オッサンは邪神に噛ませ犬の取り巻きに転生させられる

太郎冠者

オッサンは神に転生させられる

気が付いたら真っ白な空間にいた。



右を見ても左を見ても何もない、ただただ真っ白な空間だ。


ふと自分の身体を見下ろす。


歳をとるにつれて年々出てきたお腹、それを隠す様に着た少しサイズの大きなくたびれたスーツ、営業周りで履き潰れたくたびれた革靴。


うん。いつも通りの見慣れた自分の身体だ。


頭に手を伸ばせば、年々どころか日に日に薄くなっている髪が手に当たる。


あ、やべっ!髪の毛を引っ張っちゃった!



「あぁ……。き、貴重な髪の毛がぁ……。」


ハラハラとコシのない細い毛が何本も真っ白な空間に散らばり、ドライアイスの様に溶けて消える。



俺の名前は土井 玲司(41)


3流商社の技術営業をしているオッサンだ。

独身友達なしの孤独なアラフォーである。



「き、消えた?いや、消えたと言うより昇華したみたいな感じの消え方だったな……。」


つい大きめの独り言が口から漏れる。

学生時代も研究室で独り言が大きいとからかわれた悪癖だ。



『この世界は精神世界。物理的な力ではなく精神の力で成り立っているの。貴方から抜け落ちた意思なき毛では存在する事は出来ないのよ。』


どこからともなく鈴の鳴るような声が響く。


しかし、不思議現象を前にした俺には、この声が何なのか、ここはどこなのかなどの至極真っ当な疑問すら浮かばなかった。



なるほど……?

つまり、意思の力で存在が定義される世界?

と言うことは、だ。


俺はフサフサだ俺はフサフサだ俺はフサフサだ!俺はスマートな体型のフサフサイケメンナイスガイだ!!!


『……精神の形って肉体に引っ張られるから形の変更は難しいわよ?』


な、なにぃ!?

くっ!それが世界の選択だと言うのか!?


ん?待て。今の誰だ?

どこからともなく女の声が聞こえる。


まさかちくわ大明神……?



『誰よそれ。まぁ神様なのは間違いないんだけどさ……。』


三度女の声が響く。



俺今声に出してないぞ?

それになんだろう?聞こえると言うより頭に直接響くような……。


ファミチキください。



『こいつ頭のなかに直接……!って、初対面からネットスラング満載の会話してくる男ってモテないわよ?』



ごふっ!!


モテないと言う単語を聞いた瞬間、下腹辺りに物理的な衝撃が走る。


マジで痛い!?


『言ったでしょ?ここは精神世界。剥き出しの精神に悪口を言われるのは応えるでしょ?』



な、中々いいボディブロー持ってんじゃねぇか……。


昭和のボクシング漫画に出てくるスネ○ヘアーのボクサーの様にへへっと笑い手の甲で吐血を拭う。


しかし、待てよ?今のこの状況……。


何もない空間、精神体なるファンタジー状態の俺、神様(女神)……。

はっ!まさか神様転生ってやつか!?



『まぁ簡単に言うとそうなるわね。ここは私の領域。死後の魂が次元の壁を突破して来るなんて珍しいわ。』


死後……。俺死んだの!?

何で!?別に人に自慢出来る人生ではないが、決して不満はなかったのに!


『あー、あんまり死ぬ直前の事は思い出さない方が良いわよ?今アンタは精神体だから死ぬ直前の記憶を思い出すと、その記憶に引っ張られて死ぬかもしれないわ。』


そうは言ってもこの自称女神の言葉で俺の頭は無意識的に死ぬ際の記憶を漁ってしまう。


確かあれはいつもの仕事帰り、人でごった返す駅のホームで転んだ酔っ払いに押されて――。



ビキッ!



突如として俺の身体が軋み出す。


イテテテテテテテっ!!

や、やばい!何この痛み!?

身体がバラバラになりそう――!



「だから言ったでしょ?ここは精神の世界。

意志の力で人は簡単に死ぬのよ。」




鈴の鳴るような声と共に、目の前に金とも白銀ともつかない美しい髪が視界に踊る。


白魚の様な美しい指が俺の額に触れると、身を裂くような痛みが突然和らいだ。



それは美しいヒトだった。



「ようこそ。寄る辺なき異界の嬰児よ。次元の壁を超えて私の領域に入り込んでしまった憐れな魂よ。本来はそのまま世界に消えゆく筈の小さき者よ。この稀有な出逢いに感謝を。そして今だけは奇矯な貴方を歓迎致しましょう。」



……?

え、今なんて言った?


何かそれっぽい単語を並べつつも、全く意味のない事を言われた様な気がする……。



「えっと、あー、その、ザックリ言うとね?

貴方は前の世界で死んでしまったの。

普通なら貴方の世界の輪廻の輪に戻るはずが、何故か偶然私の領域に入り込んでしまった。

放っておいたらそのまま無に帰るんだけど、それじゃあまりにも可哀想でしょ?

