第30話 美瞳さんとしほしほ
「――はい九分!!」
「おつかれー。水風呂入る前にちゃんと汗流してね〜」
急いでサウナから出て水を被ってから水風呂に入る。
って、水冷た!!!
すぐに出ようとすると椎菜ちゃんに再び腕を掴まれる。
「まーだ。すぐ慣れてくるから」
もう……椎菜ちゃん怖いよ……。サウナに入って人が変わるタイプの人間なんだ……
「って、あれ?」
少し時間が経ったら体が慣れて本当に全然冷たくなくなってきた。むしろ気持ちいい。え、なんでだろう不思議だ。
「はい、四十秒。外気行くよ!」
「え、ちょっ!が、がいき?」
椎菜ちゃんさっきから怖い!!
言われるがままに、露天に置いてある長椅子に裸の状態で体重をかける。ぼーっと座っていると三十秒ほどでなんだかじわじわと血流が全身を回っていく感じがしてきた。興奮して血が回るのとはまたちがう、リラックスをしてるのに血が加速する不思議な感覚。
「どう?柚乃ちゃん。来た?」
「う、うん。何か頭がぼーっとするような」
「これが『整う』だよ」
なぜだか椎菜ちゃんは誇らしげに笑う。なるほど……これが整う、か。確かに少し……癖になるかもしれない。
「ふふ、気持ちよさそ。サウナの辛さはこの外気浴のためにあるからね」
「隣、失礼するわね」
水風呂から出てきた藤澤さんと結城さんが椅子に腰をかける。私の隣に結城さん、向かい側正面に藤澤さんが座った形だ。先程は熱くて話せなかったけど、今はだいぶリラックスしているので、話せるいい機会かもしれない。
というか改めて見るとおっぱいでっか。さすが大人組。
「二人は何分くらい入ってたんですか?」
「二十分くらいかしら」
「二十くらいだね」
「にじゅっ」
こんな熱い中で二十分も……拷問??
「最初は二人でゆっくり入ろって話だったのだけど、なんだかお互い先に出たら負け、みたいな雰囲気が出ちゃって。勝ったのは私だけど」
「
バチバチに火花が飛び交っていた。
冷たく静かな印象の藤澤さんと明るく無邪気な結城さんは結構対照的に見えたけど、逆に相性のいい組み合わせなのかもしれない。
……それにしても意外と子供らしいところもあったみたいだ。
「そそ、しいちゃんー、だめだよ、サウナ慣れしてない人を無理やりサウナに残すなんて」
「……あーー、そうでしたね。でもそれを言うなら結城さんだってロウリュ入れてたじゃないですか」
「あ、クセで。つい?」
……つい?じゃない!めちゃくちゃ熱かったんだから!!
「ほらほら、二人とも柚乃さんに謝りな」
「ごめんね?」
「ごめんなさーい」
まぁ二人とも可愛いから許す。
「改めて、藤澤美瞳。呼び方は、
「結城紫葡〜、
「うるさいよ、美瞳」
「「……っぷ」」
私と椎菜ちゃんで思わず顔を見合せて笑う。
「なんだか大人で話しかけにくいイメージだったけどすごい親しみやすいじゃん二人とも!」
「ね」
「……親しみやすいなら良かったわ」
二人は少し照れながら目を逸らす。
「改めてよろしくね。美瞳さん、しほしほ」
「うん。よろしく。柚乃」
「よろしく〜。柚乃ちゃん♪」
裸の付き合いとは言うけれど、なんだか素の自分でお互い話せた気がする。コミニケーションの最初にしては少しハードルが高かったかもしれないけど。
「よし、二人とも話せたし。私たちはもう一回サウナ行ってこよっか」
「そうね……決着をつけましょうか」
……え。
「あっじゃあ私も二週目行こっかな。柚乃ちゃんも来る?」
「い、いや。もう少し外気浴してよっかなぁ……?」
確かに整う感覚は気持ちよかったけど今日はもういい!
「そっか。じゃあまた後でね」
そそくさと三人はサウナに移動する。露天には私一人がぽつんと取り残された。よくもまぁ、あんなに体力があるものだ。だんだんと血の巡りも落ち着いてきたし。そろそろ湯船に浸かろうかな。
……でも話してて楽しかったな。このメンバーで活動できるのが今から早速たの――
「――!」
殺気!!
緩んでいた心の帯を一瞬で締める。方向は……
「っ!」
殺気を感じた方向から矢のように飛んできたナイフを人差し指と親指で挟むようにして受け止める。
……これは間違いなく私を狙ったもの。ナイフが飛んできたのは……近くの林か。
今の私は裸なので当然追撃は出来ない。けれど、やられっぱなしなのも性にあわない。
「おりゃ」
証拠隠滅も兼ねてナイフを投げ返す。
追撃に備えてセンサーをマックスに働かせるけれど、これ以上の追撃は来なかった。おそらく既に身を隠しているところだろう。
となると、今のナイフは私を殺す為じゃなくて……牽制かなぁ。
あー、めんどくさい事になってきた。でも、ありがたいことに殺し屋は他のメンバーじゃなくて、私を狙ってくれている。
誰がなぜ私を狙っているのかは分からないけどやることは変わらない。だって。
私を殺せる殺し屋なんてそうそういないんだから。
改めて気を引き締める必要がありそうだ。
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