(株)クレーム駆除センター

ヒノワ馨

駆除

コールセンター

「お電話ありがとうございます。カシワデンキ コールセンターでございます」


『この前買ったクーラーなんだけど!3日で動かなくなっちゃってどういうこと!?』



ここでは毎日クレームの電話が来る。

ここだけではない、私の働いているようなコールセンターでは毎日、毎時間、毎秒、誰かが無意味なクレームを延々と聞かされている。



「大変申し訳ございません。購入されてから3日ですと保証期間ですので、保証書とレシートを購入店舗まで…」


『レシート!?レシートなんて残ってないよ!こんな早く壊れるなんて思ってないから置いてる訳ないじゃん!』



毎日理不尽極まりない言葉の渦に揉まれ、人間らしい感情を遮断する術を我々スタッフは覚えてゆく。


溜め息をかみ殺し、なんとか場を納める。

これが1日に数件、酷い時だと1時間ほど捕まる

仕事だと割り切って後々話の種にしてしまう場合がほとんどだが、特別運が悪いと引いてしまう。

悪質なクレーマーを…




そいつは「クレーマー」を通り越して「ストーカー」と呼ばれていた。


『ちょっと、ヤマモトさんいないの?あなたじゃダメだわ。ヤマモトさん呼んで』


何を気に入られたのか、いじめ甲斐があるのか、誰が電話を取っても私が呼ばれる。


不在と伝えれば、戻るまで待つ。

休みと伝えれば、出勤日にかけなおす。


最初はどうにか対処しようとしてくれていた上司、同僚たちにも手が負えなくなって、そいつから掛かってきた電話は一旦私が取るようになった。


そいつからの電話は、酷い時には週2~3回、数時間に渡ることもある。

不運で済ませられればいいのだが、個人的にも会社的にもかなり労力を割かれ参っていた。


一度出なかった時があったのだが、その際はメーカー本社にクレームが入り、今後お客様をないがしろにすることはないように、と勅令が下ってしまった。


それからというもの、そいつからのクレームは過激さを増し、つい先週も新人の女の子が泣かされ、辞めてしまった。

この仕事が比較的長い私も、そろそろ限界を迎えようとしていた。



「あいつやばいですよねー。このところ毎日じゃないっすか?」


お昼休憩中、後輩とコンビニ弁当を食べながらそいつの話題になった。

彼女は一度、クレームの途中で電話を切り、それ以来そいつからの電話には出るなと上司から言われた猛者だ。


「本当に勘弁してほしいわ」

私は心の底から言った。

こうやってお昼を食べている間も、電話が来ているのではないかと気が気でない。


「なんかー、マネージャーがなんとかするって言ってましたよー」

なんとかなるんだろうか。


「期待しとく」私はそう言って力なく笑った。



その日の午後、もう覚えてしまった市外局番と下四桁。

1日半ぶりのそいつからの電話だ。


「お電話ありがとうございます。カシワデンキ コールセンターでございます」



今回の電話は、先日買った目覚まし時計の音が小さく、きっと不良品だから取り替えてほしいといった内容であった。


『だって目を覚ます時計なのにさ、音小さかったら意味ないでしょう?ヤマモトさんはそれで起きれると思うの?』

本当にくだらない。


私相手に声を荒げることは稀になったが、これが他のスタッフだと激昂するから手に負えない。


「私では返金の判断をしかねますので、上長と相談し折り返しさせていただいても…」


『は?今かけてるんだから今返事してよ。相談するなら待つから。また貴方に繋がなきゃいけないこっちの手間も考えろよ!』

なんの手間だまったく。



私は「かしこまりました」と言って保留し、マネージャーを呼ぶ。


「大丈夫…じゃないよね、またあの人か…」

きっと私はこの数分の対応で数年分老けているのかもしれない。

いつも同僚には憐みの目で見られる

この人当たりのいいマネージャーも心底同情している表情で私のもとに来た。


「もう無理です…なんとかしてください…」

なんともならないと思いつつも私は訴える。


「そうだよね…店舗の人にも、もう回さないでくれって言われちゃって…」

手詰まりだ。

相手の気が済むまで罵倒され続けるしかない。


絶望で天を仰いだ私に、マネージャーは1枚の名刺を手渡した。


「これなんだけどね、知り合いに教えてもらったの。どうしようもなくなったら相談してみたらいいって…」

名刺にはこう書かれていた。



(株)クレーム駆除センター 問い合わせ窓口 悪質なクレーム対応お任せください



名刺の隅には作業着のキャラクターのイラスト

まるで引っ越し業者のようだ。


というかなんだろう、クレーム対応してくれるのか?そんな仏のようなサービスが本当にあるんだろうか?


「これがハズレでもこれ以上悪くはならないから、一度電話してみて」

電話対応の場合、クレーム電話をそのまま転送すればいいと書いている。


「…ありがとうございます、やってみます」

私は転送ボタンを押し、番号を入力した。




〈お電話ありがとうございます。

クレーム駆除センター、オペレーターのムクイでございます〉


まるで合成音声のような女の人の声が聞こえた。


「あの、名刺を見てお電話したんですけど、本当にクレーム代わっていただけるんですか?」


〈クレーム対応代行ですね、承知いたしました。

お電話でのクレームでしたらこのままお繋ぎいただき、お客様はそのままお電話を切らずにお待ちください〉


本当に代わってもらえるらしい。

期待と不安を込めて、私は再度転送ボタンを押した。



〈お電話代わりました。オペレーターのムクイと申します〉


『え、誰。ヤマモトさんは?上司の人もいつもの人じゃないよね』


〈ヤマモト様より、クレーム対応の代行を承りましたので、この先はわたくしが担当させていただきます〉


『は?今クレームって言った?私がクレーマーって言いたいの?何?お前、何様?」


〈あなた様は今まで数々の悪質なクレーム行為をされましたので、今後一切お控えいただきたく…〉


『ふざけてんのかお前!私がどれだけお前のとこで買い物してると思ってんだよ!クレームじゃなくて、お客様のご意見だろ!?ごーいーけーん!わかる??』


〈そこまで大きな声でおっしゃっていただかなくても、わたくしの耳には届いておりますが…〉


『はぁ??おかしいんじゃないのかお前!!別のやつ呼んで来いよ!!おまえ、もうダメ。話通じない無理。上のやつ呼んでこいよ、代われよ!!!』


〈これまで威圧的なコミュニケーションしか取られてこなかったのですね。ご愁傷さまでございます。残念ですがこれ以上は…〉


『だーかーらー、お前がおかしいじゃないのかって!!!お前なんかすぐ辞めさせてやれるんだからな!!前の若いやつも辞めただろ!!お前も!!同じだ!!す、ぐにっ!! お前もお  前 何 だ   なに をしt   g  っぅ なn   」




ブツッ  ツー ツー





〈お客様、大変お待たせいたしました。これにてクレーマー駆除完了いたしました。またのご利用、お待ちしております〉


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