唄姫は今日も、戦場で自分の為に死んだ騎士の英雄譚を唄い。その死に涙し鎮魂歌を唄う

絶華望(たちばなのぞむ)

唄姫ミリアと騎士アラン

 曇天の空から彼女の感情を代弁するかのように雨が落ちてきていた。

「死なないで」

 黒髪長髪の美女が、短髪黒髪の青年を膝枕し、涙を流しながら懇願した。

「はは、無理を言わないでください。ミリア様。この傷では助かりません」

 青年は、腹部からドス黒い血を流していた。それは、肝臓が傷ついている証だった。

「許しません。こんなに私を好きにさせておいて先に死ぬなんて許しません」

「本当にすみません。僕はあなたに鎮魂歌レクイエムを唄わせたくなくて強くなったつもりでした。でも、英雄譚で呼ばれた騎士には敵わなかった。本当にごめんなさい」

「嫌よ!イヤ!どうして神様は回復魔法や蘇生魔法を作ってくださらなかったの?どうして唄姫なんて残酷な存在を作ったの!」

 ミリアは神を呪っていた。

「文句を言っても、どうにもなりませんよ。僕は死にます。ですが、ミリア様を心から愛しています。今、この瞬間にもあなたの悲しんだ顔でさえ愛おしい。もうすぐ死ぬと分かってからは、あなたの呼吸の音や足から伝わる鼓動の音でさえ福音に聞こえる。いや、それ以上だ。僕はあなたに触れられて死ぬのが嬉しい」

 青年は力の抜ける体に命じて、右手でミリアの頬に触れた。

「もっと触れて!私があなたを忘れないように!もっと!もっとよ!」

 ミリアは青年の手に自分の手を重ねて懇願した。

「はい、あなたが望むのならいくらでも……」

 青年は、意識が遠のくのを感じていた。

「でも、あなたが望むのなら僕の事は忘れて、別の人と幸せに……」

「イヤ!絶対にイヤ!私はアランと幸せになる!絶対に!何があっても!たとえ神を殺すことになっても絶対に幸せになってやるんだから!」

「はは、嬉しいですね。ミリア様に、そこまで言っていただけるなんて、僕は幸せ者です」

 ミリアは神を呪いつつもアランを死なせない為に鎮魂歌を唄った。

「かの者は死神、闇を纏い闇に紛れる。その刃は、数多あまたの英雄を暗殺し、闇の国を侵略せんとする国々に絶望を与えた。今、この英雄に死が訪れる。敵国が仕掛けた卑劣な方法で、アランは私を守って死んだ。この者は英雄、唄姫を守って死んだ英雄。私は忘れない。彼が私の為にしたこと全てを忘れない。だから、蘇って私を殺そうと迫る敵から守って」


 ミリアが鎮魂歌を唄い終えるとアランの体は光り輝き再構成される。唄によって生き返った騎士は、魔法の恩恵を受ける。致命傷でなければ即時に回復する体、自壊を防ぐために無意識に設定されているリミットの解放、人を殺すことに対する罪悪感の消失。

 鎮魂歌によってもたらされる恩恵は、全て人を殺すことに特化した生物兵器の特性だった。ミリアもアランもその事を理解していた。


「ごめんね。あなたが成りたくなかったものに私はしてしまった」

「いいんです。僕は、こうなりたくなかった。でも、あなたを守るために必要なら、成っても良いと思っていたんです」

「あなたの本当に成りたかった者は何?」

「あなたの伴侶です。愛しています。ミリア様」

「私も愛してるわ。アラン」

 二人は互いに涙しながら口づけをした。互いが、もう二度と結ばれない事を悲しみながら……。

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