそのままベッドの下で遊んでいてなくしたみたいなの」
「・・・」
「それがもとで大喧嘩したのだったら、直ぐに仲直りすべきじゃないの」
「でも、マリアは、どこかに引っ越ししたと言ったね」
「うん。マリアさんのお父さんが事業に失敗して家を含めすべてを売ることになったんだって。その時ブローチを見つけたんだけれど、母さんは、もうすでに父さんに嫁いでしまい、探しても分からなかったらしいの」
「そう、マリアはお嬢さん育ちだと思っていたけど、それから大変な思いをしたのかい」
「うん。可哀そうなくらい」
「それで、そのブローチも既に売っちゃったんだね。いいよもう。謝らなくたって」
「母さん。もう時間になっちゃった」
「早いね。母さんは、お前以外に話す人もいないから、寂しくなるよ」
「母さん。明日またバイバイ」
「母さん、わたしだよ」
「おお~私のジェニー。今日は元気そうだね」
「そう分かる?」
「彼氏でもできたの?」
「そうじゃないよ。明日から試合で遠征に行くことが決まったのよ」
「へぇ凄いね。どの辺?」
「どの辺?と聞かれてもこの世の地図と違って、ニューヨークとシカゴなんて場所はないよ」
「でも、アメリカは有るんだろう」
「アメリカもヨーロッパもないよ。でも旅は飛行機で周るみたい」
「あの世って不思議だね」
「うん。この世のスケールを何百倍にも大きくしたみたいな感じ」
「へえ~」
「で、母さん暫く母さんに会えなくなるんだ」
「え?そうなの」
「母さん、寂しい思いをさせて本当にごめんね」
「お前が元気であれば、母さんは我慢できるよ」
「じゃぁ、今度母さんに会う時まで彼氏でも作っておくよ」
「美男子じゃないと母さんは嫌だよ」
「あはは。じゃぁ母さんまたね。バイバイ」
それから次の日もその次の日もジェニーは、会いに来なかった。
更に数日して
客が来たことを知らせるチャイムの音がした。
出てみるとどこかで見たことのある中年のおばさん。
「あなたは、以前どこかでお会いしたことのある・・・マリア?」
「はい。マリアです」
「驚いたわ。どうしてここがわたしの家だとわかったの?」
「嘘だと思うかもしれないけれど、旦那があの世から教えてくれたの」
「嘘なもんですか!さぁ、入って・・」
「その前に私はどうしてもあなたに謝りたくて・・・」
「良いのよ。もう。娘から事情は聞いているし・・」
「え?娘さん?」
「そう。今はあの世でプロレスの遠征に出て行っているけれど、あなたの妹さんがわたしのバッグからブローチを持ち出したことは知っているわ。その後あなたの家は大変なことになり、家もすべて売り払わなければならなくなったのね」
「ええ。そうよ。でもこれだけは、手放す事なんてできなかったの」
マリアが、差し出したものは、あの時のブローチだった。そのままの奇麗な状態で残っていた。
「おお~マリア。あなたは何という・・・私の親友。もう手放さないわ」
二人は、抱き合って再開することになった。
母さんとマリアにとっての再会は、天からの贈り物であった。
一方あの世では、ジェニーとマリアの旦那さんが二人の再会を見て喜んで握手した。
終わり
天からの贈り物 伊藤ダリ男 @Inachis10
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます