第20話「実験結果-翔太side」

 翔太は制服のまま真っ暗な自室のベッドの上に、寝転がっていた。どうやって、帰って来たのかも分からない。力が入らない。何もしたくない。何も考えたくないのに。


 先程の、華の唇の柔らかな感触が忘れられない。なんで、あんな事してしまったんだろう。


 確かにあの嵐の夜、寝ている華にキスしようとしたが、あれはあまりに無防備に、人のベッドで寝こけている幼馴染への苛立ちと、単なる性への興味からだ。恐らく、そう。


 でも、さっきのは――

 

 きっと、華に「友達以外に感じてない」とハッキリ言われた事が、ショックだったからだ。


 そんな事、言われなくても分かってた。ずっと昔から分かってたはずなのに。悔しくて、悲しくて、切なくて、その気持ちが唇から伝わればいいのにと、心のどこかで翔太は思っていた。


(やっぱりこの気持ちはそうなのだと、思わせられる。もしかして、違うんじゃないかと期待していたけれど)


「恋」だなんて、思いたくなかった。絶対報われないのに、そんなの虚しすぎる。だったら、ただの異性として、性の対象として見ていた方が、まだマシだ。長年ずっと、気が付かないふりをしていた代償がこれだ。


 もう自分の気持ちを誤魔化せない。


 その時、コンコンと部屋のドアをノックする音がした。


「おい、翔太、飯出来たぞーっ」

「……」


 翔太はとても、夕飯を食べる気になれなかった。

 

「いらない」

「は? なんだ、具合悪いのか」

「……」

「開けるぞ」


 兄の陽太は返事も聞かず、部屋に入ってきた。


「おい、真っ暗じゃん。電気も点けずに、マジ具合悪いのか」


 そう言うと、ベッドで寝転がっている翔太の額に手を当てた。今の翔太には、その手を跳ね除けるのも、億劫だった。


「熱はないな。何だ、またなんかあったのか」

「……なんもない」


 陽太は翔太を無視し、部屋の明かりを点けた。翔太の項垂れる様子を見て、陽太はハァと深くため息をつく。


「思春期拗らせんのもいい加減にしろ。ちゃんと飯は食わせろって、父さんに言われてんのっ。オレが怒られるの!」


 そう言うと、陽太は無理やり翔太を抱え上げようとした。突然の事に、翔太は対応出来なかった。


「わっ。ちょっ、ちょっと、待って!」

「重っ。お前でかくなったなー。もう高一だもんな。わっ! 暴れんな!」

「分かった、分かったからっ。降ろせって!」


 あー腰に来たと陽太は乱暴に、ベッドに翔太を放り投げる。


「痛った! 何すんだよ、馬鹿兄貴!」

「いいから、下に降りてこい、今すぐっ」


 そうジト目で命令すると、陽太は翔太の部屋を怒った様子で出ていった。


(なんで、あっちが怒ってるんだよ)


 翔太は理不尽に思ったが、兄弟間の理不尽さは今に始まった事ではないので、ネクタイだけ外し、大人しく下に降りる事にした。



つづく

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