コンビニエンスストア
私はここの店長だ。
店長には店を守る義務と、店員を守る義務がある、と私は考えている。
店の売り上げはもちろん、働いてくれている従業員も店の大事な財産だ。
しかしこの頃、その大事な従業員を守ることができないでいる。
「だからぁ、赤マルって言ったらタバコじゃない。なんでわかんないかな」
ここ数か月、深夜の人のいない時間に来店してはアルバイト従業員に文句を垂れる男。完全にクレーマーである。
「日本語読めてないんだったら接客業なんて辞めればぁ?」
標的にされているのはバイトを始めて半年ほどの留学生。
彼は平身低頭で「申し訳ございません」と謝っている。
「お客様、申し訳ございません。こちら赤マルですね。お会計させていただきます」
すかさず間に入るが、その男は引き続き文句を垂れている。
「あなた店長さん?バイトの教育どうなってんの?」
お前に言われる筋合いはない。
さっさと会計を済ませ、男を店から追い出す。
「ありがとうございましたー」
もう来ていただかなくて結構でーす。
「店長…すみません…」
バイトの彼が謝るが、慌てて私はそれを止める。
「全っっ然気にしなくていいから!むしろ文句言いながら来るほうがおかしいから!」
私は彼をバックヤードで少し休ませた。
彼は「慣れるしかないんですかね…」と言って力なく笑うが、表情は暗い。
その男はどうやら、そのバイトの彼を狙って来店しているようだ。
クレーマーに狙われていると気づいたときに、シフトを変えたり、他のスタッフに対応してもらうようにしていたがあまり効果がなかった。
曜日や時間を変えても、他のスタッフがお客の対応や、バックヤードの作業をしている時をわざわざ狙って来ているらしいのだ。
一度警察にも相談したが、「クレーム言ってるだけじゃ罪にならんのですよ」と一蹴されてしまった。
確かに、その男は暴力をふるうわけでも、他の客の迷惑になっているわけでもない。
ただ、確実に、じわじわと、ギリギリのところを狙って店を消耗させているのだ。
「もーーーなんとかならないかなーー」
ある日、友人と飲みに出かけた際に例の男の話になった。
同じ接客業同士、何かいい解決方法はないかと相談していたのだ。
今日は彼のシフトも入っていないので、ひとまずは安心である。
「大変だな、店長さんも」
家電量販店勤務の友人も、クレームには悩まされているらしい。
「そういえば、社内で噂になってるな。これどう?」
友人が見せてくれたのは1枚の名刺の写真だった。
(株)クレーム駆除センター なんでもご相談ください
社名の下には電話番号、キャラクターの絵も描いてある
「なにこれ?」
私は写真を凝視しながら首をかしげた。
「なんかクレームの相談に乗ってくれるらしいよ。取引先の社員が教えてくれた」
世の中いろんな仕事があるんだな、と感心する。
「まさに隙間産業…。ありがたい話だ。これ送ってくれ!」
相談できる場所があるのはありがたい。私は一筋の希望の光を見出した心地であった。
次の出勤日、友人に教えてもらった番号に電話するタイミングを見ていたら、休みのはずのバイトの彼がやってきた。
「え、どうしたの?今日シフト入ってないよね?」
「…店長…ごめんなさい…」
そう言って彼は泣き出してしまった。
彼はついに仕事を辞めたいと言ってきた。
なんでも、通学中の駅で反対側から歩いてきた人にぶつかられ、その顔を見るとクレーマーの男だったというのだ。
男は彼を一瞥すると、ほくそ笑んで去っていったという。
「僕、もう怖くて…」
あわや転んでけがをするところだったという。
私は、彼の日常生活まで危険に晒されているのかと思うと、怒りで頭が真っ白になった。
残りのシフトは来てくれるという彼に、無理はしないように、何かあったらすぐに警察に行くようにと伝え、仕事中はもう絶対怖い目に会わせないと約束した。
プルルルル…
〈お電話ありがとうございます。クレーム駆除センター、オペレーターのムクイでございます〉
まるで合成音声のような女の人の声が聞こえた。
