Ø9 [over_end_over](4)


          †



 姉の死後、ファルカと名乗る人物が想星に連絡してきた。

 どうやら姉は自分の死に備えていたようで、遺言のたぐいは一切なかったが、銀行口座と数テラバイトのファイルをファルカに託していた。

 ファルカは姉がよく仕事を頼んでいたハッカーで、想星が彼女を、ハッカーさん、と呼ぶと、ひどくいやそうだった。

 想星はテキストメッセージと音声通話でしかやりとりをしていないし、ファルカは話す際、ボイスチェンジャーを使っていたが、感情が声に出やすいタイプだった。

 ファルカはせいぜい姉と同年代か、姉よりも年下だろう。

 姉とはビジネスライクな関係ではなく、友人に近かったようだ。

 墓山亨の居場所は、ファルカに調べてもらった。

 想星は当然、ファルカに要求された料金を支払うつもりだったが、今回はいらない、と言われた。

 墓山は大阪梅田駅に程近いタワーマンションにいた。

 三十階だか四十階よりも下は分譲で、それより上は高級賃貸住宅フロアらしい。

 高級賃貸住宅フロアの一部屋を借りている金持ちが、墓山の知人だか、墓山に弱みを握られているだかで、そこに仮住まいしているらしい。

 各界、各国の要人が入居している建物で、侵入するのは難しいから、想星はマンションのロビーに常駐しているコンシェルジュに部屋番号と借主の名を言い、来意を伝えた。

 借主は妻子持ちだが、方々に愛人、隠し子がいて、過去、芸能人とも不倫し、そのことが週刊誌で報じられたりもしていた。

 自分は借主の実の息子で、父親に会いに来たのだと想星が主張すると、コンシェルジュはあちこちに連絡をとってから、五十四階の部屋に案内してくれた。

 部屋の限界で想星を出迎えたのは、借主ではなく、もちろん墓山だった。

「びっくりしたよ。いきなり訪ねてくるんだから。まあ、なんとなく、感じてはいたけどな。何かありそうだなって。いいや。入って、入って」

 墓山はスウェットの上下にスリッパというラフな服装で、髪もセットしておらず、ぼさぼさだった。

 もっとも、よく見るとスウェットに不自然な膨らみがあり、武器を忍ばせているようだったし、口調とは裏腹に体のあちこちに力が入っていた。

 かなり緊張しているのだろう。

 墓山はリビングダイニングに想星を通した。

 角部屋で、壁の二面が窓だから、解放感がある。

 窓を背にして、L字形に大きなソファーが設えられていた。

 墓山は左脚を引きずりながらそのソファーまで歩いていって、腰を埋めた。

 想星は座らなかった。

「元気そうだな」

「おかげさまでね」

 墓山はスウェットの上衣をめくってみせた。

 包帯が巻かれている。

「死にかけたわりには、元気にやらせてもらってるよ。マジで、あんたのおかげだよな」

「おまえは役に立つ。そう言ったな」

「ああ。実際、こうやってCOAに飼ってもらってる。べつに満足してるわけじゃないが、生きてりゃなんとか、ね」

「聞きたいことがある」

「いいけど」

 墓山は大袈裟に肩をすくめた。

「なんか変なんだよな。正直、またあんたと直接会うことになるとは思ってなかった。だって、あんたはようするに、殺し屋だろ? 俺は顔が広いし、人が知らないことを知ってる。そのあたりをCOAは評価してくれてるわけだ。言うなれば、情報部門だよな」

 よく回る舌だ。

 そう思っても、想星は口に出さない。

 墓山が言うように、想星は殺し屋だ。

 殺しの仕事に、弁を弄する余地はまずない。

 むしろ、たいていの場合、邪魔になるだけだ。

 仕事にあたっては、余計なことをしゃべらない。

 それが鉄則だ。

「どうも妙なんだよ」

 墓山は表情豊かで、身振り手振りも大きい。

「じつは、これもあんたをやすやすとこの部屋に招き入れた理由の一つなんだ。追い払うこともできたんだが、そうしたほうがいいのか、判断がつかなかった。俺は人よりがよくてね。それで生き残ってきたところもある。あんたが情報をとりにくるなんて、おかしい。でも、あんたを拒絶したらしたで、面倒なことになりそうな気もする」

「単純な話だ」

 想星は淡々と言った。

「協力しなかったら、僕はおまえを殺す。今この瞬間から、おまえが死ぬまで狙いつづける。おまえに選択肢はない。僕が訊いたことに答えて、言われたとおりにしろ」

 墓山は前髪に、ふう、と息を吹きかけた。

「俺は正解を選んだってわけだ。それで、聞きたいことって?」

「全人会の大御影宮古彦を知っているな」

 想星はあえて、知っているか、ではなく、知っているな、と断定した。

 反応を見ようとしたのだ。

 墓山はうなずいた。

「有名だからな。全人会ってのは、入れ替わりが激しいっていうか、かなり実績があるやつでも、わりとあっさり名前を聞かなくなる。無茶やって、死んじまうのかね。大御影宮古彦は、ずいぶん長い。本人は一線から退いてるみたいだが、手広く仕事を受けてる。優秀な手足がいるんだろうな」