だから私が貴方を拾い上げたの。

このまま消えてしまうしかない貴方に新しい道を示す為に。」



何やら恥ずかしくなったのか、その美しい女(自称女神)は早口で捲し立てて来る。



「誰が自称女神よ!?しっかり女神だから!」



うん。これ俺の考えてる事向こうに伝わってるっぽいな。下手な事は考えられないとみた。



「もう結構失礼な事言い続けてるけどね。あんた。何かもうこのまま無に帰した方が私の精神衛生上いいかも知んないとか思ってきたんだけど……。」


「おぉ!麗しき女神!偉大なる貴方様の慈愛の一欠片を頂戴出来てこの矮小な身には恐悦至極とか何とか……!」


「……はぁ。もう何でも良いわ。

それにあんた見たいな変な奴を私の世界に放り込んで見たら面白い反応があるかもしれないし、さっさと転生させるわ。」



思いっきり大きな溜息をついて女神はジト目でこちらを見てくる。


マジで転生させてくれるらしい。



「あんた達地球人も好きでしょ?異世界転生!」



まぁうん。皆大好きだと思うよ?

実際、異世界に行くとかって民話や伝承は古今東西、枚挙に遑がないらしいし。



「だから私もやってみたかったのよね!」


「……うん?やってみたかった?」


何やら聞き捨てならない事をおほざきやがる麗しき女神様。



「安心して!ちゃんと上手くやるわ!」


「ウェイウェイウェイウェイ!時に落ち着きやがれ女神様!?今度はってなんだよ!?」


「細かい事は気にしない気にしない♪

あんたも初めてやる勘と経験の実験より、ある程度試行錯誤してデータの傾向が分かってる実験の方がいいと思うでしょ?」


実験とか言い出したよ!?この女神様!


「新しい肉体を用意した転生は力加減が難しいのよね。グールになっちゃったり魔人になったり種族が安定しないのよ。私の力に汚染されて人の意志を保てないのがデフォだしさ。」


おぉふっ。


「無機物に入れると皆狂うし、種族や性別が違っても駄目なのよねぇ。魂の形と肉体の形がある程度合ってないと駄目なのよ。アンタに分かりやすく言うとフォーマットね。人間の魂って脆いのが難点だわ。」



俺の疑問を他所に麗しの女神様は嬉々として話を進めていく。



「今の所、1番良いのが死にたての死体に異世界人の魂を入れる方法が上手くいってるわ!

性別はダメだけど多少年齢が違っても問題ないし、戸籍や身分もちゃんとあるしね!」


あ、あかん。節子、これ神様転生やない。邪神転生や!



「失礼ね。アンタも剣と魔法のファンタジーとか好きでしょ?」


「……邪神様。それは現代日本と比べてどの程度安全が保証されているのでしょう?」



ニコリと花が綻ぶように笑う邪神様。

くそっ。見た目はめっちゃ美人なのに……!



「男の子は細かい事は気にしない♪

それに今から逝く世界って、最近私がハマってる日本のRPGを元にした世界だからアンタも楽しめると思うわよ?」


逝くって言った!?

って言うか何で日本のRPGにハマってんの?

そんでファングッズ感覚で世界を創るなよ!


「なによぅ。『ドキドキめもりある』は名作なのよ?アタシなんかもう何周したか分かんないくらいしたわ!」


ドキドキめもりある!?

なにそれ?ギャルゲー??



「はあっ!?アンタ、『ドキめも』知らないのっ!?ドキめもは本格アクションアドベンチャー乙女ゲームよ!」


……馬鹿じゃない?いや、馬鹿だわ。

何やってんだよ邪神様。


つぅか本格アクションアドベンチャーで乙女ゲー?面白いのかそれ。


俺ゲームってそんなにしないんだけど?



「まさか『ドキめも』を知らない日本人がいたとか完全に予想外だわ……。その見た目でゲームに疎いとか詐欺よ詐欺!」


チビデブハゲ=オタクじゃないし、それにオタクがどんなゲームにも詳しいとか酷い言い掛かりである。



「……まぁいいわ。そもそもアンタみたいな奴をミカ様やガブ様の中に入れるとかキャラが汚れるし、適当にその辺のモブに転生させるから別に『ドキめも』を知らなくても良いわよね?」


人を汚物扱いすんなよ!?この邪神!



「あ、でもあんまり関係ないモブだと面白くないし……。うん。決めた!ウリ坊の取り巻きAに入れよ!見た目も似てるから魂の相性良さげだしね!確かあのブタちゃんが死産した世界線がどこかに――。あ、あった。」


何だか酷いことを言いながらどこからともなくタブレットを取り出して操作する邪神様。


や、やべぇ!ブタ?に転生させられる……!



慌てて邪神様と距離を取ろうとするが身体が動かない。



「……知らなかったの?女神からは逃げられない……!!」



あ、テメェ!その台詞!

それは大魔王様だろ!


何でお前は日本のオタクカルチャーに詳しいんだよ!?



「ではでは!良い人生を~~!」


「この邪神ーーーーっ!!!」


そこで俺の視界は真っ白な光に包まれた。

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