解呪のときまで、好きです王子。
むい
第1話 囚われの王子と女騎士
あぁ、なんて醜悪で卑劣で愚か。
綺麗な愛し方を知っていたならばはやくこの状況を変えていただろう。他者に強制的に動かされなければ己の欲に従順で。
私だけの楽園だった。はやく彼を解放してあげなければならないのに、それを私の恋心は見ないフリをするのだ。
「これ!美味しいね!」
「でしょ?すっごく並んだんですから。味わって食べてくださいね?」
「うん。次は、メアリが話してたシャンダリアンのチェリータルトが食べたいな」
「えぇ、私の休日何だと思ってるんですか!?」
「いいじゃん。ちゃっかり僕の費用で自分のお菓子も買ってるんだから」
「はい!今日はありがたくレモンケーキ三つ買わせて頂きました!!」
美しい彫刻の施された木製の扉。それに背を向け廊下に立ち、部屋の中の主人と会話をする女騎士が一人。レブラント王国、第一王子アンセントの近衛騎士メアリ・ログスタ。それが今の私の名前。
不敬極まりないこんな口調も彼は気にしない。だから、私はそれに甘えている。
「え!?三つも!?僕には一つだったのに?」
彼の声がやけに近く聞こえるのはきっと扉の近くで今日差し入れたレモンケーキを食べているから。扉の大きさからすると、部屋の中は相当な広さがあるだろうに、彼はきっと私と会話をする為に扉の近くに机を運んできたのだろう。それを想像するとなんて可愛い人なんだと思う。
「おやつは1日一つまでですよ、王子。ただでさえ、引きこもりなのに、沢山食べたら太っちゃいます」
「僕は食べても太らない体質なんですぅ!それに部屋の中でも鍛錬してるもん!」
「もん、って...。まぁ、姿を見た事ないですし?何とでも言えますけどねぇ?」
私は彼の部屋に入ったことがない。
「心外だ!!身長だって低いほうじゃないし、体だってちゃんと鍛えてるのに。メアリが僕の体見たらきっと惚れ惚れするはず....あ!そうだ!父上に外出許可取ってきてよ!いい加減外の空気にあたりたい」
姿を見た事もない。
ーーーーここに来てからは。
「えぇぇぇ!王様おっかないのにぃ」
この広い離宮には今、私と彼しかいない。
「...お給料上げてくれるなら考えないでもないですけど」
だからこんな事だって平気で言えてしまう。当の息子は王様に対しての失礼な言い方も、本人に対しての図々しさも咎めたりしない。それを許してしまうくらい、今の彼は私しか話し相手がいないのだ。可哀想な王子。
「それが交渉出来たら自分で許可取ってきてるって」
「あはは、それもそっか!」
ケラケラ笑う私とそうだ!そうだ!と拗ねた口調で返す王子。この職に就いた時はもっとぎこちなかったこの関係。けれど彼に近づきたくて毎日話をかけ続けた。そしてグラスの中の氷が溶けるように、ゆっくりとけれど着実に今の関係を築き上げてきたのだ。かけがえのない彼と
のこの時を。
「あ、王子、珈琲淹れましょうか?」
「お、いいね。飲みたい」
「はーい」
向かいの部屋は、小さな厨房になっている。もちろん料理人なんていない。使うのは私と、王子くらいだ。だから、使い勝手のいいように私仕様にしている。丁度いい高さにスパイスを並べて、下の棚には薬草を。後ろの棚には根野菜、大きな保冷箱にはお肉とお魚を。小さいとはいっても、流石は王族が住む離宮。私にとっては立派すぎるキッチンだ。まぁ、私がいない時は王子が料理したりお茶を淹れたりしているから丁度良くもある。なんで王子が料理出来るのか謎だし、なんでお茶を淹れるのが上手いのかもわからないし、なんで調味料の場所をわざわざ変えるのか理解できないし勘弁してほしいけれど、彼が使った痕跡を見つけた時はちょっと嬉しかったりもする。
「よし!」
珈琲を淹れ終え、キッチンを出て、向かいの部屋の小さな扉を叩く。珈琲の香ばしい香りが廊下へと広がっていき、その美味しい香りをめいいっぱい吸い込んだ。
うん。いい匂い。
今日は、深煎りの豆を選んでみた。けっこう苦みのあるものだけど、気に入ってくれるといいなぁ...
