5-2 もふもふ好きだから扱いが丁寧とは限らない

「それじゃ次にアタシが行くのにゃ。アタシは【ケット・シィ】という種族で、割と自由気ままに生きてたのにゃ。ネズ公と違ってアタシゃ格式なんてどうでも良かったにゃ~」


 なるほど、まさにネコさんらしいですね。

 にしても今度も意外で、声が男性です。ぱっと見、女性かと思ったのですが。

 寝ると稲妻の如く強く速くなりそうなイケボですね。


 確かに、VTR上でも転生者を振り回す唯一の存在でした。

 追いかけっこの時はとても楽しそうに思えましたが。


「まぁ正直、アタシはあのシチュ自体に悪い気はしなかったのにゃ。本当に獣が好きなんだって事はわかってたからにゃ」


 ふむふむ。

 マイペースではあるけど純粋でもあると。

 憎めない主人公という訳ですね。


 という事はケット・シィさん自体には不満は無かったと?


「んな訳ゃにゃかろうもん! 彼奴に怒りを覚えない訳がねェェェァァァ!!!」


 いぃ!? ガ、ガンギレですねー……。

 一体何がケット・シィさんの琴線に触れたのでしょうか。


「まず彼奴はすべてにおいて適当過ぎるんだよォォォ!! なんだよ【ゆうがねこ】ってェ!? クソ舐めとんのかワレェェェ!? 誇り高きケット・シィ族を貴様等人間如きの呼び名で呼び捨てやがってからにィィィ!!!」 


 あー愛称呼び、アウトでしたか。


 しかしこれは一定の界隈でもある諸問題です。

 友人間でも割と起きうるデリケートな話題と言えるでしょう。

 変なあだ名で呼ばれるの、嫌ですもんね。


 しかも正式名に自信があるのならなおの事。


「それに彼奴は何度教えても変えやしねェェェ!! 覚えられないからとか言い訳しやがってェェェ!! その癖何でワンコロだけはちゃっかり覚えとるじゃにゃいかァァァ!! なんでなんじゃァァァアアア!!!!!」


 確かに、只の獣でしたらどんな名前でも喜ぶかもしれません。


 ですが相手は神獣ですからね。

 転生者よりもずっと年上で知識もあって昔からの名前もありますから。

 それを重んじてくれれば平気だったのでしょうけど。


 でもこのマイペースっぷりだと無理そうですね。


 おや……?

 いつの間にやらケット・シィさんの姿がどこかに。お昼寝でしょうか。

 あれイヌさん、口元に何かフワ毛みたいなの付いて……何故、口をモゴモゴさせてるのですか?


「只の癖だワン」


 そうですか、癖ですか。

 なら仕方ないですね。


「次は自分いいッスか? 自分も色々言いたい事あるんで」


 あ、「ワン」って口癖じゃないんですね。

 今度はなんというか逞しいお声です。

 万屋とかやってそう。


 では遠慮なくどうぞどうぞ。


「自分、フェンリルやっとります。んでね、長い事有名な神獣やっとるとね、色々な転移転生者に遭うんですわ」


 あー貴方やっぱりフェンリルさんでしたかー……。

 ワンちゃん属性トップクラスの人気度ですもんね。

 獣界のエルフと呼ばれるくらいの認知度ですから。


 なんせ異世界モフモフモノでフェンリルが出ないなどほとんどありませんし。汎用性高過ぎて。


「そりゃもう。それこそ使役されたり、戦いに繰り出されたりとまぁ色々。バトルフィールドに固定されて冒険者と戦い続ける事だってありましたわ。あれはキツかったもんだ。欲しい装備が出るまで延々と狩られ続けるのは。それに比べたら今回の事は誰しも優しいなんて思うかもしれねぇ」


 敵でも味方でも使えるオールラウンダーだからこその悲劇と言えるでしょう。

 それでもやっぱり強いというイメージが定着していますから。

 何とかしちゃう、あるいは勝てると嬉しい高位的存在として最適なのかもしれません。


「あぁ、だからこそ誇りもある。まぁそれになんだ? 戦いも役目だと割りきりゃ乗り越えられるってぇもんよ」


 さすが、その凛々しい体格と神の従者という名目に負けない自信を感じますね。


「あんがとよ。けどな、あの野郎だけはどうしても許せねぇんだ……!!」


 ほほう、これはなかなか怨恨が深そうです。

 ほら、なんかもう獣らしい顔付きになってますもん。「喰ってやろうか!?」的な感じで。


「当然だ。あの野郎、神からもらったスキルを使って俺達を好き放題にしやがる!! 『もふもふー!!』なんて叫びながら体中をこねくり回してきやがんだ!! あれがどれだけ苦痛だったか……!!」


 あれ、でもなんだか気持ちよさそうに見えましたけど……?


