仇咲く悪意と欠番少女(ミノスフィア)
門松明弘
序章
見知った場所のはずなのに、そこには知らない光景が広がっていた。
休日の夕方。友達と隣町へ出かけていた少年は、自分の町の変わり果てた姿を目の当たりにした。
赤い炎と黒く焦げた建物。叫び声すら聞こえず、炎の弾ける音と、時折響く爆発音だけが、これを現実だと言い聞かせてきた。
「……だれか」
いないのか。それとも、助けて、か。ようやく絞り出した言葉の行き先は、当の少年ですら知らなかった。もっとも、その言葉を聞く人間などここにいるのだろうか。
それでも少年は、誰かが生きていると信じた。駆け出し、自分の家があるであろう場所へ向かう。途中、瓦礫に足を取られながらも少年は足を止めなかった。
見覚えのある角を右に曲がり、真っ直ぐ突き当たり。そこに彼の家はあるはずだった。
だが、そこにあったのは赤く燃え盛る建物だけだった。
「父さん! 母さん!
家族の名を叫び、玄関へと駆ける。家は全体から炎を発しており、中に人がいたとして、とても無事とは思えない。
玄関からも炎は漏れ出ており、中に入ることはできない。少年は庭に回り込み、入られる場所がないか探した。その間も家族に呼びかけながら、周囲を見回す。
「……美言!」
瓦礫の散乱する庭の中に、探していた妹の姿があった。駆け寄ってみると、瓦礫がぶつかったのか、頭から血を流している。気を失ってはいるが、息はしている。
「良かった……!」
生きている。その事実に安堵し、少年は妹を抱きしめた。
「とにかく、ここから離れないと」
両親の安否も気になるが、隣には今にも崩れそうな家がある。距離を取らなければ、下敷きになりかねない。そう考え、美言を背負おうと――
これまでより至近で爆音が響き、衝撃が走った。衝撃は家にも伝わり、二階から瓦礫が飛散し、二人に降りかかった。
「……ッ!」
咄嗟に美言に覆い被さり、庇う。硝子の破片が背に刺さり、建材の欠片が後頭部に当たった。
痛みと、少し遅れて意識の混濁。平衡感覚が崩れ、五感が正常に働かない。近くで爆発が起きているはずなのに、音が遠い。目は開いているのに、光が認識できなくなっていく。
「逃げ……ないと」
痛む頭を手で押さえると、ぬるりとした感触が返ってきた。生温いそれを自身の血だと認識するのには、数秒を要した。
頭上から爆音が連続して聞こえた。
朦朧とした意識で、それでも反射的に視線を上に向ける。すろとそこに、人型の影が浮いていた。幻覚を見ているのか、それとも錯覚か。
影はこちらに手を伸ばし、何かしようと近づいてきた。影は途切れそうな視界の中でもはっきりと“黒い”と認識できるほどの色をしていた。まるでそれが闇そのものかのように。
「やめ……ろ……」
抵抗しようと声を絞り出し。しかしそこで、少年の意識は途切れた。
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