32 交渉するぞ
なんだかんだで登録者数が七万人を超えた。
つい先日まで五万だったのに、とお決まりの文句を口にする。
本当に伸び始めると早いんだなと実感させられる。
正直、少し時間を置いてから五万人記念配信をやろうと思っていたのだが、この分だとその頃には十万人記念をやることになるかも知れない。
それだけ多くの人が俺を認識してくれたのかと思うと、嬉しくはある。
反面、やや時代の流れについて行けてない気もする。
なにせ、ついこの間まで数百人の登録者で喜んでいたのだ。
十万人なんて、それこそ雲の上の世界だと思っていたので、現実感が無いのも仕方ないだろう。
まあなにはともあれ、俺のやることは変わらない。
ただひたすらミア友に喜んでもらえる配信を心がけるのみだ。
ちなみに、例のテレビ局の炎上問題については、局側が早々に謝罪文を出したことで沈静化した。
元々俺としては目くじら立てるつもりも無かったので、これでいいのだと思う。
ただ、この出来事が業界にどう影響を与えたのかわからないが、いくつか取材の申し込みや番組出演のオファーが来たのには驚いた。
中にはキー局からの依頼もあり、見間違いを疑ってしまったほどだ。
登録者の大幅増加が見込めそうだし、俺としては吝かでもなかったのだが、そこは幽霊でも小学生ということか。
親の同意書が必要と言われ黙り込んでしまった。
過日の失敗を繰り返したくないのだろう。
テレビ局としては万全の体制で臨みたかったようだが、残念ながらそれは不可能というものだ。
俺は泣く泣く全てのオファーを断った。
今でも一部諦めの悪い局が何とかならないかと言ってきているが、無理なものは無理。
親かあ……。
一度様子を見に行こうと考えてから、ズルズルと時間が経ってしまっている。
決して会いたくないわけではない。
むしろ、可能ならば会って話したいことは山ほどある。
ただ、やはりもう一度あの優しい人たちを悲しませてしまうのが怖い。
なんなら遠目に姿を見るだけでもと思うが、それはそれで今でも悲しんでいたらどうしようとか、俺のことなんて忘れて楽しくやってたらどうしようとか、色々と複雑な心模様が出てしまう。
俺ってこんなにウジウジして優柔不断だったっけ。
なんだかんだで小学生女子ということなのだろうか。
生まれ変わったことで意識までお子様になってしまったのか。
いかんいかん、こんなことでは一生行動できないに違いない。
俺は、真夜さんとの旅行が終わったら、一度両親の様子を見に行くことに決めた。
今すぐではないのは許して欲しい。
心の準備が必要なのだ。
気を取り直すために、増えたコラボの誘いなどに対応していく。
男からの誘いは基本断ってと。
元男だからわかるが、あいつらは基本狼だと思ったほうがいい。
簡単に信用してはいけない。
いや、もちろん中には信用に値する男もいるのは知っているが、向こうから寄ってくる男に危険な奴が多いのも事実。
最初は疑ってかかるくらいで丁度いいのだ。
まあただの男性に幽霊である俺をどうこうできるとは思えないが、真夜さんやとまるんに迷惑がかかってもいけない。
むしろ小学生の俺目当てというよりは、俺を出汁にしてそちらに近付く目的と言われたほうがしっくりくる。
断るのが無難だろう。
それに男との絡みはミア友が嫌がるかも知れないしな。
俺はミア友の嫌がることは基本しないと決めているのだ。
そんなわけで男が絡む誘いは全てNGだ。
ごめんよ。
では女の子からの誘いならいいのか、と言われると。
どうしよう。
ダメというわけではないが、全く知らない人といきなり絡むのは正直ハードルが高い。
真夜さんも最初はそうだったわけだが、あの人の場合はスルッと距離を詰めてくるような変な魅力があるからなあ。
当時は人との関わりに飢えていた時期でもあるし、今と同じには語れない。
これについては、真夜さんやとまるんに相談してみよう。
他にも企画やイベント参加の打診が来ているが、これも二人に相談かな。
中には面白そうなものもあるので、問題なければ顔を出してみたくはあるのだが。
そういえば、とまるんといえば風邪を引いたみたいで、三人でのコラボは延期になってしまった。
なんでも咳と鼻水がすごい上に、喉が枯れてまともに声が出ないらしい。
チャットでやり取りした感じでは、こちらが申し訳なくなるくらい恐縮していたが、病気は仕方ないと思う。
安静にして早く良くなってほしい。
と、そんなわけで本日の予定が空いてしまったわけだが。
俺は口だけさんと市子さんを連れて恒例の悪霊退治に出ることにした。
「じゃあ、そういうわけで今日は悪霊退治をしていくよ! コラボ楽しみにしてた人はごめん」
『やふー!』『こんみゃー!』『風邪は仕方ない』『こんみゃああああ!』『これはこれで楽しみ』『今日はどんなのが出るかな?』
悪霊退治系の配信は、アーカイブ的に考えるとあまりよろしくないのだが、実益を考えると定期的にやったほうがいいのも確かだ。
世の中からは人に害なす悪霊が減り、俺たちのパワーアップにも繋がる。
それに幽霊を映すことはやはり一定の需要があり、新規でやってきた人が本物かどうかの確認をモニターを撮ることで行えるので、宣伝効果も高い。
