【ep.21】拝啓 大好きなきみへ

 私の身体にまとう風はとても心地が良い。

 まるで羽の様なふかふかのお布団に包まれている様で段々と眠くなってきてしまう。

 私を包む風が段々と上がって来ているのを感じて、最後に私はマリアを見つめる。


「マリア……私、ね」

「エマ……っ!」

「私……」


 マリアが走って来たけど私はもうマリアを抱きしめる腕が無い。風に攫われる様に私の身体は天界へ移っているんだろう。

 マリアが私を見上げてくれて、その顔は悲しさに歪んでいたけど、私の好きなマリアの表情かおはもっと別のもの。


「マリアのことが大好き」


 笑うのが今の私にできる精一杯の行動だった。もう身体は無くなっていて、私にまとう風が顔の辺りまで来ていて、だけど消えるまでずっとマリアを見ていたい。


「わたくしは……」


 マリアの頬を伝う涙を拭いたかったな。最後にマリアの温もりを感じたかった。


「わたくし、は……っ」


 ああ、私の大好きな表情かお


 ねえマリア、私はマリアの幸せを心から望んでいるんだよ。


 だけど、私もマリアと一緒に幸せになりたかったな。


 *


 最後に手を伸ばしたのに、あなたに届くことはありませんでした。


「エ……マ……?」


 目の前で風に包まれていたエマは、足から風に攫われていってしまいました。

 わたくしの返事も聞かずに。

 

「どうして……」


 あなたはいつもわたくしの予想を上回って行動し続けていました。

 あなたがわたくしの幸せを望んでくださっているのも十分すぎるほどに伝わってきていましたの。


 でも、わたくしは……


「あなたと一緒にいないと幸せになんかなれません……」


 あなたがいない世界では笑顔になれないのです。涙が止まらなくてわたくしは久々に大声で泣き叫びます。

 周りの様子が入ってこない位に、子供の様に泣き続けていました。

 

 ――ドドドドドド


 突然の地響きでわたくしの涙は一瞬で止まります。ドラゴンの攻撃とエマの風の影響でダンジョンが崩れて行くのを見て、私は涙を拭ったあと慌てるみなさんに振り向きます。


「急いでくださいな! もとの道から出ますわっ!」


 わたくしは勢いよく走りだすと、みなさんが付いてきて下さる足音と気配を感じました。

 ダンジョン内は揺れが激しく天井から岩が落ちて来ていて、それでも走り続けるしか選択はありませんの。

 一本道を走り続けていると揺れが激しくなってきます。


「無理だよ、間に合わないっ」

「シャルルの防御壁があっても、埋もれてしまったら何もできません……」


 後ろから聞こえたレアとソフィアの声に私は振り向かずに見えて来た出口を強く見て走り続けます。


「エマならっ諦めませんのよっ!」


 わたしくしは必死に走り続けました。前に落ちてくる岩をよけながら進むには時間に猶予はありません。

 それでもわたくしは諦めませんの。だってエマなら絶対に諦めませんもの。どんな時も前を向いて努力をして自分の人生を歩んだ立派なエマ。

 エマが望んでくださった幸せのためにも、ここから出なければ意味がありません。


 わたくしの意思は変わりません。

 だけど状況は悪化していって、ダンジョンの入り口付近の崩壊が進んで行きます。


(やはり、あなたがいないと……)


 一瞬だけ心が揺らいでしまって、息が苦しいほど走っている事を認識してしまいました。

 苦しくて、辛くて、悲しくて。

 少しの間だけでもエマと共に歩んだ人生がわたくしの宝物で。

 エマがいない世界なら出なくてもいいのかもしれません。


「……っ――」


 落ちて来たのは岩でも何でもない、でした。それがなんなのかわたくしには解りません。

 でもはわたくしの手を引っ張って出口へ導いてくださっています。


 光が大きくなってみなさんを包みました。シャルルと同じような防御壁なのでしょうか。

 目の前に落ちている岩も光を照らして消してしまっています。


 まるで魔法のような出来事に導かれるまま、わたくしたちは外へ飛び出ました。


 全員がダンジョンから出てすぐに、ダンジョンは崩壊していきます。わたくしは息を整えながら崩壊したダンジョンを眺めていましたが、光の正体が気になってダンジョンから視線を外します。


「みんな無事でよかった!」


 光っていたそれは太陽の光に照らされて姿を認識できました。

 目の前でいつものように、何事も無かったかのように笑うのは――エマ。

 

 あなたはどうしてわたくしの心をぐちゃぐちゃにするのですか?


「マリア……驚かせてしまって、ごめんね」

「どうして……エマは神様になったのではないのですか?」


 わたくしの涙を拭ってくださるエマの手は温かくて、生きているのだと実感できました。

 そうしたら、涙が止まらなくなってしまって、無意識にエマに抱き着いて隠すように涙を流しました。

 背中を撫でてくださって、エマの温もりを感じて、エマはこの世界に存在しているのだと確信しましたの。


 どんなエマでもわたくしはずっと一緒にいたいのです。

 わがままを言うようにエマの背中を掴んで泣き続けました。

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