第24話 偽りの金色9
あれから、どのくらいの時が経ったのだろうか。
半妖であるおれの姿かたちは、あの頃とそれほど大きくは変わらない。年月を越えるごとに強くなる妖力で、今ではこうして人間として生活するのにもほとんど支障がなかった。さらに、明誉がおれに与えてくれた唯一の「色」は、越えてきた長い年月の中で少しずつ色褪せ薄ぼけてきてはいるが、今でも人間にとっておれの存在を認識するための大きな力になっているようだ。
ただ、やはり新月の期間だけはどうしようもなく、妖力を奪われると同時に元来の姿、色なき色を司る妖の姿に戻らざるを得なくなる。人間としての姿も輪郭も失うその期間のおれは、周囲の人たちにとって「存在しない」のと同じなのだ。
それでもおれは、それ以上を望むつもりなどなかった。まさか、明誉のように、おれの存在そのものを見ることができる人間が……見えるはずのない「色」を見極める人間が再び現れるなんて、思いもしなかったから。
いつかのように、鋭い牙をぐっと強く噛み締めた。
微かに感じ取った「色喰い」の気配を辿ると、大学構内の外れ、鬱蒼とした樹々が生い茂る小さな森のような場所に行き着いた。研究棟から離れ、山の傾斜がそのまま残ったような坂道を登り、こぢんまりとしたテニスコートやクラブハウスなどが集まったゾーンを越えた先のこの場所を訪れるような学生はおそらくいない。おれ自身も、こんな場所があったこと自体を知らなかった。大学を見下ろすように懐に抱く、古代からその姿を変えない山々の力がまだ息づいているような空間だ。柔らかな感触の黒土を踏みしめた足元から、熱が
「…………おれは、結局おまえと同じなのかもな」
視線の先には、人型の影のような真っ黒な姿が一体。実体化した色喰いだ。色を喰って力を得たというよりは、この場所に由来する目に見えないエネルギーが、この形なき妖怪に力を与えているようにも思えた。
色喰いはおれの気配を感じ取ったのか、緩慢な動作でのろりとこちらに目鼻のない真っ黒な顔を向ける。その表情なき顔が、おれを嘲っているようにも、憐れんでいるようにも見えた。
一体なんのために、「色」を守ろうとしているのか。
……どうせ、そうやって守る「人間の記憶」の中に、自分は
そう言われた気がした。白衣のポケットに突っ込んだ手に、筆の柄が触れる。明誉が、おれを信じて託した筆だ。そして、蘇芳に預けると決めた筆だ。それなのに、今はひどく冷たく、堅いだけの塊に感じた。
色喰いがおれに背を向け、樹々の幹に溶け込むように姿を変える。大地に根を張り、幾年月、重ねてきた時間をそのまま纏ったかのような、複雑で、柔らかな曲線を描く年輪を包み込む深い茶の樹皮。この色が失われたとき、一体誰が心を虚ろにし涙を流すのか、おれにはきっとわからないのだろう。この場所に立っているだけで自然と湧き上がる力の熱が、おまえはそうやって生きる人間とは違う生き物なのだと、今さら強く突きつける。ポケットから出した掌を見つめると、空っぽの「白」が、瞳に映った。
目を閉じる。微かに
地面を掻く感触が変わり、僅かに色を取り込んだ色喰いの輪郭が明確になったとき、背後で草葉の擦れる音がした。
「…………あや……さん……?」
おそらくかなりのスピードで走ってきたのだろう。微かに呼吸を乱した蘇芳が、真っ黒な瞳を見開いておれを見上げる。慣れない角度で蘇芳を見下ろしながら、やはりこいつはおれの想定をありがたくない方向に越えてくれるなと、胸の内で苦笑した。当たり前だが、この姿を見て、その名を呼ばれる日が来るなんて思いもしなかった。
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