10話

 事情聴取、現場検証がひと通り終わって、出された結論は「試験延期」だった。

 当然こんな状態で試験なんて続けられるわけもないし、中止にすると成績の判断材料がなくなるから、まあそれは当然の結論だったのだろうけれど、なんだか煮え切らない思いが私の中に渦巻いているのも確かだった。

 開放された私は箭原を連れて、ある場所に向かった。時刻は昼を回っていた。適当な食事処で昼食を食べて、その店に併設されてあったツインガレネットの端末を使って、サードイヤーに連絡を入れた。

『今から向かうわ』

『は? 急すぎ チャットでいいでしょ』

『私が向かうまでに調べてほしいことがあるんだけど』

 私は要求をぶつけてから、ぼーっとコーヒーを飲んでいた箭原を連れて店を出た。

 サードイヤーの家は、高級マンションの高層にあったが、その全景は周辺の建物と同化していてよくわからなかった。低いところから見れば、なんだかトランプタワーみたいになっている。入り組んだ汚い通路を通ると、高級マンションらしい綺麗な場所に繋がっていた。汚い通路と繋げられて迷惑だろう、と私は同情する。

 サードイヤーは私達を出迎えると〈不機嫌な顔つき〉、まっすぐ自分の部屋に私達を招いた。〈怒っている〉部屋は、何故か公共のものであるツインガレネットの端末が設置されている他は、散らかっていてよく把握できない。サードイヤーは私を椅子に座らせて、箭原は何処かに立っているように命じた。〈嫌がらせ〉箭原は気にしない様子で、そのまま過ごしていた。

 サードイヤー〈儚げで幼い容姿を持っている有能情報屋 対崎とは同じ年齢のはずだがそうは見えない 対崎好みらしく可愛らしい 元カノで未だに対崎に対して愛情を持っているが、それを振りかざせずにいる 対崎は知っているが本名不明 サードイヤーの由来は、情報屋を始めたのが対崎と別れて三年目だったから〉は椅子に座って、私を睨む。

「それで……」コミュニケーション不全で、声が小さいのが彼女の特徴だった。「何が訊きたいの、ありえ」そう言いながら、ちらちらと箭原を見ていた。嫌いらしい。

「元気そうね」私は微笑む。「でも部屋はちゃんと掃除しないと。ここまで一人で生きてきたのは、わかるんだけどね」

「いいよ、その話は。早く、本題」

「今日あった殺人事件のこと、知ってる?」

「うん……」サードイヤーは頷く。「もう話題になってる。吉利が動いてるんだから、当たり前。それに……決してフォーゲットの犯行みたいだし」

「そうなのよね。それで聞きたいのは、探偵協会が下している被害者の死亡推定時刻の根拠と、決してフォーゲットのこと」

「決してフォーゲットなんて、有名すぎるけど……」サードイヤーは頭をかく。「それは今調べてる。ちょっと待ってて。被害者の方は、知り合いが協会にいるから、もうわかってる」

「へえ。ナイスね」

「被害者……諏訪なるみはストリップ劇場で働いてたんだよ。学校に無断で」

「ストリップ?」何故か身を乗り出したのは箭原だった。「それ、マジ?」

「え、あ、はい……」サードイヤーは箭原に怯えながら頷いた。私は箭原を叱りつけて、元の立ち位置に戻した。「えっと……ストリップ劇場で、その日の0時前まで出演していたことが確認されてる、んだってさ……」

 まさか、あの諏訪なるみが裏でそんな事〈ストリップ劇場とは、舞台上で女性が踊りながら衣類を脱いでいく様を客が見つめる謎のショー ストリップ観賞は継院枯区の中でもアンダーグラウンドな趣味として認知されているが、刺激的な娯楽が少ないためか、それなりの集客がある〉をやっていたなんて、開いた口をふさぐ手段が私には見当たらなかった。

「それって」私は息を呑み込んでから、言う。「学校には無断だったってことよね」

「うん……法律で決まってるから。バレたらクビ」サードイヤーは淡々と説明する。「でも、生徒に中でストリップに通ってる奴がいるらしくて、出演者の一人がもしかしたら諏訪なんじゃないかって話は、前から出てたみたい。まあ、客も店も演者が減るとと困るから、学校には言わなかったみたいだけど。それを、協会が見つけて、死亡推定時刻の根拠にしてるってさ」

「あの諏訪がか……」箭原は呟く。「私に目をつけてたわりに、自分は裏でそんなことをしてた不良教師だってわけか」

「まあ……なにか事情があったのよ」私は諏訪を擁護した。「誰にだって、何かしら事情があるわ。そのために、変なところで働かないといけないこともあるし。諏訪も、そうだったのよ、きっと。探偵学校の給料じゃ、だめだったんだわ」

「好きでやってる可能性だってあるよ。たまに、そういう人だっているじゃん。好きで脱いで、それでお金を貰えるんだから最高、みたいに思ってる人が。諏訪だって、自分を開放したかったんじゃないの。あの厳格な女がストレスでそっちに走ったって、おかしくないよね」

