海に行ったら、元同級生に会った話

広井 海

第1話 海に行きたい

「海に行きてぇ……」


 一人暮らしのワンルーム。26度に設定されたエアコンからは涼しげな風が常に流れている。外からはセミの大合唱が聞こえてくる。


「んっ」


 横になっていた体を起こしつつスマホの画面を横向きにして動画を全画面表示にする。画面には大勢の人が砂浜で寝転んだり、男女で会話したり、ボールで遊んだりしている。


 海ではサーファーが華麗に波に乗っていたり、浮き輪で浮かんでいる人達がいる。


「みんな夏を満喫してんな~」


 俺には遊びの誘いすら来ない。学校によって違うが約2か月ほどある大学の夏休み。俺はほとんど毎日バイトのシフトを入れているためバイト漬けの毎日を送っていたが、「さすがに休みな」と店長に言われた。


 趣味と言うのもあまり思いつかない。金を溜めて買いたい物も無いわけではないが、今は買えない。


「行くか。海」


 久しぶりに実家へ帰省するのを口実に地元の海に行ってみようと考えた。昔から思いついたら大した計画も無しにすぐに実行に移してしまう。







「やっと着いた」


 お盆初日、都内から電車を2回ほど乗り継いで関東の隅の田舎に帰って来た。お世辞にも綺麗とは言えない無人駅。駅の入口のすぐ隣にある自販機は常に半分くらいが売切と書いてある。


「あっづ」


 気温は30度越えで10数メートル先のアスファルトには陽炎が見える。こんな田舎でも駅前には車が通るロータリーが存在する。そこに黒い乗用車を発見したため駆け寄っていく。


「おかえり」


「ただいま」


 乗用車の車内には母親が待機していた。さすがにこの暑さだ車内にはエアコンが効いていた。助手席に座り、シートベルトを締める。


「じゃ、行こうか」


「うん」


 母親は車を発進させてロータリーを抜けていき実家に向かって行く。


「どう?東京は?」


「ん~、人がいっぱいいる」


「そりゃ、そうでしょ。他になんか無いの?」


「ん~……物価がたけぇ」


「まぁ、ここに比べたらそうだろうね」


 母は車を運転しながら何気ない世間話をしてくる。俺は助手席から外の景色を見る。高校時代に何度も通ったことのある駅前の道。1年とちょっと経ったとはいえほとんど変わっていない。


「変わんねぇな」






「あっ……そうだ。今日、ちょっと海に行ってくる」


「海?誰と?」


「一人で」


「えぇ?誰か友達誘わないの?」


「ん」


 昼食の冷やし中華を食べながらテーブルの向かいに居る母親に先に言っておく。海と言っても大勢の人が来るようなビーチなどではなく、本当にひっそりとした田舎の海岸だ。


「自転車ってまだある?」


「うん、まだ置いてあるよ」


「そっか」


 実際、今回の帰省はこれが目当てだ。正直、海に行くのならどこでも良いと思ったが人が大勢いるところに一人で行くのはさすがに嫌なので誰も居なさそうな海に行こうと思った。それが地元の海だ。





「おぉ……海」


 実家から自転車で30分ほどのところにある海。ただ塩水が行ったり来たりするだけの場所なのになぜが引き込まれるような魅力を感じる。砂浜に近いところは泡が出て白いが水平線に近づくにつれて深い藍色に変わっていく。


「ちょっと行ってみっか」


 国道から砂浜に降りるための階段のすぐそばに自転車を停めて鍵をかける。そしてそのまま砂浜に降りていく。


「ん?」


 誰かいる。砂浜のちょうど中間あたりに人が居た。見たことのない制服を着ている女の子だ。後ろ姿しか見えないが着ている制服がセーラー服だったのでその人が女性だという事は分かった。


「まっ……いっか」


 人が居るのはわずかに想定していたため大して気にすることでもない。今は夏なので海に人が居ても何も不思議ではない。


 ポケットからスマホを取り出して海の写真を撮る。水平線の写真、砂浜の写真、高い波の写真、そして海の写真。


「あの……」


「ん?」


「あの……もしかして海渡かいと君?」


「えっ?」


 先ほど砂浜の中間に居た女性が自分のすぐそばまで来ていた。足音などは一切しなかったがいつの間にか居た。海の波の音や風が耳を通り過ぎる音で聞こえなくてもしかないとは思ったが、足跡が無いのは波の影響なのか。


「え……っと、誰?」


 制服を着ているということは高校生だろうか。しかし、俺の後輩にこんな人居ただろうか。そもそも後輩の数自体少ないのでちゃんと顔と名前は憶えていたはずなのだが。


「あぁ……覚えてないよね。私、水無瀬みなせ あおい。同じ中学だった」


「あ~……あぁ!水無瀬。小学校と中学校、9年間同じクラスだった?」


「そう。覚えててくれた」


「あぁ、今思い出した。なんか、変わったな」


「そっちもめっちゃ背でかくなってんじゃん」


 俺の記憶にある水無瀬のイメージと目の前にいる女子がかっちりと当てはまり、改めていろいろな記憶が戻って来る。


「久しぶりだな。高校違うから全然会わなかったしな~」


「そうだね」


「それで……なんでセーラー服着てんの?」


「これは……ちょっと事情があって……ねっ」


「そうか」


 水無瀬がどの高校に行ったかは知らないが、もしかしたら何か事情があるのかもしれない。


「なんでここに居んの?」


「思い出の場所なんだ……ここ」


「へぇ~」


「海渡は?」


「急に海に行きたくなったから、東京から帰って来た」


 何故か呼び方が君付けから呼び捨てになっているが、今更指摘するのも恥ずかしいのでそのままにしておく。


「そうなんだ。…って、東京!?海渡って東京に住んでんの?」


「うん、東京の大学に受かったから一人暮らし」


「…いいなぁ」


 それはまるで心の声が漏れ出たかのような声音だった。昔よりもお互いに大人になったため視線の高さも話し方も変わっているのに何故か懐かしい気がする。


「俺の住んでるところはそんな都会じゃないよ」


「そうなの?」


「ここより多少、発展してるだけでそんな変わんないよ」


 こんな会話をしながらも俺の興味は中学校を卒業したあとから今までの期間についての話に向いている。俺と同級生の彼女がなぜ今だにセーラー服を着ているのか、疑問が尽きないがそれを聞いてしまったらいけない気がして口には出せない。


「水無瀬の家ってここから近かったっけ?」


「うん、すぐそこだよ」


「へぇ~、今何してんの?」


「う~ん、特に何もしてないな~」


「へ…へぇ~」


 彼女は笑いながら恥ずかしそうに話してくれた。俺から質問したが、何だか気まずくなってしまったので追及せずに流す。大方、浪人とかそんなとこだろう。


「東京……楽しい?」


「まぁ……最初はすごく楽しかったけど、慣れるとこっちとあんま変わらないよ」


「いいな。私、最近出かけてないからなぁ……」


「そうなんだ」


 海風が顔を撫でていく、何度も嗅いだ潮のにおいが久しぶりに香って来る。日差しが俺の隣に影をつくっている。


「あれ?」


 隣を見ると水無瀬が居るのだが、本来なら俺と同じ方向に影が出来ているはずなのに影が無かった。服も髪も風で揺れているのに何故か現実味が無いように感じた。


「ん?どうした?」


「なんか……セーラー服ってエロいよな」


「ふんっ」


「イッタ」


 彼女の砂の付いた素足が俺の背中を蹴った。


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