第2話 王宮での断罪劇②
「なれません。何故なら第二王子の王位継承権は剥奪されました。現在は何の権限もない、第二王子という身分だけの存在ですわ。それに従って「ウソだウソだっ!! 嘘だぁぁぁ!!」
わたしの言葉を遮って、大きな声を出せば覆せるとでも思ってんの? もう遅いんだよ!
耳を塞いで喚く第二王子の後ろにいる『取り巻き次男ズ』も唖然としているわね。
予定通り、彼らにも情報は遮断されていた――ていうか、ノーキングは聞いても分からなかっただろうし、ナルシスは他人事に興味がないし。
あんたら、家にも帰らず、都内に購入した隠れ家に入り浸っていたから、情報が入ってこなかったんでしょうが!
「嘘ではございません。この会場にいる他の卒業生たちは知っておりますわ。だから第二王子に追従する者がおりませんの。むしろ、当事者が何故知らないのかと怪訝な顔をしておりますでしょう?」
そうしてわたしは誘導するかのように、ぐるりと周囲へと目線を投げかける。
「バカだバカだとは思っていたけど、ここまでバカだったとは」、なんて思ってるような表情が多いわね。
「そんな重要な話、父上から聞いていません! そうだ、貴女が我々を陥れようと捏造したんだろう!?」
「お黙りなさい、愚か者! 王族の一員であり王位継承権第三位のわたくしを罵るとは何様のつもりですの!?」
顔色を青くしたシューサイが往生際悪いセリフを吐いた。
捏造だなんて、全くどの口がそれを言うんだか!
わたしは眉を跳ね上げ、シューサイをキっと睨みつける。
傍目には怒りを顕わにした凛とした淑女を装ってるけど、内心心臓バクバク。
わたしも何様なのよぉ。ああ、胃が痛い。
「え……王族……王位継承権……」
呆然と呟くシューサイと、顔色を青くした以下三名。
えーと、待ってぇ。まさかそこから!? 知らない? 知らないっていうか、忘れてた?
おいおいおいおい。
シューサイ、おまえ本当に宰相の息子か!? 高位貴族ならふつー知ってて当たり前の事だろ。
え、そうだよね?
「
それに我らが母、リズボーン公爵夫人は国王陛下の妹、王妹です。
母は降嫁後子を儲けた事で継承権を失いましたが、わたくしと兄には王位継承権がございます。
国王陛下には他に男兄弟はおりませんし、第二王子の継承権剥奪に伴い順位が変動、我が兄が王位継承権第二位、わたくしが第三位と繰り上がりましたの」
あと他に、先王陛下の弟君が臣籍降下して公爵となり、ご子息が二人とお孫様が五人いらっしゃるけど、わたしたちより継承順位は低いのよ。
シューサイんとこのバカディ公爵家も、数代前に王女が降嫁してるから遠いけど王家の血は引いてはいる。すっごく薄まってるけどね。
対してリズボーン公爵家は、度々王子の婿入りとか王女が降嫁しているし、王家に嫁いでもいる。
で、お父様の祖母様は王女で、妻も王女。第二の王家と呼ばれる準王族。
だからわたしたち兄妹は血が濃いーんだ。
そうですよねーと隣に立つ長身を見上げたら、ものすっごい不機嫌全開の微笑みを浮かべたお兄様が腕を組んで、人差し指を苛立たし気にトントンと叩いていた。
こえぇよ。
三つ年上のお兄様――レオナルド・ジル=リズボーンは大変貴族らしい貴族で、身分に厳格なので、下位の者と馴れ合う事はしない上、平民は歯牙にもかけない。
身内には少々甘く、他人にはちょー厳しい。
『冷血公子』などと陰口を叩かれて恐れられているし、わたしも「血の色ミドリなんじゃね?」と思う事がある。
幼少の頃から、一を聞けば十を知る――なんて家庭教師に言わしめた天才さま。
作り物めいたゾッとする美貌に、程よく鍛え上げられた長身。紫色の光沢を持つ黒髪にアメジストの瞳は王家の色彩。
全く甘くなく、優しくない性格を以てしても、ご令嬢やご婦人たちに人気があるんである。
滅多にないけど、効果を狙って浮かべる艶然とした微笑み――それにコロっとやられるらしい。
わたしから見たら、すげー胡散臭い顔なんだけどねぇ。
やっぱ見た目か。“イケメンに限る”とかいうやつ。
因みに国王陛下と第一王子、母とわたしも髪と瞳は同じく王家の色彩を持つ。
第二王子だけが王妃様譲りの金髪碧眼だから、それもコンプレックスだったかもしれないわね。
優秀な兄を持つ肩身の狭さというのは、わたしにも分かる。
分かるよ? 分かるんだけどぉ、おまえぇ、バカ過ぎだろ!
