【ep.19】ねえマリア私ね……

 空を飛ぶのが楽しくてついつい遠くまで行ってしまって、ダンジョンから離れた丘に私たちは降りる。

 私は羽を消して、みんなの前に立ち止まって笑った。

 みんなは驚いてた気がするけどすぐに笑顔になった。私はまたちゃんと笑えなかったのかな。


「エマ、わたくしはあなたの気持を尊重しますわ。でもその素敵な笑顔は絶対に守りますのっ」

「……マリア」


 私の手を握って女神の様に笑いかけてくれたマリアに見惚れてしまう。私の笑顔が良い意味に捉えられていた事も嬉しいんだけど、マリアが私の気持ちを肯定してくれた事が何より嬉しいんだ。

 マリアの後ろに並ぶみんなの顔も同じような笑顔が浮かんでいて、みんなが私を見てくれているのが凄く嬉しい。


「エマっ!? どこか痛いのですか!?」

「え……? あ、ううん違うの、ちがう、の……」

「エマ」


 突然泣いてしまった私をマリアは優しく抱きしめてくれた。こんなに温かい世界は初めてだから。


「私はみんなに出会えて嬉しいんだっ!」


 マリアの背中にしがみつきながら私は笑う。笑えていたのか判らないけど。でも幸せだなって思ったら、涙があふれて止まらなかったんだ。


 

 私の涙が止まるまでずっとマリアは私を抱きしめてくれていた。

 落ち着いて目も顔も赤くなってしまったけど、でもみんなが笑ってくれたから私は心から満たされる。


「エマが神様になっても、エマはエマですもの。なにも変わりませんわ」

「そうだね。僕はずっと君を守るよ、エマ」

「仕方ないから、ボクも守ってあげるよ」

「ふふっ、皆さんには負けていられませんね」

「エマくん、シャルロットたち、ずっといっしょ」


 みんながそれぞれ私の事を受け入れてくれて、また涙が出そうになる。

 だけど今度は、私の最大級の笑顔を贈るよ。


「私だって、みんなを守るよ!」


 どんな風に笑えていたかなんて、みんなの笑顔を見たら解かってしまうんだ。

 だって花畑にいるみたいな風に思える程の、大好きなみんなの笑顔だから。


 *


 そして私たちは最後の契約へ向かう。

 思ったより遠くまで飛んでたみたいで、すぐに最後のダンジョンへ着きそう。

 

 草原を歩いて、襲い掛かるモンスターと戦いながら進んで行く。

 この日常がもうすぐ無くなってしまう事が少し悲しいけど、私の気持ちを認めてくれたみんなを幸せにするためにも進まなきゃ。


「今日はもう休もう」

 

 日が暮れそうになって来たのもあって私はみんなに言うと、みんなは返事をした後野営の準備を始めた。

 目的地までの距離的にきっとこれが最後の野営。


 今日はマリアの作る料理を食べているんだけど、私は完全に味覚を失ってしまったからどんな味なのか判らない。

 マリアの料理の腕はすごくて、最初は包丁を握らせることすら心配してしまう位だったけど、旅をしていく中で料理の腕もどんどん上がっていった。やっぱりマリアは器用でなんでも出来てしまう女神の様な人。

 最後にちゃんと味わいたかったけど、でも美味しいのだと見た目と温かさで伝わってくる。


 いつもの野営の光景が広がっていて、これが最後だなんて感じが全然しなかった。

 朝起きたら支度をして草原を歩いて、モンスターを倒して、休みながらまた草原を歩いて野営をする。

 そんな明日が待っている様にも思ってしまう程に、いつもの日常だった。


(みんな、ありがとう)


 みんながいつも通りに過ごしてくれてるからこうしていつもの日常を感じられている。それに私は感謝しながら、マリアの作ったスープを飲んだ。

 味はしなかったけど、美味しいと思った。


 *


 テントは2つあって、1つの中に私とマリアとシャルルが入る。もう1つはノアとレアとソフィアで交代で見張りをしながら就寝していく。

 私たちのテントはシャルルの防御壁で守られているから、安心して眠る事が出来る。私を中心にして寝転んで「おやすみ」と挨拶をしてシャルルとマリアは眠りにつく。


 私は少し経っても眠れなかった。睡眠はまだできる身体だけど、なんだか眠くなくて目をつむりながら今までの事を思い返していた。

 

「……エマ、おきていますか……?」

「マリア……? 眠れないの?」

「エマこそ」

「……えへへ、なんだか緊張しちゃってさ」


 マリアが私の方を向いて小さく呟いたので、私もマリアへ身体を向けると視線を合わせた。

 ランプを消してるから暗くて表情はよく見えないけど、でもすぐ近くにマリアがいる。

 

 明日は最後の契約に向かう。

 ドラゴンとの戦いも簡単ではないだろうし、無事に契約が終わったら私は神様になる。

 マリアとちゃんと話せるのもこれが最後になるかもしれない。


 マリアもきっと最後だって感じてるだろうし、控えめに声を掛けてくれて不安な気持ちも伝わって来た。

 少しだけマリアに近付いて、マリアに顔を近付ける。

 不思議そうな顔は暗くてもよく見えて、私の視界にマリアしかいなくなって、緊張するけど私はマリアにしか聞こえない様にゆっくりと口を開く。


「私、ね……マリアに、言いたい事があるの……」


 少しだけ大きく開かれた瞳をじっと見つめる。逃がさない様に真っ直ぐに。

 マリアは緊張した様に胸の前にある手を少しだけ動かした。

 私はその手を掴んでずっとマリアを見続ける。

 緊張して中々言葉が出て来なくて、外で燃える焚火の音だけが私たちを包んでいた。

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