第壱章 不思議なカフェー
第2話 呪われた令嬢
「えーっ、また婚約が駄目になったの!?」
妹のカヨ子が、大きな目を見開いて叫ぶ。
「え、ええ……」
私が裁縫をする手を止めて顔を上げると、カヨ子は手を組み、同情の瞳で私を見つめてきた。
「お姉様、かわいそう! これでもう何回目!?」
「えっと、三回目かしら」
私はしどろもどろになりながら答えた。
そう、婚約が破談になったのはこれで三回目。
自分で言うのもあれだけど、見た目は悪いわけでもないと思う。性格も普通。
現に、最初の相手も、次の相手も感じのいい人で、お見合いも順調に進んでいた。
だけど――。
「でもしょうがないわよね。婚約者が立て続けに謎の事故にあってちゃあ」
カヨ子さんが同情の瞳で私を見つめる。
私はうっと息を飲んだ。
そう。実は、過去に私と婚約した男性は、みんな謎の事故で怪我をしたり、病気で寝こんだりしているの。
しかもいずれもも原因不明で、そのうちの一人は「謎の黒い影を見た」なんて言っていて――。
みんな何かの呪いや祟りなんじゃないかって噂してて、そうしてついたあだ名は「呪われた令嬢」。
先日の相手も、途中までは順調だったのに、「呪われた令嬢」の噂を聞いて「君とは結婚できない」と突然言ってきたの。
「でも困るわよねぇ。お姉様ももうすぐ女学校卒業なのに、行くあてがないと。この家は、私が婿養子をとって継ぐことに決まっちゃったし、いつまでも居られないでしょ?」
カヨ子が腕組みをしながら言う。
うちはこの街でも割と大きな呉服屋を営んでいるんだけど、跡取りは、妹のカヨ子と決まっているの。
カヨ子は私のお母様が亡くなってから再婚した今の
対して私は、亡くなった前妻の娘。
この家では不要な存在。
ここには私の居場所はない。
「ねぇ、いっそのこと、職業婦人を目ざしたら?」
カヨ子が「良い提案」とばかりにふふっと笑う。
時は大正。
女学校を卒業した後に、華道や茶道の芸を極める人や、英語や国語の教師として職に就く人もいるって聞く。
「カヨ子、そんなに簡単に言うんじゃないよ。そういうのになれるのは、一部の才能のある子だけよ」
私たちの会話を聞きつけたお継母様が渋い顔をする。
「学業の成績もそんなに良くないし、要領だって良くない、娘がどこで働けるって言うんだい。私の着物ひとつ繕うのにこんなに時間のかかるグズが」
お継母様が私の縫っている着物を指さした。
「す、すみません」
私が慌てて止めていた手を動かすと、カヨ子が提案してくる。
「ねぇねぇ、カフェーやレストランの女給さんは? デパートガールとか」
「えっ?」
カヨ子の提案に少し胸がドキリとする。
実は私、カフェーやレストランの女給さんに憧れてるんだ。
西洋風のワンピースに、フリルの着いたエプロン。ああ、なんて素敵なんだろう。
だけどお継母様は苦い顔で首を横に振った。
「駄目駄目。そういうのはもっとカヨ子みたいにパッと目を引く美人じゃなきゃ」
そう言うと、お継母様は、カヨ子の頭を撫でると、私のほうを嘲るような顔で見た。
「この子の良さは若さくらいなんだから、この際うんと年上でも後妻でもいいから、どこかお金持ちの人と結婚して我が家に貢献すべきだわ」
カヨ子がうなずく。
「でも「呪われた令嬢」を嫁に迎えたいだなんて、そんな奇特な方がいるのかしら」
カヨ子とお継母様が顔を合わせて笑い合う。
「いっその事、どこかの神社かお寺に行ってお祓いでもしてもらったら?」
私は無理矢理笑顔を作り、うなずいた。
「ええ、そうしてみるわ」
どこかの神社かお寺かあ。
その時、頭の中に浮かんだのは、幼い頃、浅草に行った時に迷いこんだあの小さな神社だった。
“ ここは何でも願いを叶える神社なんだ”
神主さんはそう言っていたけど、結局あの後、何度探してもあの神社は見つからなかったのよね。
頭の中に、あの日会った神主さんの姿が蘇ってくる。
愁いを帯びた不思議な瞳。
整った顔立ちに、聞き心地の良い声。
そして白くて長い不思議な髪。
背後には赤い鳥居と狐の像。
神主さんと二人で過ごした時間はほんの少しだったけど素敵だったな。
今思うと、全部夢だったんじゃないかと思うほど暖かくて、きらめいていて――。
もしもあの人に、もう一度会えたのなら。
「久しぶりに、探してみようかな。あの神社」
私は一人ぽつりと呟いた。
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