『神輿は軽い方がいい』って、傀儡政治狙いの第二王子派(あるいは王妃派)の貴族にも馬鹿過ぎて何をしでかすか分からんと匙を投げられたんだよ。
馬鹿な言動以外の理由も決め手となって、貴族議会で九割がたの貴族が、第一王子の立太子と第二王子の王位継承権剥奪に賛成したっていうんだから。
そして、その
おまえたちの兄も優秀だと評判だ。次男ズはコンプレックス集団なのかもね。
耳を塞いでいた
「こんな暴挙、母上が黙っていないぞ!」
「王妃殿下にはこの決定を覆す力はございません」
昔っから都合が悪くなると、王妃様のスカートの影に隠れるのよね。
王妃様ってば、このバカを猫っ可愛がりして、やる事なす事全部肯定してきたから、諫言など聞きゃあしない。
ちょっとでも注意しようものなら、「母上に言いつけてやる!」だもん、十八歳になった今でも。
王妃様が第二王子をこんなバカに育ててしまったんだと思うわ。
長男のジェラルド殿下はまともな腹黒なのに。
慣例通り乳母に育てられたから、
「王妃様はこの度、北の離宮で
「そんなの聞いてないぞ!」
でしょうね!
だけど、普通にしてても気づかなかったかもね。
公務はテキトー、はたまた仮病で欠席。太鼓持ち侍従たちと『馬鹿次男ズ』とつるんでばっかりだから。
それに奴ら、昨日は王子の私室に籠って今日の打ち合わせをしてたんだってよ。
そのままお泊りした馬鹿どもが王宮を出た後、王妃様の護送部隊が出発したそうだ。
今回の護送、王妃様のご実家の侯爵家とか派閥の貴族家が奪還に動くかもしれないと、一個小隊の騎士に守られて移動している。
それらの段取りと指揮をしているのが第一王子のジェラルド殿下。
『北の離宮』があるのは辺境の飛び地にある王領だけど、そこまでではなく王都を出るまで部隊に帯同する予定だそうだ。
この大
王妃様の派閥の人達でしょうね。
「同じ宮殿にお住まいなのに、お別れのご挨拶もなかったのですか。寂しいことですわねぇ」
もちろん、王妃様とバカ息子が顔を会わせないよう、連絡を取り合えないよう王城内で働く者たちが結託して隔離していたのだ。
馬鹿どもが自分たちの事ばかりにかまけている間に、様々な事が決定し施行されている。
情報は大事よ。我が家の諜報員は広範囲に散っているし、王家の諜報員や忍者みたいな『影』部隊も暗躍しているから、バカどもの行動も知っている。
つまり、わたしの行動も知られているって事なのよねぇ。あーあ。
本来なら、宰相の息子であるシューサイが情報を取得して立ち回らなければならないのに、貴族学院の事だけにしか目が向いてなかった自身の愚かさを後で嘆くがいいさ!