「んな訳あるかぁ、俺達ゃ神獣だぜ? 形ばかりのスキルなんざ効く訳無ぇ。ただ主である神の見てる前だからそういう風にして見せてるだけだ。メンツを壊さねぇようにな」


 おぉ~、なんて献身的な。

 あれは主を愛するが故の自己犠牲の表れだったんですね。

 演技とはとても思えませんでした。役者魂に磨きが掛かってますねー。


「だが野郎はそれを良い事に、初対面の俺の毛をわしゃわしゃとだなぁ!! これがただ撫でるだけならまだギリギリ許す!! しかし奴はあろう事か!! 俺の毛の中に!! 指を突っ込んで!! 掻き毟りやがったァァァ!! これだけは絶対に許せねェェェ!!!」


 その手でグルーミングをしようとしたのですね、きっと。

 個体によっては喜ぶ事だとは思いますが、フェンリルさんにはダメだったみたいです。


「いいや違うね!! 誰でもダメだろあれは!! なら逆に訊く。パプリエルさんはその髪をセットするのにどれだけの労力を掛けている?」


 え、そうですね、起床後におおよそ八時間ほど、ケアも含めて。

 神前に出ますからね、すべてにおいて入念無く整えておりますよ、毎日。


「じゃあその髪を、番組終了前に突然知らない奴からワシャワシャされたらどうする?」


 ……殺意が沸きますね。

 というか滅殺するかもしれません。


「それだよ。まさにそれなんだよ。こちとら神前に出る為によ、出番の何時間も前から毛繕いして。入念にチェックシートまで書いて、メイクさんに確認さえしてもらってるのよ。晴れ舞台だからさ。けどな、それを奴は瞬時にして台無しにしやがる!!」


 OH……その麗しい毛並み、全部自分仕込みなんですか。


 そうですよね。いつも現れた時、毎回同じ形の毛並みですもんね。

 いくら走ったり暴れた後でも形一切崩れてませんし。

 あれも裏側の努力の賜物だったと。


「そうだよ? しかも、しかもだ!! あの野郎、動物好きとか抜かしながら扱いが素人のそれなんだよ!! 指に!! 毛が絡まって!! 引っ張られてェ!! 痛ぇんだよ!! 愛情が感じられねぇんだよ!! スキルに頼ってるんじゃねぇ!! そもそも相手の気持ちもわからねぇ奴が気軽に触れて来るんじゃねェェェ!!!」


 想像するだけで痛々しいですね……。


「物理的にな。大体、心も許してねぇ奴に触られる事自体が辛い。それをほんの数日一緒にいただけで友達扱いだ。こちとら二万年だよ? 年季が違うよ? せめて一〇〇年くらい一緒にいてくれなきゃ。声じゃなくても通じ合えるソウルメイトにならなきゃ本来触れるだけでアウトなのよ?」


 ソウルメイト。

 神獣が仰るとなんだか格が違いますね。


「ケット・シィみたいに名前にゃ拘っちゃいねぇ。だから別に【いぬきち】でも【いぬすけ】でも構わねぇ。だが寄るな、触れるな、吸いこむんじゃねぇ。俺に初見で触っていいのは優しい女だけだ」


 ワタクシならどうでしょう?


「おなか、さわる?」


 なるほど、判断基準がわかりました。


 どうやら他の皆さんも同様の事を思っているようですね。

 頷き度が半端ありません。スタジオは現在、地響きに包まれております。

 クジラさん、どうかもう暴れないよう。


 おや……?

 いつの間にやらフェンリルさんの姿がどこかに。毛繕い直しでしょうか。

 あれ大鷲さん、胸元に何か月マークが浮かんで……何故、口をモゴモゴさせてるのですか?


「只の癖だワシ」


 そうですか、癖ですか。

 なら仕方ないですね。


 どうやら彼等の世界の転生者は聖人の如き暴君のようですね。

 少なくとも神獣の皆さんにとっては。

 一方的な愛情が呼び込んだわだかまりは半端無さそう。


 ですがこれは一般的にも多い事ですね。

 ただ可愛いと撫でるだけではいけません。


 ちゃんと相手の気持ちを察してあげる事こそがスキンシップの第一なのですから。


 さて、番組も後半に差し迫ってまいりましたね。

 ですが皆さんが訴えたい事はこれだけに留まりません。


 果たして番組枠に収まりきるのでしょうか。

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