8-2 ファイティンゴーリラ

 始まりは、なんて事の無い日から。


 OLだったワタクシは家に帰り、買ってきたタイムセールの惣菜を食べて。

 無気力にソシャゲを遊び、それだけで満足して眠りに就きました。

〝こんな毎日が続いてるから、きっと明日も続くんだろうな〟なんて思いながら。


 でも翌朝起きた時、異変が起きていたんです。

 まったく知らない部屋で、まったく知らないベッドに寝ていて。


 そして知らない男女に心配そうに見つめられていて。


「良かった……ルクセレン、生きてて本当によかった……!」


 そう喜ばれながら頭に抱き着かれました。

 あいにくその手は後頭部まで届きませんでしたけれど。


 そこでようやくワタクシは気付いたのです。

〝あれ、これ令ゴリの世界じゃね?〟と。


 案の定、ここはソシャゲ【貴族令嬢聖女賢者ゴリラ以下略】の世界でした。

 しかもゲームには描かれていない、主人公四歳の頃の時代からです。


 びっくりいたしました。

 まさか漫画や小説などによくある転移転生が自分の身に起こるなんて、と。

 まぁゴリラに転生するOLなんて早々居ないのでしょうけれど。


 なので正直、当時はショックが大きかったです。

〝よりにもよってゴリラかぁ~……!〟なんて唸ったりして。


 まぁでも意外と居心地は悪くなかったですね。

 両親はとても優しく、ゴリラのワタクシに合わせて屋敷を改築するくらい前衛的で。

 周りからも憧れられ、贈り物なんてしょっちゅうの事。


 時には外国の王様が訪問し、丁寧に礼までして下さっていたのですから。


 それというのも、この世界ではゴリラとして生まれた者は神子として扱われるから。

 なぜならば。


「いい、ルクセレン? この世界を創ってくださった主ゴリラ神はかつて、こうお告げしました。〝いつか我と瓜二つの子、生まれけり。その者、きたる災厄を退けし聖なる子なり。崇めよ、奉れよ、さすれば世界に長き安寧をもたらさん〟と。その聖なる子こそ貴女なのよ?」


 この話は、親を抱いて寝かしつけている時に聞かされました。


 なんと裏ではこのような伝説があったのです。これはソシャゲにも無かった設定でした。

 納得ですよね、それならイケメン守護騎士が訪れても無理は無いんだって。


 でも、ワタクシはそれだけで満足するつもりはありませんでした。


 確かにワタクシの身体はまさにゴリラそのもの、通常の人間であればワンパンで消し飛ばせます。

 ですがそれ以外にも多くの恩恵を受けていたのです。


 たとえば、無限に近い魔力。

 知識を蓄えやすい知力。

 新しい事を生み出す閃き力。

 生命成長を促す活性力。

 精霊とさえ会話出来る認識力。

 異種族から敵意を消し去る包括力。

 バナナを甘くさせる芳醇力などなど。


 それらの力を得た以上、生かす手は無いのだと思って。

 なので各能力を伸ばす事にしたのです。


 おかげで、一四歳になる頃には身長が四メートルを超えていました。


 腕回りだけでも人幅並みとなるくらいです。

 素晴らしい成長だと思いませんか?


 その他、知識や魔術も誰より秀でていて、お陰で賢者とも呼ばれるように。

 つまり、これでソシャゲタイトルの伏線を半分回収した事となります。


 そして来たるべき時が来ました。そう、その残り半分を回収する時が。

 選ばれし守護騎士一〇人を連れ、旅に出る事となったのです。

 災厄を退ける為の辛く険しい旅の始まりでした。


 ……そのはずだったのですが。


「なんでテメーみたいなゴリラを守らなきゃなんねーんだよ!! やってられっか!!」

「「「そうだそうだ!!」」」


 出会った途端、守護騎士達にボイコットされました。

 しかもある事無い事吹聴され、悪役令嬢として祭り上げられてしまったのです。

 あろうことか本物のゴリラを聖女に仕立てて。


 「あ、普通のゴリラいるんだ」って思いましたね。


 ただこんな展開を私は知りません。ソシャゲは割とやり込んだはずなのですが。

 なので不思議と思い、彼等に問いました。「どうしてそんなにゴリラを嫌うの?」と。


 するとその答えはすぐにわかる事となります。


「違うな、ゴリラが嫌いなんじゃない。お前が嫌いなんだ! 私達を差し置いてゴリラ役に転生しやがって!! なんで私がその役目じゃないんだッ!!」

「いいや私が」

「いやいや私こそが」

 

 そう、イケメンも全員転生者だったんです。しかも誰しもが【令ゴリ】体験者という。

 つまり中身は全員女の子なのです。


 愕然としましたね。なんで代わってくれなかったんだって。

 特に推しと代わってくれれば一心同体だから色々出来たのに。


 しかしそんな都合を彼等は聞いてくれません。

 だからやむなく戦う事になったんです。


「「「くたばれ偽ゴリラ聖女ォォォ!!」」」

「そうはいきません!! ティアフルゴリラマジック!! ハートブレイクルミナリオーン!!(※訳:剛腕全力一閃)」


 ですが私はゴリラですから、当然彼等に勝ち目はありません。

 直後、騎士全員が全裸で空に打ち上げられていました。


 それで事後、彼等を説得しようとしたんです。


「くそ、なんでだ……なんで私がゴリラじゃないんだ……!」

「ゴリラになんてならない方がいいんです。ワタクシみたいになったって誰も幸せになんて」

「違う、違うな、お前は何もわかっちゃいない」

「えっ?」

「私はゴリラになりたかったんだ!! 他の誰でも無い、ゴリラになりたい願望があったんだよ!! ゴリラが好きで好きで堪らないんだよォォォ!!!」


 まじかー……って感じでしたね。


 他の全員も同じでした。全員ゴリラになりたかったそうです。令嬢でも聖女でも賢者でも無く。

 もう理解がおよびませんよね。


 仕方ないので私も本心を話し、説得を続けまして。

 それでようやく彼等も納得し、渋々一緒に旅する事になったのです。

 事が終わったらきっと元の世界に帰れるのだと信じて。


 それから長い事冒険を続け、ようやく災厄である魔神と対峙しました。

 とても厳しい戦いでしたね。ハートブレイクルミナリオンを二回も放つ事になるなんて。


 けれどその余波の影響は甚大で、煽りを受けた守護騎士達もまた力尽きる事に。


「く、無念だ……願わくば、ゴリラともっと触れ合いたかった……グフッ」

「どうか、このまま元の世界に。あるいはアマゾンのジャングルで転生しますように」


 彼等が付いてきてくれたお陰で災厄は倒せました。

 本当にただ付いてきただけですけど。


 でも彼等がいてくれたから楽しく旅が出来たんだと思います。

 途中から一人が本物のゴリラに入れ代わっていた気がしますが、想いだけは一緒ですから。


 こうしてソシャゲの範疇である冒険は終わりを告げます。

 なので、お亡くなりになった騎士達はきっと現世に戻った事でしょう。


 でもワタクシ自身が戻る事はありません。

 それどころか新しい冒険の幕開けです。

 もしかしたら、戻る事は考えるだけ無駄なのかもしれませんね。


 なら今を精一杯生きてみようと思います。

 物語の中だけがワタクシの活躍の場ではないのですから。

 だからこの最強の肉体を皆の幸せの為に奮い続ける事でしょう。


 そう、いつかワタクシ自身が主ゴリラ神となるその日まで。

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