11 虫退治するぞ
「ここだよ。この2階が私の部屋」
そうしてたどり着いたのは、ごく普通の一軒家だった。
手入れされた庭に、白い壁の瓦葺きの家。
理想のマイホームという感じで微笑ましい。
ただ、僅かだが似つかわしくない臭いが漂っている。
腐臭か?
「真夜さん、じゃあ行ってくるけど、外で待ってて。スマホは見てるんだよね?」
「う、うん、ごめんね私のことなのに何もできなくて」
「全然大丈夫。ただ、もし危なくなりそうだったら合図を出すから、そしたらすぐ逃げること。いいかな?」
真夜さんがコクコクと頷く。
それを確認して、俺たちは家の中へと入っていった。
玄関からすぐ見える階段を登ると、臭気がやや強くなる。
臭いの元を辿ると、一つの部屋に行き着いた。
おそらく、これが真夜さんの部屋だろう。
背後を見る。
口だけさんとカメラ師匠がついてきているのを確認すると、扉をすり抜け、真夜さんの部屋へと突入した。
女の子らしい部屋だなと思った。
ピンクを基調にしたカーテンやベッド。お洒落な真夜さんらしく、小物や化粧品などが綺麗に整頓されている。
しかし、それらを台無しにしてなお余りあるほど、似つかわしくない存在がそこにいた。
部屋の中央に立つ人影。
まるで人間の形をデフォルメして、黒く塗りつぶしたような存在は、こちらの存在に気付いた様子で、振り返った。
臭う。
我慢できないほどではないが、発する臭気は紛れもない腐臭だ。
全身黒い影のような男だが、駅前の少女と違い何か違和感がある。
存在が安定していないとでも言えばいいのか。
『………ア、ミアちゃ……』
名前を呼ばれたことで鳥肌が立ちそうになった。
まさか俺の名前を把握しているとは。
やはりそこらの浮遊霊とは違ってそれなりの知能を有している。
返事をするべきか少し迷う。
そして、その間を嫌ったのか、口だけさんが影に向けて飛び出した。
「ちょ!」
ダッシュで接近したかと思うと、振りかぶって渾身の一撃を叩き込む。
相変わらず容赦も躊躇もねえ!?
悪霊への対処としてはある意味正しいのかも知れないが、会話ができる相手なら試しに話してもいいのではないかと思わなくもない。
が、結果として口だけさんの一撃は不発に終わった。
拳が当たる瞬間、影が一気に広がったのだ。
「うげえ……そういうタイプか」
正確には、散ったといったほうが正しいかも知れない。
影を構成していた無数の羽虫が、口だけさんに攻撃されたことで一斉に部屋を飛び回り始めたのだ。
しかも、それらは何故か俺の方へと向かってくる。
「おまっ!? なんでこっちに!? くるなバカ!」
虫の大群に向かって腕を振る。
何匹かは叩き落としたが、さすがに敵の数が多すぎる。
複数が腕をすり抜け、俺の服の中へと入ってきた!?
「ちょっ!? ばっ、なんでそんなっ! やめ、気色悪い!?」
服の下を這い回る感覚に嫌悪感を覚える。
というかこいつは何がしたいんだ!?
気持ち悪いは気持ち悪いが、別に痛くもなんともないんだが!?
「て、ば、バカ、やめろ!? 服が脱げる!? 口だけさん助けてえええ!?」
虫が大群で動き回るせいで、ドンドンと半裸になっていく俺。
そんな展開予想もしてなかったわ!?
お色気キャラじゃあるまいし、俺が脱いで誰が特するんだよ!
あまりのことになけなしの乙女心が危機感でも覚えたのか、思わず口だけさんに助けを求めてしまった。
口だけさんのほうはというと、聞いているのかいないのか、こっちの様子をただ立って見ているだけだ。
この役立たず!
『……脱ぎ脱ぎ……して』
そうこうしているうちに、影の声が聞こえてきた。
へ、変態だあ!?