「ウソだ! デタラメだ! 母上は王妃だぞ!? この国の最上位の女性なんだ! 北の離宮に行くわけがない!!」
『北の離宮』というのは、罪を犯した王族が幽閉される宮殿。
昔には気を病んだ王族が収監されたりもしていたんだって。
マザコン王子が地団太を踏むのも仕方がない。
いや、衆人環視の中で地団太を踏むっておこちゃまか!
「王妃様におかれては、『公金横領罪』など、大小様々な罪が暴かれました。ここでは詳しくは申せませんが、国王陛下が強権を以て『北の離宮』行きを決定されましたの」
「そんな乱暴な!」
すぐに反論したのはシューサイ。さすがマニュアル男。
通常なら罪を問われたら、裁判まで貴賓牢に収監されるし、王族なら私室に監禁される。それなのにそこをすっ飛ばして幽閉措置を取る強硬手段。
これらは国王陛下が『超法規的措置』という強権を発動したため。
――『王位簒奪』を謀っていた事が分かったから。
第二王子ジェイソンを玉座に就けようと色々画策してた一端で、昔から命を狙われていた第一王子。
実子なのに酷くない? どういう心境なのかさっぱりだわ。
で、更に、今度はわたしたち兄妹にも刺客を放ってくれたのよ。
犯人誰だよって探るじゃない? すぐ分かったわ。リズボーン家なめんなよ!
ということで、首謀者のアサマシィ侯爵家(王妃様の実家)には、既に捕縛の手が回っている。
現在同時進行でお送りしています。ハイ。
あらぁ、小
まさかこんなに早く行動に移されるとは思っていなかったんでしょう。
残念! こんなパーティーに呑気に参加している場合じゃなかったと後悔してももう遅い!
広間の扉は既に騎士たちにより封鎖されているんだもん。
旗頭にされて、無自覚に振舞っていた上、先ほどの「未来の国王だぞ」宣言。
王太子が第一王子のジェラルド殿下に決定した後だから、まさに「簒奪企ててます」という意味に採られるわよね。
はぁ、おバカ。でもここはあえて触れない。話が進まないからねー。
「罪の証拠も証人も物証も揃っているそうですわ。それでも反論があるならば、国王陛下に奏上して下さいませ」
言えるもんならな!
「だいたい、王妃殿下が熱望されてこの祝賀パーティーは王宮で開催されたというのに、当のご本人がご臨席されていないなど、おかしいと思いませんでしたの?」
「そ、それは……後でご来場されると思っていたから……」
シューサイの返答は歯切れが悪く尻すぼみだ。
今更になって、状況確認を怠っていたことを悔やんでいるのかもしれなわね。
お そ い っ て!
「ああ、ついでに言っておきますわ。
わたしくと第二王子の仮初の婚約は半年前、既に白紙となってますの。
ですから『婚約破棄』、『嫉妬に駆られて』と言われても婚約者ではございませんので困ってしまいますわ」
「「「「……え、ええ!? 白紙ぃぃ!?」」」」
想定通り知らなかったようだ。
仮契約書を破棄する時、王家側は国王陛下と侍従長、近衛騎士しかいなかった。
一応、陛下は本人にちゃんと伝えるって言ってたけど、恐らく伝わらないだろうなーと思ってたよ。
どうせあのバカは他人の話をまともに聞かないし、王妃様の横やりが入るだろうから。
筆頭公爵家の後ろ盾は、是が非でも失いたくなかっただろう。
わたしと
それで半年前、わたしに隣国の第三王子との縁談が持ち上がったから、そこで白紙にされたのよ。
まぁ、その第三王子との縁談は見送られたんだけど、ジェイソンと再婚約とはならなかったからホッとしている。
得意満面にこんな所で婚約破棄を突き付けたのに、そもそも婚約はなかった事にされているってね。いい面の皮。
次から次へとバカどもには想定外な事を聞かされて、どうやら頭真っ白になっているみたいね。呆然と口が開きっぱなしのアホ面さらしてまぁ。
でもここで時間を食ってる訳にはいかないんだよ。まだまだ話はこれからだからね!
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