第12話 狐の嫁入り
その日の夜。
私がドキドキしながら窓を開けると、そこには見たことのないほど大きくて黄色い満月が浮かんでいた。
「わあっ、綺麗な満月」
澄み切った夜空。心地よい月の光。まるで心まで清らかになるみたい。
私が一人はしゃいでいると、上の方から声が聞こえてきた。
「綺麗だね、絶好の婚礼日和だ」
えっ!?
見上げると、屋根の上に、白い髪に白い耳、大きなしっぽを持つ、あやかしの姿の沖さんが屋根の上に座っていた。
「お、沖さん!?」
「や」
声を上げると、沖さんはふわりと窓際に舞い降りた。
「さあ、行こうか」
大きな満月を背に、私へ手を伸ばす沖さん。
細くなる獣の目に、私は少し怖くなる。
「行くって……どこへですか?」
「狐の婚礼さ」
「狐の婚礼?」
「そ。昼間は人間界の結納をやったでしょ。だから今度は、あやかしの世界の婚礼の儀をするってわけ」
きょとんとしている私の腕を強引に引くと、沖さんは私の膝の下へ腕を回し、グッと抱きかかえた。
「飛ぶよ」
「えっ……ええっ、飛ぶって」
驚いている私をよそに、沖さんが地面を蹴る。
二人の体が、夜空にふわりと浮き上がった。
「わあ……!」
飛んだ!
すごい。
街の灯りが、あんなに遠くに見える!
興奮している私を見て、沖さんはクスリと笑って言った。
「さあ行こう、二人の婚礼会場へ」
「婚礼会場って、どこへいくんですか?」
「それは着いてからのお楽しみさ」
とりあえ沖さんに身を任せる。
風を切ってたどり着いたのは、カフェー・ルノォルだった。
「えっ、ここで?」
「いや、ここじゃない。こっちだ」
沖さんに手を引かれ、裏庭にやってくる。
そこには、かつてあった神社の名残りの、赤い小さな鳥居と狐の像があった。
「見てごらん」
沖さんが指さす方向を見ると、鳥居の中が何やら虹色に光っている。
「婚礼会場へは、ここから行くんだ」
「ここから……」
私はゴクリと唾を飲みこみ、虹色に輝く鳥居を見つめた。
「さ、行こう。狐の国へ」
「はい」
沖さんに促され、私は不思議な鳥居をくぐった。
鳥居の向こうにあったのは、向こうの世界と同じようにまん丸で大きなお月さま。
それと、狐の像が飾られた見覚えのある神社。
あれっ、この神社、もしかして私が小さい頃に見た……。
「おお、やっと来なすったか!」
私が神社をじっと見つめていると、狐の耳の生えた身なりのいい老夫婦がやってきた。
あっ、この二人は、沖さんの偽の両親!
名前はえっと……大塚さんだっけ?
「さ、こっちに来て、準備するわよ」
大塚夫人が私の腕を引っ張る。
「準備って、何をするんですか!?」
私が驚いていると、大塚夫人はふふふ、と笑った。
「何って、着物とお化粧よ。花嫁さんがおめかししなくてどうするの」
大塚夫人に連れられ、神社の中へと向かう。
そこには、着物を着た数人の狐が白い着物を用意して待っていた。
「わあ素敵!」
「見とれている場合じゃないわよ、急いで用意しなきゃ」
大塚夫人に腕を引かれ、狐たちにあれよあれよという間に白無垢を着せられる。
「さ、次はお化粧よ、こっちに来て」
言われた通り座ると、パタパタと白粉を塗られる。
眉を描いて、唇と目の際に紅。これだけなら、ただのお化粧なんだけど――。
「わあっ、ヒゲが描かれてる!」
鏡を見ると、両頬に赤いヒゲが三本づつ描かれている。
大塚夫人はふふふと笑う。
「その方が、狐っぽいでしょ?」
「た、確かに……」
そして最後に、二本の耳のついた角隠しを頭に被り、花嫁衣裳が完成した。
頬の髭に狐耳のついた角隠し。まさに、狐の婚礼って感じ!
「さ、こっちだよ」
ドキドキしながら建物の外へ出ると、黒の紋付羽織袴を着た沖さんが待っていた。
「おいで」
優しく笑って手を差し出す沖さん。
「……はい」
ゆっくりと沖さんの手を取って歩く。
やってきたのは神社のすぐ裏にある月の綺麗に見える丘。
そこにはたくさんの狐たちが私たちを待っていた。
「花嫁だ!」
「綺麗!」
「めでたい、めでたい!」
そして、ちょっとした挨拶が終わると狐たちの宴会が始まった。
焚き火を囲んでお酒を飲んだり歌を歌ったり。
私たちは、心ゆくまで狐の婚礼を楽しんだ。
その後、私たちは人間界で普通の式も挙げたんだけど、正直なところ、狐の世界の婚礼のほうが記憶に残ってる。
だって、中々ない事だもの。本当に狐に嫁入りするだなんて。
――こうして、私は晴れてあやかしたちたちの世界の仲間入りをしたのでした。
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