ただ、やっぱりアーカイブは残らないに等しいので、本来なら事前予告は欠かせないところだ。
今回はコラボの穴埋めということで、報告が直前になってしまった。
それは反省点として、次は気をつけないとと思いつつ。
口だけさんのほうをチラリと見る。
相変わらず何を考えているのかわからないが、一応誘えばついては来るんだよな。
ただ、どうも違和感がある。
何だろう、俺の思い過ごしかも知れないが、確実に何かが変化しているような。
何か、致命的なことが起こりそうな、そんな嫌な予感がする。
立ち姿からは内心が全く窺えない。
ひとまず、俺は声をかけてみることにした。
「口だけさん、準備はいいか?」
口だけさんは答えない。
それ自体はいつものことだからいいのだが。
このままではマズイことになる気がして、俺は一歩踏み込むことにした。
「……解除して欲しいのか?」
ピクリと、ほんの僅かに口だけさんが反応した。
やっぱりかと、自分の考えが間違っていなかったことを確信する。
おそらく、こいつが俺に執着していたのは配信による自己強化を狙ってのものだ。
自身のパワーアップにこだわっている気配のあるこいつにとって、配信バフは何ものにも代え難い力の供給源だったはず。
だとしたら、それを封じられた今、一体どういう行動に出るのか。
少なくとも、俺にとって良いことにはならないだろう。
黙ってどこかに去ってくれるならまだいいが、おそらくこいつはそんな玉じゃない。
このままだと、俺と口だけさんの力の差は開いていく一方だ。
であるならば、その前に何かアクションをと考えていたとしても不思議ではない。
だから、俺は苦渋の選択を取ることにした。
ミア友には聞こえないように小声で囁く。
「解除してやってもいいぞ。ただし、お前が俺の言うことをちゃんと聞くならな」
口だけさんは動かない。
しかし、その意識はしっかりとこちらを向いていることが伝わってくる。
「少しの間様子を見させてもらう。それでお前が俺の言うことをちゃんと聞くと分かれば、カメラ師匠に言って強化の制限は解除してもらおう。いいか?」
相変わらず何を考えているのかわからないやつだが、少なくとも否定の空気は感じない。
まあ試すだけ試してみよう。
もし俺の指示に従わずに好き勝手動くようなら……。
交渉は決裂としいうことで、なるようになるしかないだろう。
ひとまず、俺たちは近場にいる弱そうな悪霊の元に向かった。
「市子さん、やっちゃって。口だけさんは待機ね」
果たして、口だけさんは俺の指示通り動かなかった。
市子さんの謎念力が悪霊をズタズタに裂いていく。
なお、グロ映像については、毎回気にしている俺を見かねたのか、カメラ師匠が任せろという雰囲気を出していたので、全面的に委ねることにした。
例の認識をズラす力で上手いことやってくれるだろう。
モザイクでもかけるのかな?
それから都合三度、口だけさんには待機を命じ、市子さんに敵を倒させた。
うう……胃が痛い。
しかし、特に動かないところを見ると、どうやらこちらの指示に従ってくれるということで良さそうだ。
とはいえ、もちろんこんなことを続けていれば不満も溜まる。
またいつ寝首をかかれるかわからない。
そんなわけで、最後に遭遇した少し強めの悪霊は口だけさんに倒させることにした。
「ギィぁぃぃああぁぁ!!」
「ふっ!」
とあるビルの屋上にいた、ムカデのお腹に複数の人間の顔がついたような悪霊を殴り飛ばす。
全長はそれほど大きくなく、精々が成人男性より頭一つ分高いくらいか。
意外と素早い動きで向かってきたので生理的嫌悪感が凄かったが、そこは事前に打ち合わせしていた通り、市子さんに動きを止めてもらった。
そして隙を逃さず俺が叩き、
「ギャいあぁあぁぁあ!?」
口だけさんが捕食する。
なんだかんだで安定感が出てきたような気がする。
今回俺は一体も倒せていないが、まあ登録者が増えたことでかなりのポイントは入っているし、口だけさんのヘイト管理のためにも必要なことだったと割り切ろう。
「ふう……」
『おつみゃー!』『いいね』『このチーム強いな』『今日もアッサリだったね』『安心して見てられる』
「みんなありがとう。今日はこんなところで終わりかな?」
口だけさんのほうを見る。
向こうもこちらの様子を窺っているようだ。
わかってるよ。
約束通り、カメラ師匠に頼んで制限は解除するよ。
正直、本当にこれでいいのかはわからない。
あるいは敵を利するだけの行為に終わるかも知れない。
少なくとも、問題の先送りに近い行動ではあるだろう。
しかし、なんだかんだで悪霊とはいえ、それなりの時間を共に過ごしてきたのだ。
情が無いと言えば嘘になる。
だからこそ、破滅的な未来は先送りにしたいと望んでしまうのだ。
例え、それが俺の一方的な思いであっても。
何にせよ、俺ももっと強くならないといけない。
最近一気に登録者が増えたことで油断しかけているが、気を引き締めないと。
改めてミア友に礼を言って配信を終了する。
俺は頬を二度叩いて、気合を入れ直すのだった。
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