こいつを生かしておけない理由がまた一つ増えた。
こんな変態を真夜さんの部屋に置いておくわけにはいかない。
なんとしてもここで退治しなくては。
というか現在進行形で、俺は最大限の恥辱を与えられ続けている。
こいつは死刑だ。そう決めた。
絶対に許さない。
なんとか服が脱げないように抑えながら、反撃できないかと隙を窺っていると。
『……!?』
影から驚愕の気配が伝わってきた。
口だけさんだ。
殴れないなら食えばいいじゃないとばかりに、その口を最大限広げ、虫を次から次へと捕食していく。
さすがは口だけさんだ。
最高にクールだぜ。
さっきは役立たずとか思ってごめんよ。
食われるのは予想外だったのか、虫どもが俺の体から離れて一箇所に集中していった。
た、助かった。
まさか幽霊になってから貞操の危機を覚えるハメになろうとは。
今回ばかりは口だけさんに感謝である。
「殺す!」
頭に血が上った俺は、虫野郎に向けて突進した。
とは言え、単純に殴りかかったところでまた分散して逃げられるのは目に見えている。
ではどうするか。
実のところ、俺とて何も考えずにいたわけではないのだ。
真夜さんの家に来ることで、幽霊と高確率で戦闘になることはわかっていたし、であればこそ何かできないかと考えた。
そして、俺の中に力が眠っていることに気付いた。
厨二病のようなセリフだが、事実だ。
その力の源を辿れば、どうも外部から俺へと流れ込んでいるようで、すぐに視聴者さん達が俺に向けている意識の集合体であることに気付いた。
みんなの力で強くなる、というとどこの主人公かと思うが、幽霊は認識されることで存在強度を高めるという話を聞いたことがある。もしかしたら配信することで、俺は幽霊としての強度を高めているのかも知れない。もしそうなら改めてミア友のみんなに感謝だ。
まあひとまず理屈は置いておこう。
俺が振るえる力が俺の中にある。今はそれだけで十分だ。
「食らえ、俺の新必殺技!」
手に力を込める。今は無色透明な力に、俺の意思という指向性を与えてやる。
「ポルターガイストオォ!!」
『!!?』
離散して逃げようとしていた影が、不可視の力で押さえつけられる。
ポルターガイスト。オカルトに詳しい人なら名前を耳にしたことがあるのではないだろうか。
誰もいないはずなのに物が動いたり、物音が鳴ったりする、幽霊が起こすと言われている心霊現象の一つだ。
物に干渉したいと考えた時、俺が真っ先に思いついた能力でもある。
なんと、このポルターガイストを使えば、本来なら物質に触れないはずの俺が、物を持ち上げたり、窓をガタガタ揺らしたりできるのだ!
俺自身が幽霊なのでポルターガイストと名付けたが、使う側からしてみれば、その性質はサイコキネシスに近いかも知れない。
物体にですらそれほど干渉できるのだ。相手が霊体であれば威力は更に倍率ドン。
「ぶっ飛べ」
対象を指定して拘束した後、虫野郎を横方向に飛ばす。
俺のポルターガイストはあくまで不可視の力を加えるだけだ。
込めた力の強さに応じて規模は変わるが、直接的な攻撃力はさほどない。
でも、今はこれで十分。
『……あああ゛!?』
何をされるか気付いた影野郎が悲鳴をあげる。
そう、俺が影を飛ばした先にいるのは口だけさんだ。
大きな口を開けて、というかそれだけじゃなく、口だけさんの左右の空間から巨大な牙持つ口が現れ、影野郎の来訪を待ち構えている。
て、なにそれ!?
そんなのできたの!?
すごい怖いんだけど!?
下手したら本体よりも大きい二つの口は、凶悪に牙を打ち鳴らし、涎を垂らしている。
俺とやり合ってた時に出してこなくて良かったと心底思う。
今後口だけさんを怒らせるのはやめておこうと密かに誓いつつ。
果たして、目論見通り口だけさんのほうに飛んだいった影は。
『やめ、やめろ……やめろおぁあぉ!?』
虫一匹も残さず、三つの口に丸ごと食われた。
「え、えぐい……」
食わせるつもりで投げた俺の言えたことじゃないが、予想以上に酷い絵面になってしまった。
3つの巨大な口が虫を食べていく様子は暴れ回る食虫植物さながらである。
仮に死ぬにしてもあんなのに食われて死ぬのは嫌だと、若干影に同情すらしつつ。
嫌な臭いが消え、部屋に清浄な空気が流れる。
どうやら倒したかな?
些か呆気なかったので、まだどこからか襲いかかってくるのではと警戒していたが、敵の気配は完全に消えている。
何はともあれ、これにて任務完了だ。
嫌な敵ではあったが、結果としては完勝といっていいのではないだろうか。
というか口だけさんが強すぎた。
何だあの口。食えば終わりという極悪仕様、それも今までは本体のみに注意すれば良かったが、謎の巨大な口二つの性能によっては、俺なんて一息でやられてしまうかも知れない。
ジッと口だけさんを見つめる。
勘違いでなければ、口だけさんのほうもこちらを見ている気がする。
その意識から品定めのような気配を感じて、俺は小さく身震いした。
と、取り敢えず、俺の中にある力の使い方をもっと磨いておこう。
力自体は無色透明だ。使う側の意思によって色々な形で発現させられるはず。
万が一にも食われてはたまらない。
強くなろうと心に誓う。
と、
「ミアミア!」
部屋に真夜さんが入ってきた。
どうやらスマホで終わったことを確認して、やってきたようだ。
「真夜さん!」
改めて敵を倒したことを伝えようとして、真夜さんと視線が合わないことに気付く。
そうか、そういえば俺は真夜さんには見えないんだったなと思い出す。
こうして同じ部屋にいても、俺は普通の人間とは違う世界にいるのだ。
わかっていたつもりだが、ふとした瞬間寂しくなる。
その時、俺の頭に天啓が走った。
例えば、幽霊は絶対に人の目には見えないのか。
そんなことはない。怪談でも目撃例は山ほどある。
つまり、幽霊は条件を整えれば見えるのだ。かく言う俺も、カメラ越しになら人前に姿を出せる。
何が言いたいのかというと、俺の中にある不可視の力、これを使えば実体化できるんじゃないか? ってことだ。
「ミアミア、ありがとう、大変だったでしょう!? 怪我はなかった!? なんか虫みたいなのに群がられてたけど!?」
心配そうに話しかけてくる真夜さん。
それを尻目に、体内の力に指向性を与える。
実体化、実体化、実体化!
