許して
正軒
最期の頼みと、楽しみと
なんで葬式は礼儀正しく過ごさねばならないのだろう。
大きさの割に十人ほどしか来ていない、まだ空席だらけの葬儀場で最前列に座りながらそう思った。
「ぶっ壊したいんじゃなかったの?」
近くに人がいないのをいいことに棺の中に向かって話しかける。
全部変えたい、ぶっ壊してやりたい。生きているうちはそれが彼女の口癖だった。それを棺に向かって呟く。
何にも変わっていない、少なくとも、彼女が死んでもクラスの雰囲気が少し悪くなった以外には何も変わっていない。
その雰囲気だってすぐに塗り替えられるだろうけど
「君は何でもない、何にもなっていない、強いて言うなら不発弾」
「君は何で僕を助けた?」
いじめられている人なんて助けるからこうなる。
こうなるとわかっていたはずなのに彼女は僕を助け、誰にも助けられないまま死んだ。ポケットの中に手を入れ、彼女らしくもない几帳面な字で書かれた遺書を握り潰す。
不思議なのは、彼女はいじめなんか気にする人じゃなかった。
だから余計にイラつくし、不思議にも思う。だけど一番言いたいのは、せめて最期くらいは言ってほしかったと怒鳴りたい。
「君はどうして死んだ?」
不満を吐き出すようにため息をつき、外へ向かう。
自動ドアをくぐり外へ出ると、何人かの笑い声が響いた。
うるせえなと思いながら視線を向けると、クラスで見知った顔が固まり、いつもと変わらないノリで集団になって彼女を馬鹿にしていた。
やっぱり、変わらないな。と心中で呟く。
「…帰るか」
集団から視線を外し、踵を返す。
帰路を歩みながら封筒の上部を破り、くしゃくしゃになった遺書の中身を取り出す。
読む気にはなれないが、特にやることもしたいこともないので折りたたまれた紙を開き、流し読みながら時折視線を上げて本当に彼女が書いたものか確認するのを繰り返し、家に着くまで時間を潰す。
誰かさん。これを読むなら私は死んでいます。
できればクラスメイトの朝紀くんに届けてほしいけどどうでもいいです。
でも、きっと朝紀くんが読んでいるでしょう?君は優しいから最後まで読んでくれると思う。
まあ、「らしくない」的な事思いながら私の葬式を過ごしたよね。それとも抜け出した?抜け出してた方が君らしくて面白いね
じゃあ、本題に行こうか
一つ目。ごめんね朝紀くん
私後先考えないから死んじゃった。いや、私の主観ではまだ死んでないけどさ、きっと死んだ後に読んでるよね。
まあ、朝紀くんもそれなりに生きてからこっち来てよ
二つ目。わがまま言います
あのバカ集団やり返しても反応なくて詰まんなかったからさ、代わりにやっといてよ。私、何で死ぬ気なのか自分でもわかんない。
強いて言うなら疲れた。でも馬鹿が付くほど自分に正直に生きてきたからさ、こうなると死ぬ以外に考えれないんだよね。
だから、朝紀くん。君が私を友達だと思うなら復讐してよ。こっち来た時用の笑い話作ってよ。
楽しみにしてる。
彼女らしい言葉ではあるけど、字は無駄に几帳面だし僕宛てだしで本当に彼女の字で書き残したものなのか疑ってしまう。
でも、疲れたから。というのは実に彼女らしい。思わず笑みが零れた。
家に着き、予想外に早く帰ってきたからか不審げな目をする親を無視し、部屋に直行する。
ポケットからバイブ音が響き、面倒に思いながらもポケットから携帯を取り出す。そこにはしばらく使われていなかったアドレスから集合場所と時間、持ってきてほしいものが書かれていた。
どうやらしばらく少年院行きらしい。彼女の最初で最後の頼みなら少年院行きも悪くなさそうだ。
それに、少年院行けば多少は思い出話も増えそうだ、と思いながら家の物置から使えそうな道具を引っ張り出す。もちろん、要求されたものは一つもない。
準備の時は一番楽しい時間だと思う。どんな風に、どうやって、こうなればいいな、空想と理想が脳内で溢れ、これから先のことを綿密に計画してくれる。
「さて、あいつらはどんな反応するかな」
待ち合わせの時間まであと、五時間。
そんな早い時間に僕は集合場所にいた。律儀に待っているのではなく、準備のために。
ポケットにはマッチ、あたり一面にはガソリンの匂いが薄く漂っている。その真ん中に数年前の打上花火とガソリンに浸した導火線代わりのタコ糸を置き、引火するように調整する。
あわよくば全員焼死して欲しいから作った仕掛け。
結局ガソリンが足りなくて火傷程度で終わると思うが、笑い話にはちょうどいい。
また自然と笑いが零れ、自販機で買った緑茶がいつもよりもおいしく感じた。
『君たち、これ面白い?』
僕を囲む集団の後ろから声が聞こえる。どうやら話しかける馬鹿がいたようだ。
『暇つぶしに面白いも何もねーだろ』
『そ』
至極つまらなそうな声が二つ響く、話しかけていた女子は不良と言って差し支えないやつらを無視して僕に歩み寄る。
『君は?』
その時の僕の答えは、
「先に待ってるとは、殊勝な心掛けだな」
