第3話 王宮での断罪劇③


「それはさておき、」


「おけるのかっ!」


 すかさず誰かのツッコミが入ったけどスルー。


「セシルさんへの虐めを訴えておりましたけれど、ここで断言いたします。事実無根であることを証明しますわ! では、オリビア様、後はよろしく」


 四馬鹿次男ズとセシルを見据えてから、わたしは背後に控えていたコールマン侯爵令嬢オリビア様を振り返った。

 彼女、わたしの側近なのよ。嫋やかな美人で、例えるなら白百合。学院の成績も常に五位以内だった才媛。

 なんだけどぉ、あのシューサイの婚約者だったのよねぇ。

 既に双方の当主同士の話し合いも済み、シューサイの有責で、こちらは本当の『婚約破棄』となった。

 その時のすがすがしい笑顔ったらねぇ。


 淑女の微笑みを浮かべ、美しいカーテシーをしてから、オリビア様は侍女からリストと魔導具を受け取った。


「わたくし、オリビア=コールマンから、ライアー男爵家令嬢の偽証を告発いたします」


「オリビア! 貴様、」


「バカディ公爵家令息様、あなた様とは既に他人、名前を呼び捨てになさらないで下さい。不快ですわ」


 オリビア嬢に食って掛かろうとしたシューサイだけど、すっごく冷たーい一瞥でぴしゃりと言い放たれて、「ぐっ」とか息をのみ込んだ。

 いつまでも“俺の女”みたいに思ってんじゃないわよ! ばーか!


「改めまして。ライアー男爵令嬢の訴える数々の被害、その日時と学院内に設置されている映像記録用魔導具の映像に齟齬がございます。まずは――」


 シューサイの事など脇へと追いやり、粛々と検証を進めていくオリビア様は、仕事の出来る女官然としているわ。カッコいー。


 オリビア様が持つリストは、シューサイが証拠だとバサバサ振っていた書類の写し。

 机の上に無防備に放って置くから、諜報員がらくらく書き写してきたものだけど、結構あっさり少なめ。

 何故なら、原本に書かれていた内容がろくでもなかったからって聞いたわ。

 いついつ、セシルがどういう被害に遭ったのか、それはいいんだけど、それ以外の内容が大半を占めていたそうだ。

 セシルがどのような状態であったか、どんな風に悲しんでいたか、それがシューサイたちにどのように見えたとか、“悪役令嬢”のわたしへの罵詈雑言などなど。

 とてもじゃないけど、その無駄な文章を省いて写したそうだ。そしたら紙一枚で済んでるっていうね。


 それを証拠って言ってたんだよ、アイツ。


「こちらはその当時の証拠映像となります。学院内の各所に、防犯目的で設置されている監視映像魔導具【CAMERA】の、該当日時の記録をお借りしてまいりました」


 オリビア様が魔導具を起動すると、人々の頭上、空中にちょっとした立体映像が現れる。


「〇月〇日の放課後、ライアー男爵家令嬢の教科書が、何者かに破られ捨てられたとの証言ですが、実際はこちらです」


 そこに投影されていたのは、誰もいない教室で、きょろきょろと辺りを確認した後、おもむろに教科書とノートを数冊取り出し、一心不乱にセシル自らが破っている姿だった。

 呆気に取られる衆目。

 映像がそれから少し進むと、教室にシューサイがやって来て、うって変わって涙ながらに駆け寄っていくセシル。

 “誰か”に教科書とノートが破られたとしくしく訴えるセシルを、最初驚いていたがすぐに優しく慰めるシューサイ。

 映像はここで終了。


 シューサイが慌てて該当記録を探している。

 無駄な文章が多いせいか手間取ってるわ。


「次は〇月〇日、昼休みの終わり頃、庭園の噴水へ、“ある方”に突き落とされて風邪を引いた、との証言ですが実際はこちらです」


 映像には、スキップしながら噴水までやって来たセシルが、自らドボンと噴水池に飛び込み、バシャバシャと水遊びを楽しむ姿が映っていた。

 五分ほど経ってから自分で噴水池から脱出し、スカートの裾をぎゅっと絞っている辺りでナルシス登場。

「何があったの!?」 「に突き落とされたんですぅ」 「それってリズボーン公爵令嬢!? なんて女だ! すぐに乾かさないと風邪をひいてしまう。よし、僕が魔法で乾かしてあげるよ!」 「ええっ!? 大丈夫ですぅ。寮の部屋で着替えるからぁぁぁ」


