第57話 観覧車戦争

 ゴンドラは4分の1を登り切り、下にいる遥花さんは鉄骨で見えなくなっていた。


 私はここでゴンドラが1周するのを待つだけでいい。余計なことをしてしまったかな……


 ……ほんとに??


 なんだかおかしくない???


 素早く彩乃さんを連れ去ってキャリーケースまで用意していた。それなのにそんな初歩的なミス……するわけがなくない??


 なんだか嫌な予感がして3号車の中を見ると、何やらゴソゴソとカバンをいじっていて忙しない様子だった。


 それが何かは前の4号車が邪魔で上手く見えない。


 ……それなら!


 私は素早く5号車のドアの鍵を開けて観覧車の上に乗っかる。


「うわっ、高っ」


 5号車からは頂上が見え始めてきた。


 鉄骨を伝って4号車の上に乗り、そこから3号車の中を見る。


 あれは……パラグライダー???


 私がそれを認識すると同時に3号車のドアが開かれる。


 ……まさか。


「嘘でしょ!!??怪盗じゃん!!??」


 思わず口に出してしまう。


 ゴンドラから彩乃さんの入ったキャリーケースを抱えて空を飛ぶ。


 確かにそうすれば私たちが追いかけるのは困難になる。


 近くにある河川敷に着地してそこから車で逃げる、なんて手を取られたらもう追いかけられない。



 少しだけ思考をめぐらせてから鉄骨をつたって3号車の天井に飛び移る。


 大丈夫。今は冷静だ。

 誘拐犯が何者か分からない以上私の正体がバレるわけにはいかない。変装用具もここにはない。だからこそ顔を見られる前に葬る。


 気配を読み取れ。タイミングは誘拐犯が外に出ようとする瞬間。


 まだ……まだ……




 ゴンドラはもう頂上だ。


 まだ……




 今。




 誘拐犯が外に出ようとした瞬間、ゴンドラの中に勢いよく足を繰り出す。



「っ!」


 誘拐犯がノックバックするのと同時にゴンドラの中に入り込み、すかさずもう一発拳を打ち込む。


「制圧、と」


 誘拐犯の意識がなくなったことを確認してから、すぐにキャリーケースを開ける。


 ファスナーがものすごく堅く閉められていたけれど、無理矢理こじ開けた。


「彩乃さん!大丈夫ですか!」


「ゆずちゃん!」


 キャリーケースから解放された彩乃さんは迷いなく私に抱きつく。


「怖かった。でも信じてた」

「もう大丈夫です。すいません私がいながら」


 彩乃さんの目から涙が溢れる。


 ほんと、何やってんだ私は。彩乃さんにこんな思いをさせて。情けなさすぎる。


「でもさすがだね。この人もなかなかの手練れでしょ。それを瞬殺って.......あ」


「彩乃さん?」


「はやく元いた場所に戻って!」

「?......あ」


 彩乃さんのその言葉で全てを察する。


 下には遙花さんや警備隊の人がいるはずだ。彩乃さんより二つ後のゴンドラに乗ったはずの私が、下に戻ってくると彩乃さんと同じゴンドラに乗っているのはおかしすぎる。


既にゴンドラは下降を始めて、もう少しで下から見つかってしまう所まできていた。


「でもこの惨状はどう説明すれば」


 ゴンドラから私がいなくなくなったら、それこそここで倒れている誘拐犯と無事救出された彩乃さんに説明がつかない。


 かと言って私が誘拐犯を倒して彩乃さんを救ったとも言うことが出来ない。


 ……どうすれば。


「ゆずちゃん、私に任せて」


 ……何度も見た彩乃さんの目。彼女が任せて、と言ったらそれは任せても大丈夫、ということ。何とかしてくれる、ということだ。


「はい!任せます!」

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