「あんた……諏訪先生化けて出るわよ」

「なら、幽霊に犯人を教えてもらうよ」

「……とにかく」私は立ち上がった。「サードイヤー。決してフォーゲットの方は、今調査中なんでしょ? じゃあストリップに聞き込みに行くわ」

「調査中っていうか、過去の事件も洗って、関係を調べてる。もう暫くかかる」

「わかった、お願いね」

「報酬は……デートで良い」

「はいはい。お金、振り込んでおくわ」



「よし、ストリップだ! 対崎、今夜ストリップね!」

 サードイヤーの家を出た途端に、箭原はそう嬉しそうに叫んだ。なんだこいつ。

「……なんでそんな楽しそうなの」

「私ね、エッチなこととか好きなんだよ」

「……は?」ややドキリとした。こんな綺麗な顔の女の口からそんな言葉が漏れるなんて、ちょっとどうにかなってしまいそう。「なんですって?」

「私ね、食欲とか睡眠欲とか、性欲とかに抗いたくないんだよ。我慢しないで好きに生きたい」

「わがままに生きてるのね……早死するわよ」

 私は箭原と今夜の集合場所を決めて、一度解散した。

 適当に家で時間を潰して、私は集合場所に向かった。夜の二十一時だった。私は自分の家から大通りを抜けて、住宅街を通って、さらに裏路地を通って……などを繰り返しながら、件のストリップ劇場を目指した。

 一階に精肉店が構えてあるビルの三階に、その劇場は存在した。看板を見ても、どういう取り合わせで共存しているのか、私にはわからなかった。きっと精肉店のオーナーも、そういうのが好きなのかしら。

 劇場の名は「ゴッドセイズアイキャントダンス」と言った。長ったらしくて、もう覚える気が失せたが、割と有名なのか、開場を心待ちにしている客が、三階のフロアに溜まっていた。

 その中には箭原も混ざっていた。こんな女がひとりで背徳的なこの場所にいるなんて、なにかに巻き込まれるんじゃないかと心配したが、義手のせいなのか、その人格のせいなのか、客はストリップにしか興味が無いのか知らないけれど、箭原のことを気に留める人なんて言うのはひとりも存在しなかった。

「やあ、対崎」箭原は座っていた床から立ち上がって、私に挨拶をした。ご機嫌だった。

「なんか気持ち悪いテンションね……」

「もうすぐ開場だってさ。チケットは買っておいたから、後でお金返してね」

「ああ、うん……」というか、捜査の一環なら学校が支払ってくれるはずだけれど。

 そうこうしている間に、劇場の両開きの荘厳だけれど安っぽそうな扉が開き、中に客たちがパチンコの玉みたいに吸い込まれていった。

 箭原は私の手を握って先導する。



 ショーが終わった。

 どうしてショーを見る必要があったのか、終わってから冷静になって考えてしまった。私は、なんでこんなことに時間を……。

 長椅子が置いてあって、そこに自由に腰掛けて、中央の舞台に立っているダンサーが踊っていたり、脱いでいったり、まあ公言できないことをもやっている様子を、ただ盛り上げながら眺めている。〈キツい照明がたかれており、それぞれ演者のイメージカラーにそって照明の色も変わる凝った演出〉それだけだった。おじさんが大半で、中にはおばさんだっていた。学生は私達くらいだった。というか、学生なんか入って良いのだろうか……。

 確かに、エロいことはエロいけれど、そもそも、私好みの女はいなかった。私のタイプは可愛らしい女の子だったので、出演者は少々範囲外の年上が多かった。同い年くらいの子もいて、それは良かったのだけれど、そのために払った金額を考えると、怒った勢いで破壊した家具を次の日に発見するみたいな気持ちになった。

 今、会場は長椅子で感想を話し合っているおじさんたちと私達くらいしかいない。時刻は0時を過ぎている。

「対崎」ショーの間はひたすら手を叩いて喜んでいた箭原だったが、急に真剣な声色で私に話しかけるので、私は何が起こったんだと思った。

「な、なによ」

「対崎の目で、なにか見えなかった?」

「何って……」

 若い演者〈星田〉のことしか覚えてない。

 星田……?