 なんて会話があって、セシルは脱兎のごとく駆け出した。

 うん、正解だ。ナルシスに魔法を掛けられたら、乾くどころか黒焦げになるだろう。


 さて、次の現場に移り、今度は階段落ち。

 もちろんセシルは自分で落ちた。あっぶねーなぁ。

 自分でもさすがに怖かったんだろう、踊り場でうろうろした後、半分まで降りてまたうろうろし、最終的に下から五段目からとぅと飛び降りた。

 ざわつく衆目。

 セシルが痛い、助けてーと叫ぶところで映像は終了。

 実はこの十分後くらいにやっとノーキングが登場してセシルを助け起こしているんだけど、もうそこは重要じゃないから割愛。


 他にも“わたしたち(四馬鹿次男ズの婚約者たち)”が徒党を組んで、校舎裏に呼び出したセシルを罵倒し殴ったという日の映像でも、セシル一人で転んでイターイとか叫んでいるだけ。


 本来なら、わたしに足を引っかけられて転んだ、という偽証の証拠映像も出したかったんだけど、これは初期の頃の上、回数が多かったから諦めたの。

 見事にスカーと、わたしにぶつかる事なくいきなり単独で転ぶ映像が残っているから、いつでも提出可能だ。


 まぁ大事なのは、全て自作自演であることが映像として残っているって事よ!

 わざとらしいほど、きっちり映像に納まっているのよねー。ふふふ。


「以上の証拠映像によりライアー男爵家令嬢が、リズボーン筆頭公爵家令嬢、エイプリル伯爵家令嬢(ノーキングの元婚約者)、メイ伯爵家令嬢(ナルシスの元婚約者)、それとわたくしを冤罪で貶めようとしたことは明白。

 そしてこれらの虚言を事実として突き付けた皆さまには、マリアージェ公女殿下に対する不敬罪が適用されるでしょう」


 第二王子以外はね。

 腐ってもまだ表向き王族だからなー。


「こんなの捏造だ!!」


 はい、二度目の捏造宣言頂きました。

 シューサイ、自分がやってるから他人もやるだろうって方向に直結させんな!

 セシルに教師を篭絡させて、試験問題を流出させたことバレてんだからな! その教師は免職だぞ!

 自分が不正をして試験で一位を取ったから、わたしが一位になったら不正だと騒ぐという実に小者らしさよ。

 それに監視映像の件でテンパってるのか、証言リストの流出にまで思い至ってない。バカが。


 わたしは鼻で嗤ってやったけど、オリビア様はカチンと来たようだ。


「捏造などと、王宮魔導師団技術研究所に言いがかりをつけるとは、バカディ公爵家令息様は魔導具に造詣が深いご様子。

 では、この監視映像魔導具【CAMERA】の映像をどのようにすれば捏造映像を創れるのか、ぜひここでご教授願えないでしょうか。

 幸い高位貴族家のお歴々が揃っておいでですもの、きっと証人になって下さいますわ」


「なっ……! それは……そうだ、わたしは専門家ではない! だからその映像を王宮魔導師団技術研究所に分析させろ!」


 思いもかけないオリビア様の追及だったのだろう。ちょっと突っ込まれるとしどろもどろ。

 今までは淑女の微笑みで、「まあそうですの」「さようでございますか」「かしこまりました」なんて返事しか返してなかったみたいなのよ。

 自慢話しかしない相手の相槌なんてそんなもんだろうが、ばーか!


「学院に設置されている【CAMERA】は、王宮魔導師団技術研究所で製造された刻印が入っているものばかり。

 記録された映像も魔法干渉がないことは既に研究所で分析・認証済みの上、技術研究所所長と魔導師団団長の承認印を頂いておりますわ。

 だからこその証拠としてここにあるのです」


 魔導師団団長はアフォネン伯爵。ナルシスのお父さんだよー。

 みんなちらっとナルシスを見たよね。

 見ただけだけど。こいつ、何も知らねーだろうなって、すぐ視線外したわ。


 わたしは侍女に目配せして、【CAMERA】の一つを受け取る。

 台座に乗った丸い水晶のような見た目で手の平サイズ。長時間録画できるよう動力部の魔石の効率化には苦労したわー。魔導具師が。

 出来た当初はもっと大きくて、録画時間も三十分程度だったのに、王宮魔導師団技術研究所と提携して改良を重ね、今や小さいのに半日録画出来るのよ!