「居場所はわかるか」

「大御影宮古彦の?」

「そうだ」

「教えたら、俺を殺さない?」

「ああ」

「そういうことかよ……」

 墓山はうつむいて、左右の掌を上に向けた。

 何かおかしいことでもあったのか。

 喉を鳴らして笑っている。

「あれ以来、さ――あんたに命を狙われてからってことなんだけど。わかりやすく説明すると、胸騒ぎっていうのかね。虫の知らせでもいいけど。がして……消えたと思ったら、また出てきて……俺の頭の中にさ。それがどうも、おかしいんだよな。これは絶対まずいって感じでもねえんだよ。こういうことだったのかよ。繋がってたんだな。ぜんぶ、繋がってたんだ。ようやくわかったよ……」

 墓山は何を言っているのか。

 言わんとしているのか。

 どうにも不明瞭だが、想星は黙っていた。

 墓山の独白は続いた。

「全人会絡みの情報を俺が集めてたのは、仕事上の都合だよ。俺みたいに合法じゃない手段で稼いでると、どうしてもそっち方面から茶々が入ったりすることもあるからな。実際、それでこうなったわけだし。ただ、なんて、あるらしいってことくらいしかわからない。COAも、ガードが堅いからさ。その点、全人会は個人主義的っていうか、けっこう隙もあって、まだ探りようがある。つまり、自衛のために情報収集してたってわけだよ。何が儲け話の種になるかわからないし、情報なんてものは、あればあるだけでいいからな。知り合いの知り合いに、土木から建築、運送まで、手広くやってるやつがいてさ。たった百万で家を建てたり、数十億で山奥にちっちゃい橋を架けたりするような、あやしい仕事ばっかり手がけてた。もともとはヤクザ関係で、産廃処理とかやってたらしいけど、法改正だの規制強化だので稼げなくなったから、あちこちの潰れた会社から人をかき集めて、何でもやるようになったっていう……まあ、やばいくらい儲けてたよ。仮に、Sってことにしとこうか。このSが、ある仕事を受けた。無人島にどでかい屋敷を建てるんだ。昔は人が住んでた島らしいけど、資材から何から、船で運ばなきゃならないし、発電機を仕入れて、電気から水から何からの工事も必要になる。面倒な仕事だよ。それでも受けたってことは、よっぽど金がよかったんだろうな。Sは無事、屋敷を完成させた。で、その直後、行方知れずになった」

 墓山は顔の前で合掌した。

「S本人だけじゃない。Sの奥さんと三人の子供、それから、Sの懐刀だったMっていう男――俺は、S本人は会合的なやつで何回か顔を見たことがあるだけだったけど、Mとは面識があった。若い頃にはムショで臭い飯食ったりしたみたいだけど、めちゃくちゃ頭が切れる人でさ。俺、軽く尊敬してたくらいだよ。つまり、俺の知り合いっていうのは、このMね。Mの知り合いがS。MとSは知り合いどころか、とんでもなく深い仲だったんだが。その無人島に屋敷を建てる仕事をMに持ちかけたのが、どうも大御影宮古彦らしいんだよね。これ、俺調べだから、信じてくれていいよ」

「大御影宮古彦は、そこに?」

「可能性はあるんじゃないかな。まあ、説明が難しいんだけど、そうじゃなかったら、一連のがわけわからんことになるんだよな。あんたがどうしてか大御影宮古彦のことを知りたがってて、俺がそれをあんたに教えて、デマじゃなかったから、俺は救われる。そういう筋書きだと思うんだよね」

「救われる、か」

 想星は懐から拳銃を抜いて、銃口を墓山の額に向けた。

 墓山はびくっとして両目を見開いたが、ソファーから腰を上げようとはしなかった。

「……訊いていい? 撃つの? なんで?」

「僕をそこまで案内しろ。おまえが救われるのは、そのあとだ」

「あ、案内? 連れてくってこと?」

「島に渡る。手配できるな」

「……や、それは……どうかな、行ったことねえし、場所はわかるけど……」

「おまえは顔が広くて、情報通なんだろ。なんとかしてみせろ。ただでとは言わない。報酬は払う」

「……命を助けてくれるってことね。それはありがたいけどさ。命は何より大事だし、他の何にも代えがたいけど……」

「勘違いするな。金だ」

 想星は右手で拳銃を構えたまま、左手でスマホを出した。

 アプリを起動して、画面を墓山に見せてやった。

「それっ――」

 墓山は息をのんだ。

「……ケイマン諸島の、有名な銀行のアプリじゃん」

「さすが、詳しいな」

「ちょっと待って、その口座……ドルだよな、残高、えっ……八百……じゃない、桁が一個違う、八千万……ドル、えっ……」

「半分やる。すぐ出発だ。用意しろ」

「はっ――ええっ、や、嘘、つか、それ、かえってあれだって、ヤバいって、そんなの、用がすんだら殺すって言ってるようなもんだろ!?」

「どうとでも思え。用意しろ。三度は言わない」

「わ、わかった! わかったから! 用意するから! うっわ、マジかっ……」

 墓山は跳び上がった。

 想星はリビングダイニングから出てゆく墓山に照準を定めつづけ、そのあとを追った。

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