「お待たせしましたー」
「ありがと」
扉のすぐ横。丁度、腰の位置くらいという微妙な高さに、人が通れないほどの小さな扉が設置されている。そこを開けば部屋の方へと少し飛び出た小さなカウンターがあるのだ。その上に珈琲を入れたカップを置き、中の王子へと渡す。
珈琲だけじゃない。全ての物のやり取りはこの扉で行われる。
この中途半端な高さは彼の顔が見えないようにする為のもの。扉だけじゃない。今、王子がこの離宮に住んでいるのも、だれも使用人がいないのも、騎士が私一人だけなのも、王子がこの部屋から出られないのも全部彼の顔を見ないようにする為。正確には彼の眼を見ない為の処置だ。
ここに配属になってから初めて彼からかけられた言葉をたまに思い出す。
部屋の中の王子が夜になっても眠る気配がなく、寝付きが良くなるようにとホットミルクをこの扉から差し出した時だった。
彼は私に言った。
『君は震えないんだね。私が恐ろしくないの?』
彼は何でもないような口調で言っていたけれど、その一言はここに閉じ込められてからの今までを物語っていたように思う。
彼は、彼の今を知る人々から恐れられている。
"彼は瞳に映るものを石に変える"
"魔女に呪われた哀れな王子"
それが、今の彼だ。
だから、離宮に一人閉じ込められた。
この離宮に仕えていた者は始めこそは通常通り働いていたそうだが、恐怖心からの心身的疲労により体調を崩す者が現れ始めその影響で皆辞めていった。それが拍車をかけ、王宮内の人々から距離を置かれ彼は今一人ぼっちだ。けれど、こうなる前に彼が築きあげてきた人望がある。だから、今でも彼を王にと、後ろ盾になる高位貴族はいるけれど、側に近づくことは無い。だから、今は彼の側には私しかいない。
今は、今だけは私だけの王子様。
「さて、もう少ししたら6人目の聖女様がいらっしゃいますよ。今日こそ呪いが解けたらいいですね」
「聖女多過ぎでしょ。普通一人じゃないの?」
たしかに。
聖女様の希少性がどんどんなくなっている。
「それに毎回勝手に用意されて、勝手に怯えて勝手に帰っちゃうんだよ。僕だって傷付くんだけど。なんだろう、こう...告白もしてないのに振られるみたいな?そんな感じ」
王子が珈琲を飲む為にカップへと手を伸ばす。私の位置から見えるのは手の甲くらい。それでも彼の姿を直接見ることが出来るのはとても嬉しい。胸がキュッと苦しくなる。
あぁ、好きだなぁ。
「ねぇ、王子。好きです。私の恋人になってください」
「また、突拍子もなく君は.....
ごめんね。僕には好きな人がいる」
今日で67回目の失恋である。
「ちぇ、ダメか...王子だって私のこと振るくせに!おかげで私は毎日失恋です。聖女様のこと言えない!!」
「メアリも懲りないねぇ。僕は、告白してないのに振られたみたいだ、と例えたんだ。君は、はっきり言葉にして僕に告白してきてるじゃないか。そもそも、顔を見た事のない相手によく告白出来るね。君は相手の顔気にならないタイプ?」
「いやいや、面食いですよ」
「.......僕がすっごく残念な顔だったらどうするの?」
「じゃあ、今から確かめてみましょう!」
珈琲を渡した後も今だに開いている小さな扉に手を掛けようとしたその時、もの凄い速さで扉が閉められた。再び開こうと取手を握ってみてもびくともせず、すごく残念な気持ちになる。おまけに魔術で施錠されている徹底ぶりだ。相手に見られないことをいいことに唇を突き出して不貞腐顔で抗議する。
「せっかく顔見ようと思ったのにー!」
「君は何考えてるの?石になったらどうするの?」
「ならないですよ」
石になんてならないよ。絶対に。
「分からないじゃないか!」
「じゃあ、別になってもいいですよー」
「良くない!君が石になったら誰が、チェリータルトを買ってきてくれるんだ!」
「え!?私それだけの女なんですか!?ひどい!!!」
ーーーいいよ。今はそれでいい。貴方の顔を見たいけれど、私は知ってるの。あなたが誰よりも凛々しく優しく美しい人だって。
貴方に会いたい。貴方の笑った顔を見たい。でも、いいの。今顔を合わせてしまったら、この関係は終わってしまう。もう貴方の側には居られなくなってしまう。本当は貴方の為に今すぐ終わらせなければいけないのに、分かっていても私は、私だけのこの楽園にしがみついている。ごめんなさい。いつか、あなたに全てを返すから。もう少しだけ、私の我儘に付き合ってもらえませんか?
だから、今はそれでいいの。いつか終わる私と囚われの王子様。
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