 現在、王宮や貴族議会会館、貴族学院などに防犯カメラとしてたくさん設置されているの。もちろん、この会場にも設置されているわ。


「バカディ公爵令息、こちらにしっかり魔法刻印がされてますわ。

 これは偽造防止も兼ねている物ですから、映像に手を加えたり出来ませんのよ」


 わたしはシューサイの目の前に、ずいっと突き出してやる。

 『この刻印が目に入らぬかー!』てな具合。


 ちょっと仰け反ったシューサイは、思い余ったのか、忌々し気にわたしの手ごと【CAMERA】をパシっと払い除けた。

 うぉっ、ちょっと、それ高いのよ!


 しかし【CAMERA】は床に落下する前に、誰かの手により掬い上げられる。


「我々が記録映像は確かなものだと保証したのだが、それをバカディ公爵家令息は信用できないと言われるのですかな」


 アフォネン伯爵の手だった。

 魔導師団団長が技術研究所所長と共にやって来て、じろりとシューサイに威圧を掛ける。

 ふふふ、監視カメラの件が話題に上ったら来てくださいねーと、予めお願いしていたのよ。


「父上! 本当に本物なのですか!?」


 本物だったら、セシルの嘘が確定するもんね。

 信じたくないんでしょう。やって来た父親に縋るようなナルシスだけど、アフォネン伯爵の目は冷たい。


「くどい! それにおまえを既に廃籍した。今後父と呼ぶな!」


 吐き捨てるような物言いに、ナルシスは理解が追いついていないみたい。


「……ハイセキって……廃籍!? 何故ですか!」


 何も解ってない息子に、アフォネン伯爵は苦々し気に顔を顰めた。

 ナルシスと同じ銀の長髪に紫紺の瞳だけれど、顔立ちはあまり似てなくて、どちらかと言えば精悍な感じだ。


「リズボーン家の至宝、マリアージェ公女殿下に対しありもしない罪を着せようとは王族に対する“叛逆”である。

 第二王子とつるんで自身も高位の存在と驕ったのか!?

 お前のような愚か者は、もはや我が子とは認めん。愚か者どもと共に処罰を受けよ!」


 アフォネン伯爵の言葉にぎょっとしたのは、シューサイもだ。

 王妃様に寵愛されている第二王子の側近で、実家も公爵家だから、の公爵家令嬢のわたしを貶めたとしても大丈夫だとか思ってたんだろうな。

 それなのに王妃は幽閉、王子は継承権剥奪だ。でも実家の公爵家と宰相の父親がいればまだ何とかなるとか、甘えた事考えてたんじゃねーだろーなこら!

 バカが今更ながら顔を蒼褪めさせているわ。


 しかし……イケオジに至宝とか言われちゃったんだけど、え、何それ、こっぱずかしい!

 なんて内心悶えていたら、すっとシューサイに叩かれた左手をお兄様に掬い上げられる。

 ん? と振り仰いでみたけど……表情が読めねー。

 ピリピリイライラとは違う不機嫌さがあるような……何ですか? お兄様。

 手の甲を親指の腹でスリスリ。……なになになに!?


 わたしが別方向に意識を逸らしている間に、第二王子バカが呆然自失から戻って来た。

 口を半開きにアホ面晒していたんだけど、我に返ってダンダンと足を踏み鳴らす。


「セシル! どういう事だ!?」


 あ、セシルは第二王子バカが呆然としている隙に、後方へと距離を取ってるわよ。

 ほらほら、あんたの後ろよー。


 キョロキョロ見回して、やっと見つけたら二歩で詰め寄って腕を掴んでいる。

 ノーキングはバカと反対側に詰め寄った。


「ボクたちに嘘をついたのかっ!」


「セシル、本当の事を言ってくれ!」


 セシルは左右から上背のある男に圧を掛けられて、怯えた様にちょっと涙ぐんでいる。


「ちがっ……ヒドイ……ぐすん。“ある方”に頼まれたからぁ、仕方なかったんだもん」


 “もん”て。

 ビッチから幼女にシフトチェンジか!

 泣くか!? 泣いたー! 女優だな、セシル。

 だけどなんでこっちをちらっと見るかな。第二王子バカとノーキングが視線誘導されてるじゃないの!

 見る見る次男ズのご面相が憤怒に歪んでくわー。


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