いっけえー!!
「ミ……!!?」
絶句する真夜さん。
無駄に光る俺。
結果として、俺の認識としては力は発動した。
しかし……何も起こらなかった。
体は半透明のまま。相変わらず宙に浮いている。
モノに触ろうとしたらすり抜けた。どう考えても実体化していない。
「ミアミア……?」
しかし、真夜さんからすれば違ったらしい。
信じられないものを見るような、自分の目を疑うような様子で目を擦っている。
まさか。
部屋に置いてある姿見を見る。
本来なら何も映さないはずの鏡が、半透明な俺の姿を反射している。
「これは……」
幽体のまま、人に見えるようになったのか?
「ミアミアー!」
真夜さんが抱きついてくる。
当然俺に触れるわけもないので、すり抜けて床に倒れ込んだが。
「だ、大丈夫ですか真夜さん?」
「ミアミア!」
勢いよく真夜さんが起き上がる。
「すごい! すごいよミアミア! 色々あって、私、霊視能力に目覚めたみたい! ミアミアのことが見えるよ!」
「い、いや、それは違うと……」
思います、と言おうとして、ふと体から力が抜ける気がした。
スッと自分の存在が希薄になった感覚。
あ、これもしかして戻った?
「あ、あれ? ミアミア!? またミアミアが見えなくなっちゃった!?」
どうやらそのようだ。
再度力を操って気合を入れる。
存在が色濃くなったような気配。
「あ、ミアミアが出てきた!? ど、どうなってるの?」
これ、維持するの結構大変かも知れない……。
慣れの問題も有るのだろうが、常に気を張っていなければいけないようだ。
だがしかし、鏡に映るということは普通のカメラやビデオにも映るのではないだろうか。
その意味するところはつまり!
この状態で配信できるようになれば、アーカイブが残るのでは!?
希望が見えてきた!?
「すいません真夜さん、どうも私、人の目に見えるようになる能力を手に入れたみたいです」
「え、ええー!?」
私の霊視能力じゃなかったんだ、と残念そうに呟く真夜さん。
そうだね、その可能性はほぼないと思う。
何にせよ、コラボに伴う事件はこれで解決したと言っていいだろう。
色々あったが、終わってみれば真夜さんに笑顔も戻り、俺も自分の持つ力について考えることができたりと、得るもののある時間だった。
あの変態影野郎だけは認めないが。
今思い出しても腹立たしい。
「そういえば」
顎に人差し指をあて、思い出したように真夜さんが言う。
「ミアミア、あの虫お化けと戦ってる時に、自分のことを俺って言ってなかった?」
「あ、あははは、な、何のことだかわかりませんね。さて、じゃあ帰るよ口だけさん! カメラ師匠!」
早口で言って足速に去る俺。
やべえ、全然意識してなかったけど、戦闘中はスマホで見られてたんだった。
俺なんて言ったっけ?
服に入られて口だけさんに助けを求めたり、カッコつけて必殺技なんて口走ったりしてた気がする。
ろくでもないな。
無かったことにしたい。
「あっ、待ってよミアミア! せめてお礼にお茶……は飲めないから、お線香でも」
「お線香!?」
あげられるの!?
謎の歓待を受けさせようとする真夜さんから、なんとか逃れようと四苦八苦する。
平穏な日常が戻ってきたようで、ひっそりと安堵の息を吐く俺だった。
『そんなわけで、幽霊は私の家に遊びに来たミアミアが退治してくれました! だからもう大丈夫! 今後あんなことは起こりません! 心配してくれた人はありがとー! でもミアミアは何にも悪くないんだから叩いちゃダメだよ! ps、ミアミアは悪い幽霊に服を脱がされそうになってたよ! 本当に悪い幽霊だったね!』
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