追放巫女と苦労性魔族の辺境改革【読み切り版】

りょーめん

序章 巫女は追放されて

 「さようなら、巫女殿。その陰気臭い顔を見ないで済んで、せいせいする」


 私を形だけは重厚な馬車に押し込み、嘲るように告げたロクト.

ガルディノ辺境伯の顔が扉の向こうへと消えていった。


 御者が馬に鞭を打つ甲高い音が響き渡る。

 そうして、それ以上問答する暇を与えず、馬車は粛々と走り始めた。

 私は膝の上にぎゅっと握り締めた自分の拳だけを見て、心を閉ざしていた。

 馬車の外からはかがり火の光と人々の敵意に満ちた怒号が忍び込んでくる。


 ──この小さな、決して裕福とはいえない辺境の土地ガルディノに『巫女』が顕れて百年……。

 それが、私の代でこういう悲惨な結末を迎えたのは、きっと私が平和な日々にかまけて、巫女の地位にあぐらを掻いていたせいなのだろう。


 〇


 「巫女ってのは、特別な事なんてする必要ない」

 かさかさの皺だらけの手が小さな私の頭をそっと撫でさする。

 「小さなラクシャラ、根が真面目なあんただから言っておくけどね。巫女の役割なんて本当はちっぽけな物なのさ」

 私の前の代の巫女──同じラクシャラの名を冠する老女、私の育て親はそう言って満足そうに微笑んだ。

 「何があっても、ガルディノのこの神殿にどっかと腰を据えて、人々の暮らしを見守る。人々の日々の営みを記憶して、変わらずここにあり続ける」

 それだけでいいんだ、と身寄りのない私を引き取った老女は優しく告げる。

 「そういう変わらぬ存在があるからこそ、否応なく移り変わる時の中に刻まれる自分達の足跡を、人は愛することができるんだから」


 〇


 気が付くと、自然と涙の粒が震える拳の上に滑り落ちていた。

 (駄目だ。せめて、最後まで毅然としていないと……)

 貫頭衣の袖で目尻をそっと拭うと、私は唇を引き結んで前を向いた。


 時は否応なく移り変わる。

 百年前、この土地に現れ崇められた『巫女』は役割を終えた。

 大陸中央から勢力を伸ばしてきた教会の手で、人々の『巫女』への信仰は徹底的に剥ぎ取られ、聖性は奪われた。

 その結果、私は古い、野蛮な信仰の象徴として、この地を追われる。


 そして──

 その後はどうなるだろう。

 私の移りゆく未来の向かう先──

 ──それは今はまだ見通せぬ闇の中で、分からない。

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