ゴミ収集車

ええ、この人の事はよく知っています。

私が担当する地域にお住まいの方でした。


知っている、といっても顔を知っている程度で…。

ええ、ゴミ回収の時によく顔を合わせました。


その、こんな事言うのもなんですが、とてもいい人とは…。


え、はい。

この人は、毎回私たちが回収をする時を見計らってゴミを出しに来ていたようなんです。


収集場の目の前に住んでいたんでしょうか。

いつも私たちがゴミを積み終わるタイミングでやって来て、ゴミ袋を手渡してきました。


手渡すだけならいいんですよ。

そんな方はよくいますし。

でもなんか、渡し方がね、感じの悪い方でした。


しかも回収日じゃないゴミも渡してくるんですよ。

ちょうど取りに来てるんだからいいだろ、って怒鳴るんです。

持って帰る所は一緒なんだから車に積んどけ、って。


……無茶苦茶ですよね。

出されたゴミも分別なんてされてなくて、スプレー缶も平気で生ごみと一緒に入れるんですよ。


スプレー缶を普通ごみと一緒に収集車に入れると大変危険なんですよ。

爆発したり火災の原因になったりするんです。


さすがにこれは止めてほしいと思い、その人に伝えました。

そしたら、「だから?」って言われたんですよ。

「それを分ける為にお前らがいるんだろ」って。


耳を疑いました。

私もこの仕事長いですけどね、そこまで言われる人初めてでしたよ。


きっと我々を困らせて楽しんでたんでしょうね。


段々とエスカレートしていって、カッターナイフがむき身で入っていたり、鳥の死骸が入っていたりして…。

時間も取られるし、精神的にもかなり消耗しました。


一度警察の方にも相談したんですよ。

動物虐待しているんじゃないのかって。


一応調査してもらいましたが、自分で殺しているわけではないようとの事で、厳重注意だけで終わりました。

死骸を探して集めてるだけでもだいぶ悪趣味ですけどね。


本当に途方に暮れていたんですよ。

営業所のみんなも。

こんなに悪質なのは全国でも珍しいんじゃないですかね。



え、あ、そうですね。


この名刺をもらったのは、居酒屋でした。

行きつけの。


仕事仲間と飲みに行ってまして、その時にその話になったんですよ。

それで、ストレスも溜まってたもんですから少し大きめの声で愚痴を言っていたら、隣に座ってたお客さんが、お兄さん大変ですね、って声をかけてきたんです。


なんだか接客業をしているとの事で、迷惑なお客さんいるんじゃないですか?って私が聞いたんです。

よかったらアドバイスをもらおうかと。

そしたらよくお話ししてくれて、お互い嫌な客の自慢大会みたいになったんですよ。


その人の顔?

残念ながら、よく覚えてないんです。

一人客の、人の良さそうな、サラリーマン風の方でした。

年齢は、私より若く見えましたがね。


話が一通り終わったところで、向こうさんが先に席を立ったんですよ。

そして帰り際に名刺を渡してくれました。


『私なんかより、話はプロに聞いてもらった方がいいですよ』

確かそんな事を言ってらっしゃいましたね。


私も、確かにそうだ、と思って、よくお礼を言ってその人を見送りました。

なんていいタイミングでいい人に出会えたんだろう、それくらい思ってましたね。


その日はもう遅かったんで、次の日に早速電話してみました。

本当に、ただ話を聞いてもらおうってくらいの気持ちだったんです。

誓って本当です。


電話にでてくれたのは女の人で、それはもう親身になって話を聞いてくれました。

えっと、ムカイさん…ムクイさんだったかな。

そんな感じのお名前でした。


とにかく最初から最後まで話を聞いてくれたんですね。

それは大変でしたね、お気持ちお察しします、といった同情的な相槌もいれてくれて。

あれがもし詐欺でも、私はコロっと騙されていたかもしれません。

それくらい、感じのいい対応だったんです。


最後に私は、すぐにでもできる対策をアドバイスしてくれないだろうか、と聞きました。

後から考えたら虫のいい話ですよね。

ボランティア団体でもなさそうなのに、プロ相手に何かアドバイスしてくれなんて。


でも相手はすぐ答えてくれました。

『次はすぐに警察を呼ぶことをおすすめします』と。


私は具体的なアドバイスをもらえた事が嬉しくて、お礼を言って電話を切りました。

あれが何の会社だったのか、何で利益を出しているのかもよく考えずに。


とにかく私は救われた気がしました。

この電話を後悔することになるなんて、微塵も思ってなかった。



あの日の事は、もうご存じですよね?

…もう一回言った方がいい。

はあ、わかりました。

もう思い出したくはないのですが。


私はあの日、通常通り出勤しました。

いつものルートを巡り、予定通りの時刻にあの収集所に着きました。

いつもなら憂鬱ですが、この日は心が軽く感じました。

あの電話があったので、来るなら来い!くらいの気持ちでした。


いつも通りゴミを車に積み込む作業をしました。

いつもなら、その人がゴミをもってやってくる頃ですがその日は来ません。


同僚と首をかしげながらも、まあ来ないならいいか、と少し笑いあったりしていました。

その時、車から異音がして積込装置が停止したんです。


我々は安全に作業していたはずなのにおかしいな、と思いつつ、危険物が入っているのではと、積んだゴミ袋を1個ずつ確認しました。


そしたら案の定、マネキンの頭部がいくつも入った袋を見つけたんです。

あ、やっぱり嫌がらせだ、と思いましたね。


でも袋から異臭がして…。

またスプレー缶じゃないかと中を改めると…。


人間の首が入っていました。


もう一同パニックになって、すぐに警察を呼びました。

そして警察の方に、首に見覚えがないかと言われたときに思い出したんです。


あの首は、いつも我々に嫌がらせをしてくる、その人のものでした。



そのあとの事は、もう流石に話さなくていいですね。

我々の話した内容は残っているでしょうから。


事情聴取を終えて、ずっと閉じていた携帯電話を開くと、着信が1件入っていました。

何の番号だとしばらく考えましたが、思い出したときには全身の血の気が引きましたね。


あのクレーム会社の番号だったんです。


このことは、事件直後の事情聴取ではお話していません。

その時は、それが事件と繋がってるだなんて夢にも思っていませんでしたから。


電話はかけなおしてません。

もう恐ろしくてそれどころではないんです。


私が電話をかけたから、その人は死んだのではないか。

そのことが頭から離れないんです。



ねえ、刑事さん。

私は罪に問われるんでしょうか…。

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