「……起こすな、今丁度寝れてたんだ」
夢の中の男の声と同じ、聞くのも嫌な声が寝起きの耳に響く。
どうやら時間らしい。起き上がり、周囲を確認すると夢の中のメンバーが二、三人いないが大体の標的はこの場に来ていた。
「で、何の用だ」
「あ?メール送ったろ。金だよ、金。貸せ」
「無理だ。お前らに貸す金は持ち合わせていない」
埃を払いながら立ち上がり、そいつに向き合う。
一回りほど小さい身長で、自分に自信がありそうなやつが睨むような視線で近づいてくる。それを合図にしてか、他の奴らも近づいてくる。
「お前さ、立場分かってる?」
「分かってるさ、金を貸してほしいと懇願されている立場だ」
「は?俺らはなあ、金を貸してくれなきゃお前をボコすつもりできてんだよ」
「御大層なこった」
「なめてんじゃねえぞ」
本人たちは威圧しているつもりらしいが、威圧というのは相手が恐れている前提で通じる。というかそもそも自分より小さい相手から恐怖も圧も感じない。本当にそういう世界で生きているならともかく、こいつらは調子に乗ったただの不良だ。
僕は溜息と共にマッチを取り出す。
そして、自分でも驚くくらい爽やかで明るい声を出して言った。
「ここ、ガソリンの匂い凄いよね」
「「「?」」」
「何を…」
「!?」
どうやら大体の奴は気付いてすらいないらしい。
「残念。反応見たかったけど」
少し悲しくなりながらもマッチに火を点け、地面に落とす。
すると、僕の足元から蛇が這うように炎が広がる。炎でできた蛇はとぐろを巻くように円になり、中心のタコ糸に火が付いた。
「大丈夫、多分死なない」
「なっ…」
「おい!消せよ!?」
周りで連中が焦ったような声と共に暴れ、それを聞きつけた野次馬が周囲に集まり始める。
カメラのシャッター音が響くが、それとは対照にサイレンの音も電話する音も聞こえてこない。ただただ珍しいものの周りに集まり、記録を取るだけ
目の前の奴らよりも野次馬の方に引火して欲しいと思った。
こっちは最低でもあと一回燃やせば二度としようとは思わないだろうが、向こうは悪気もなく、自分が何もしていないという自覚もない最高に質の悪い集まりだから、そんなことに使うだけの携帯と指なら引火して、折れて、割れて、潰れて二度と使えなくなってしまえばいいのにと思う。
「落ち着けよ、綺麗なもん見れるから」
振り向くと、タコ糸に引火しあと数秒で花火が打ち上がる。
そこで面白そうなことを思いつき、余っているマッチを三本取り出して火をつけた。
「た~まや~」
背後で破裂音。それとほぼ同時に野次馬からどよめきが上がる。
傍らのタンクに火をつけたマッチを入れ、全力で前に、野次馬が集まっている方へ投げる。
タンクはパニック状態の不良集団の間を通り抜け、野次馬連中の前に転がる。そして、興味本位で近づいてしまった馬鹿を巻き込んで盛大に爆ぜた。
「あ」
野次馬のだれかが声を上げ、カメラがその爆発に向けられる。
そこには三名の燃える大学生ほどの男女の姿があった。叫び、助けを求めるが他の人間は動画や写真を撮り、逃げるように後ずさる。
そんな連中に向かって、僕は叫んだ。
「誰か、救急車ぐらい呼んでやれよ」
それが聞こえたのか、野次馬は何かに気付いたようにやっと電話を始める。
僕はポケットから物置に隠されていたウォッカ瓶を取り出すと、蓋を外してあたり一面にばらまいた。
それによって地面が激しく燃え、何人かが新たに燃え上がる。
既にサイレンの音が響いているが、すぐに誰かの悲鳴にかき消された。
午後7時、SNSでは一つの話題がかなり盛り上がっていた。
6月30日 午後5時、都内で複数の焼死体が見つかり、あたりにはアルコールとガソリンが撒かれ住宅も数件引火し燃えた。
犯人は焼死体の一つだとみられ、身元確認が急がれている。
『碌なもんじゃないね。朝紀くん』
僕の報告を聞いてひとしきり笑った後に彼女が呟く。
「そうか?満足だったけど」
『どうせなら国会議事堂とかでやって派手に散ろうよ』
「ああ、良いな。それ」
『でしょー。転生とかあったら今度こそやろう』
「もちろん。二人なら爆弾ぐらい作れそうだ」
『ううん。毒ガスにしよう』
「派手にしたいんだったじゃないのか…」
『うーん…結局ぶっ壊せれば何でもいいや』
「………結局、何を壊したいんだよ」
『知ってるでしょ?』
「お前から見て腐ってる世界だろ」
『そ、まあ壊しても意味ないし、無駄足だろうけどね』
「この世界に自己満足以外の行動理由なんてねえよ」
『あっ。なんか名言っぽい』
「あくまで主観だけどな」
「まあでも、面白ければいいよ。僕はそれに付き合うだけだし」
『やりたいこととかないの?』
「あるやつがお前の自己満足なお願い叶えるわけ無いだろ」
『…それもそっか』
許して 正軒 @masanoki
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