「あ、あの、クレーム対応の相談乗っていただけるって聞いたんですけど」
〈はい、どのようなご相談でしょうか?〉
私は事の始まりから先ほど聞いた話まで仔細を説明した。
「…って感じでなんとかならないかなーと。対処法とか教えていただけるんですかね?」
〈なるほど、詳細承知いたしました。では、こちらの案件は弊社にお任せいただけないでしょうか?1週間ほどで対応させていただきます。〉
法的処置にでも出てくれるのだろうか。
「あ、じゃあお願いしてもいいですか?えと、依頼料とか…」
〈詳細はまた改めてご連絡いたします。今おかけいただいている番号に折り返しさせていただきますので、何卒よろしくお願い申し上げます。〉
そう言って電話が切れた。待っていればいいのか。
私は安心半分、不安半分の気持ちで待つことにした。
とにかく今は彼のシフトを無事終えてもらうことが最優先だ。
2日後の深夜、彼のシフトの日は私も出勤するようにしている。
その日はいつも以上に睨みを利かせて店頭に立っていた。
彼に「しかる所に相談したから」と言ったら少し安心したようで、普段通り仕事をこなしてくれている。
頼もしい従業員を失うのは残念だが、彼の安全には替えられない。
彼の勤務が始まって2時間ほど経った頃、あの男が現れた。
「久しぶりじゃーん、相変わらず何言ってるかわかんないね」
男は店に入るなり、彼にそう言った。彼の顔が硬直する。
お前より彼の方がよっぽど正しい日本語使ってるよ、私は心の中で唾を吐きながら男の前に立ちはだかった。
「お客様、当店の営業に支障が出ますので入店をお断りします」
私はそう言って男を自動ドアの外まで追いやる。
「は?なに支障って。買い物するだけじゃん」
男はキツネにつままれたような顔をした。
入店拒否なんて考えてもみなかったのだろう。
「はー?困るんだけどな、ここで買い物できないの。なんもしてないじゃん俺」
男はへらへら笑っているが顔が引きつっている。
「うちの従業員への数々の無礼な発言、謝ってもらいますよ」
「無礼な発言??ガイジン雇う方が悪いんだろ」
なんて言い草だ。何も悪びれていない、最低な奴だ。
「あんたのせいで、こっちは優秀な従業員一人失うとこなんですよ。立派な損害だ」
「そんがい??たかがバイトなんていくらでも替えが効くだろうがよ!!」
私は絶句して二の句が継げなかった。
「他の客に迷惑かけなけりゃ、お前らは俺に何もできなんだろ!?わざわざ人の少ない時間に来てやってるのに何言ってやがる!!商品が売れればなんでもいいんだろうがお前らは!!毎回買ってやってんのによ!!」
私はそう言われ突き飛ばされた。こいつ、普通じゃない。
「だいたいなんでお前らみたいな底辺のやつに文句言われなきゃいけないんだよ!!こっちは金払ってんだよ、金!!俺はお前らとは違うんだからな!!お前らみたいな負け犬に!!言われる筋合いは――」
パ―――――――――――――――――
次の瞬間けたたましい破裂音が響いた
砕けたガラスがばらばらと降ってくる
思わず覆った顔を上げると、乗用車が店内に突っ込んでいた。
やや間をおいて、私はようやく状況を把握する。
前部分はぺしゃんこだが、運転手は無事だろうか。
「店長!!大丈夫ですか!!」
店内から彼の声が聞こえる。どうやら無事だったらしい。
よかった、そう思ったがひとまず警察と救急車を呼ばないといけない。
店内に入ると、先ほどの男がいた。
男は車と棚に挟まれてぐちゃぐちゃにつぶれ、汚い言葉を吐いていた口をだらりと垂らして事切れていた。
プルルルル……ガチャ
〈お世話になっております。クレーム駆除センター、オペレーターのムクイでございます。
先ほど、ご依頼のクレーマー駆除が完了いたしました。
店舗の損害は弊社にて保障させていただきますので、どうかご安心くださいませ。
またのご利用、お待ちしております。〉
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