04.理事長からの指令


 生徒会室に入るなり僕は目を疑った。

 室内に大量の笹が並んでいるのだ。


「Oh、その声は根岸だな? さっさと入ってこい」


 奥から副会長の声がする。どうやら彼女の仕業らしいが、葉が密集し過ぎて姿が見えない。

 僕の後にやって来た立花姉妹もこの様子に驚いている。


「なんで部屋が笹林になっているんですか?」

「今時ゲリラ戦の訓練なんて時代遅れですよ?」

「Say what、これは七夕だぞ?」


 笹を分け入ると、中央の机で副会長が短冊を吊っている。こんなジャングルでなにを祈るのかと見てみると、僕らの試験が無事に終わるようにという願いが綴られていた。


「こうしておけば提出した答案が高得点になるだろう?」

「お気持ちは嬉しいですが、終了後に点数アップを祈っても無意味では?」

「悲観的なやつだ。採点の際に教師が間違って丸をつけるかもしれんだろう?」

「そんなことで配点が上がっても罪悪感に苛まれますよ」


 そもそもここは生徒会室。業務に支障を出してはいけないと意見すると、副会長はぶつくさ言いながら笹の撤去にかかった。


「Shit、試験対策の時間を削ってこつこつ準備したのに。サプライズして喜ばせようとする先輩の気持ちがわからんとは、これがZ世代というやつか……」

「そんな落ち込まなくても、というか先輩も同世代ですよね?」


 肩を落とす副会長に言い過ぎた気がして、僕らも片付けを手伝った。

 触ってみると笹はすべて作り物だった。副会長は七夕という文化に興味があり、モニュメント用のものを大人買いしていたのだという。


「クールジャパンについて学ぶいい機会にもなるし、一度七夕祭りをしてみたかったのだ」

「それは漫画やアニメを指すんです。そもそも七夕は日本の発祥ではありませんし」

「Huh、私がそんな嘘に騙されると思っているのか?」

「え? 七夕の発祥は日本のお隣ですよ?」

「なんだと、まさか本当なのか?」


 戸惑う副会長に、立花姉妹も同意するように頷いた。

 すると、彼女の目がみるみる鋭くなり、僕に掴みかかってきたのだ。


「根岸、よくも私を騙したな!」

「うわっ、なんのことですか!」

「この私に隣国の文化を押しつけるとはどういうことだ!」

「押しつけていません、副会長が勝手にやったんじゃないですか! ぐえっ!」


 副会長が僕の首をがっちりと絞め上げる。

 なぜ激怒するのか理解不能だった。

 突飛なところはあるものの、副会長は根が真面目で、感情的になることなんて皆無だったのに。国名を耳にするなり豹変とは、これがいわゆる米中摩擦なのか?


「あら、なんで笹があるのかしら?」


 そこへ梨香さんがやって来た。

 廊下から「七夕祭りですね」とくすりと笑う彼女に、僕は冷や汗をかいた。

 七夕を敵視する副会長が、彼女にも怒りをぶつけるかもしれない。なんとしても防ぎたいが、スリーパーホールドされた状態では手も足もでなかった。


「アリーシャ先輩、遙輝くんになにをしているんですかっ!」

「お前らなんかもう友だちじゃない、コイツの次は梨香の番だからな!」

「止めて下さい副会長、勘違いで同盟破棄なんて国際社会の笑いものですよ!」

「勘違い?」


 戸惑う梨香さんに立花姉妹が経緯を説明すると、彼女はこんなことを言った。


「七夕の発祥地は中国ですが、短冊に関しては日本独自のはずですよ?」

「え、そうなんですか?」


 僕らは唖然とする。

 笹に短冊を飾るというのは日本の江戸時代にはじまったらしく、発祥地(ちゅうごく)にはないというのだ。


「Yeah、やはりクールジャパンだ! なにが『発祥地はお隣ですぅ』だ、この売国奴め!」


 副会長が豊満な胸を張り、これ以上ない嫌味な顔で見下ろしてきた。首だけなく頭まで痛かったのは彼女の胸が当たっていたからか。ご立派すぎるのも考えものだな。


「大丈夫ですか根岸先輩? まさかこんな地雷があるなんて驚きましたね……」

「九条会長が来てよかった。危うく少尉の首がへし折れるところだった」


 姉妹に介抱されながら僕は一息つく。強国の顔色をうかがうのも大変だよ。梨香さんがいなかったら日米関係が悪化していたことだろう。



「私も偶然知ったんです。来週のカルルピが七夕にちなんだお話しで、ホームページに解説が載っていたものですから」


 そういえば、次回のカルルピはメンバー四人が町内の七夕祭りを楽しむ内容だと予告していたな。前回の敵幹部の戦いから一変、きっと和やかな回になるのだろう。


「先週のお話しはひどかったですよね、動物を利用するなんて最低ですよ」

「ルビー殿に感謝しなくてはな。地雷犬のような戦術をとる者など排除すべきだ」


 試験前でも視聴とは、立花姉妹もすっかりカルピリストだな。

 彼女たちはあくまでエメラル推しだが、今回の活躍でルビーへの好感度が上がったという。


「熱血キャラって苦手なんですけど、ソラと遊ぶ姿にほっこりしちゃいました」

「うむ。今まで無関心だった我々でさえ興奮したのだ。ルビー推しの視聴者は狂喜乱舞していたことだろう。まぁ、どういう人が彼女のようなキャラを推すのかはわからんが……」