「星田瑠夏……あいつが出てた。え? 星田がなんで?」自分の目で見て、自分で口にしたのに、意味がわからなかった。「どうして星田がこんなことしてんの?」

「ああ、やっぱりか……」箭原は顎に手を当てた。「なんか見たことあるなって、思ったんだよね。まあ顔も隠してなかったし」

 知っている同級生が、私の前であられもない姿を披露していたなんて、星田のことは好きではないけれど、なんだか妙な気持ちになってきた。

「……なら、聞き込みよね」私は顔を叩いて、正気を取り戻した。「星田なら、ストリップ劇場での諏訪先生のこと、知ってるんじゃないの」

 私たちは控室に押し入った。探偵(見習いだけれど)という権限を使って一般に立ち入りが禁止されている場所に足を踏み入れるときの快感は、慣れることのない優越感を生み出す。

 控室は全面が鏡張りになっていて、全く落ち着かない場所だった。そこにロッカーやら、化粧テーブルやら準備に使うものが備え付けてあった。鏡には漢字で不道徳な落書きがしてあって、見づらい。

 いくつか演者がまだ残っている中に、星田はいた。まだ鏡の前で、変な衣装からは着替えていたけれど、座って何故か読書をしていた。彼女は私達の顔を見ると、大きなため息を吐いてから、口の前で人差し指を立てた。

「言わないでよ、学校に」

 私たちは頷く。

「まったく……踊ってる時に、なんで箭原がいるんだよと思ったら、隣には対崎まで……驚いて振り付けを忘れるところだったじゃん。でもよく考えたら、協会の人だって来たし、あんたたちが来ない道理もないと思って持ち直した」

「話を聞きたいの」私は彼女の前の椅子に座った。「諏訪先生のこと」

「諏訪ねえ……」星田は本を、自分の鞄にしまった。「突き止めたんだ、ここで働いてたこと」言いながら、星田は箭原の方だけを見ていた。私みたいな美人を差し置いて。「でも、私も諏訪も、学校には言ってない。言えるわけないから。今回も、協会が配慮して、諏訪がここで働いてたってことは、学校には通達せずに揉み消すみたいよ。私もそうしてくれるみたい。恩恵に与ってるってこと」

「昨夜は? 諏訪の様子とか」私が訊く。

「ふん……箭原なんかに教えるのはシャクよね」星田は文句を言ったが、逃げられないと思って話し始めた。「私がここに来たのが……放課後すぐだった。早めに来て、練習したかったの。試験が近いことはわかってたけど、そっちは志鷹と内ケ島に任せてた。諏訪は開場直前に来たよ。まあいつもそうだったし。学校からここまで、そんなに距離は無いから、ギリギリまで仕事してたんじゃないかな。昨日は……別に。いつもみたいに変な薄い衣装着て、マスク〈フェチズムを感じる顔面垂れ幕〉をしてたよ。ああ、でもおかしなとこがあったな」

「なによ」

「あいつ、いつも仕事場じゃ、私を無視するのに、昨日は挨拶してきたんだよ。嫌がらせだよきっと。試験前に何してるんだって。嫌な女だよ。お互いバレたくないから無視しようって言う暗黙の了解だったと思ったけど、結局そういう女だったんだ」

「ああ」箭原は頷く。「諏訪ならそうする」

「でも、あの後、仕事終わってすぐに殺されたなんて、信じられない。諏訪には多少腹が立つけど、かわいそう」星田は俯いた。「あんたたち、勝手に捜査してるけど、犯人を見つけるの?」

「当たり前よ」私は胸を張る。吉利先輩だけじゃ、大変だもの。それに探偵としての魂がね」

「は」星田は吐き捨てる。「内ヶ島もそうやって、じっと出来ないタイプよ。あいつも捜査してるよ。試験だって……あんなにうるさく言うことないじゃない」

「内ヶ島と仲悪いわけ?」私は盗み聞きしたことを念頭に置きながら気をつけて話す。

「……悪いって言うか、しんどい」星田は、呟く。「私は……オプティマイズドなんか興味ないよ。探偵っていうだけで安定してるし、今だって、事件に駆り出されたら授業料を差し引いてもプラスになるくらい収入もあるっていうのに、なんでそこまで望むのか、わからないよ」

 暗い顔をする星田。いつもの、文句ばかりを言って突っかかってくる星田の姿が、何処かへ行ってしまった。ここにいるのは、探偵でもなく、クラスメイトでもなく、人前で脱いで金を稼いでいる女でもなく、抜き身の星田だった。

「星田は」箭原が訊く。「なんでこんなところで働いてんの。そんなリスク背負って。お金?」

「いえ……」星田は首を振った。「使う当てもそんなに無いから、お金なら、貸すほど持ってる。違うよ。私は単に、ストレス解消。違う自分になれるっていうか、人を興奮させて、人より価値があるって思い込みたいっていうか」

「へえ。エロいね」

「…………あんたに言われると辞めたくなるな」星田は顔を赤らめる。「私はまあ、そうだけど……諏訪はそうじゃなかったみたいよ。常々辞めたがってたし」

「なんで?」私が訊く。

「他の演者と話してるところを聞いたの。辞めたいけど辞められない。職場にも隠さないといけない。とかなんとか。誰かに無理やり働かされていたのかな」

「恋人がいるって話とかは」

「うーん、なんかそんな話はしてたけど、確証は無いよ」

「そう……ありがとう」

 私たちはそれから、他の演者に話を聞いてみたが、有力な情報は出てこなかった。全員、星田が口にしていた程度だった。

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