33 獰猛な目に、狙われる
説明されたあまりの悲惨さに、ニコラだけでなくアニーやヘインズ、テッドの表情は暗く落ち込んでいた。
このままでは、いつか押し留められなくなった飛蝗共がオアシスに到達し、土の国は壊滅的な被害を受けるだろう。
「我々としては、あの爆発魔法を使ったニコラ嬢の協力をどうしても得たい。ここにいる者たちは、あの魔法をその目で見ているからね。もういつ、飛蝗共が自分たちを飛び越えて家族たちの住むオアシスに到達するかというギリギリの状況下にいた我々には、あの光景はまさに待ちに待った救世主の降臨そのものだったよ」
ガルドからの説明に静まり返った空気の中、顔の前で手を組んでいたシャリフ皇太子が静かに、けれども強い意思を持って言葉を放った。
「……ええ、こちらとしては最初からそのつもりよ。だからこの場にニコラを連れてきた。ただ、私たちとしてはニコラに強要はしたくない」
皆の代表としてアニーが答える。
そこには、先ほどまであった旧友の気安さ等は無かった。
「ニコラの意思を尊重することと、ニコラの身の安全をシャーリー……シャリフ皇太子のあなたが保障することが条件よ。なお、もしニコラの同意が得られなかったとしても、私たちには他にも手段があり、あらゆる対策を講じて土の国に協力すると約束するわ。」
「ああ、承知した。ニコラ嬢へ交渉する権利を与えてくれたこと感謝する。身の安全についても私の命を賭して守るとここに誓おう……どうだろう、ニコラ嬢。この土地は君にとっては何のゆかりもない土地だ。だが、多くの人々が生活を行っている土地でもある。どうか、我々に君の力を貸してくれないだろうか」
シャリフ皇太子はそう言うと、座っていた奥の席から立ち上がり、ニコラの元に歩み寄って頭を下げてきた。
「どうか……」という、小さな呟きが聞こえてくる。
気が付けば、ガルドを含め周囲に控えていた人々だけでなく、テントの外でこちらの様子を窺っていた人々に至るまでニコラに頭を下げていた。
非常に空気が重い……。
が、それだけ飛蝗との戦いが熾烈で、追い詰められているということなのだろう。
「……頭を上げてください。もちろん、協力します。虫は苦手ですが……人々が犠牲になるのは私としても耐えられません」
ニコラがそう言うと、シャリフ皇子は頭を上げ、ニコラの両手を握って「ありがとう」と振り絞るように言葉を発した。
周囲からも安堵の声が、続いて、歓声が上がりだす。
「先ほども約束したように、ニコラ嬢の身の安全は私が命を賭して保証しよう」
シャリフ皇子はそう言うと、ピィーー! と指笛を吹いた。
すると、ニコラの協力を得たことに色めき立つ雰囲気を切り裂いて、一羽のタカが室内に入ってきた。
タカは室内を小さく旋回した後、ニコラの肩に優しく降り立った。
ノアラークの甲板で、キールと呼ばれていたタカより一回り大きく感じる。
「紹介しよう。この子はイーヨ。私の麗しきレディだ。アニーが危惧している通り、この国は他国にはない文化が根付いている。アニー達はその褐色の肌で、すぐにこの国の人間ではないと分かるから誰も手を出さないだろうが、ニコラ嬢の容貌は我々に近いからね。私の大切なイーヨを傍に付かせよう。イーヨが一緒にいれば、私の守護があるのだとニコラ嬢に手を出すような馬鹿は出ないだろう」
ニコラは自分の肩に止まるイーヨに視線を送った。
至近距離でイーヨと目が合う。
イーヨはシャリフ皇太子の言う『麗しいレディ』という言葉にふさわしく、つややかな毛並みと女王のような威厳を持った気高く美しいタカだった。
横に座るテッドが「イーヨも久しぶりだ! 綺麗になったなあ」とおもむろに手を出したが、羽で勢いよく叩かれていた。
「イーヨもニコラを気に入ったようだね」
ニコラとイーヨ、とついでにテッドの様子を見ながら、シャリフ皇太子は元居た場所に座りなおして朗らかに言った。
「まあ、イーヨが付いているなら概ね大丈夫でしょう」と、アニーも納得した様子である。
和やかな空気が流れ、これで話も一旦おしまいかと一人を除いて誰もが思っていた。
そんな雰囲気を切り裂いて、テーブルに座り直したシャリフ皇太子が、顔の前で手を組みまっすぐにこちらを見つめて言った。
「ところで、ニコラ嬢とは別で魔法適性の高い、それも土魔法の適性を持った子がいるよね? できればその子にも協力を仰ぎたいんだけど、会うことはできるかな?」
シャリフ皇太子のその一言に、その場の空気は一瞬で凍り付いた。
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