 ヒロインらしい要素といえば、優しさや美しさ、お上品さといったものだが、ルビーにはそうしたものがなかった。

 また、変身後の衣装も彼女だけがショートパンツスタイルで、徒手での戦いも得意という異風なキャラクターでもあった。


「少年漫画が好きな人や、体育会系の人がルビーを好きになるんだと思いますけど、どうしてそんなことを気にするんですか?」

「だってルビー推しがいればメンバーが揃いますもん」

「そうそう。パールが九条会長で、ダイヤが泉中佐。エメラルが私たち。これでルビー好きを勧誘できれば素晴らしいチームができるだろう」


 趣味を選定条件にするのは間違っているが、姉妹の言うことには一理ある。カルルピを見習ったメンバー編成ができれば、自ずとバランスのいい組織になりそうだからだ。


「人員が増えれば業務が捗るのは事実ね」と、梨香さんも真面目に頷いていた。


 今の生徒会役員は、三年のアリーシャ副会長に、二年の僕と梨香さん、一年は立花姉妹しかいない。

 非常時には泉さんが手助けしてくれるものの、正式な生徒会役員ではなかった。

 四人では人手が足りないこともあるし、このまま僕らが進級すれば実質彼女たちだけになってしまう。動機はともかく、今のうちから積極的に勧誘すべきかもしれない。


「いっそのこと来年から各教室から役員をくじ引きで選出するのはどうです?」

「徴兵制度か。兵員の確保はできるが、士気が低くて脱走兵がでそうだな」

「そんな仕組みを作ったら入学希望者が減って理事長が卒倒しちゃいますよ。ただえさえオープンキャンパスのことで疲れているのに……」


 理事長はオープンキャンパスの予約者数が前年を下回っていることに頭を抱え、また、嶋崎のような事件を再発しないよう教員への監督にも神経をすり減らしてもいた。

 自宅では理事長――つまり義母さんは学校経営のことを黙っているが、目に見えて憔悴しているので少しでも役立ちたいところなのだが。


「そういえば、今日ってオープンキャンパスの打ち合わせでしたよね?」

「そうだったわ。アリーシャ先輩、理事長からの指令を皆に伝えられましたか?」


 オープンキャンパスを成功させるべく、生徒会役員へ指令書が作成されていたようだが、受け取った副会長自身も未確認だったらしい。

 皆で内容を確認すると、当日にむけてやるべき事案が箇条書きで記されていた。


「こんなにたくさんあるんですか?」

「Oh、これはマズい! 勧誘は後回しだ、優先事項はこっちだぞ!」

「さっきまで短冊を吊るしていた人がなに言ってんですか!」

「仕方ないだろう、サプライズまで時間がなかったんだから! 生意気なことを言うと関税UPするぞ!」


 とんでもない脅しだが、今は怯まずに皆で意見を出し合わなくてはならない。



 来場した中学生は複数のグループに分かれて実験などの授業を体験し、校内を見学することにもなっており、僕らは当日にその補佐を担うことになっている。

 授業に関しては優等生の梨香さんと、自称学年首位――怪しいけど――の副会長に任せるとして、僕と立花姉妹は見学者の誘導を担当する。運動部の練習設備や、茶室やパソコン部のドローンを紹介できるように道順を決めれば興味をもってもらえるだろう。


「四人だと足りません。僕たちで協力してくれる生徒を募集しませんか?」

「いいえ、ここは理事長や校長先生を経由して募りましょう。私たちから無理に招集すれば夏休みが潰されることで反発を招くかもしれないわ」

「Oh、これで指令はクリアできそうだが……」


 不意に副会長が言葉を濁した。


「どうしたんですか?」

「いや、最後の指令が『野良猫への注意勧告。可能であれば捕獲も』とあるのだが、これはギャグなのか?」

「野良猫?」


 僕らは耳を疑った。


「そういえば最近、校庭で黒猫を見かけますよ。餌付けを取り締まれってことでしょうか?」

「たかが猫一匹でオープンキャンパスに影響がでるのか?」


 皆が首を傾げるなか、僕は先日学校の近所で『多頭飼育崩壊』があったことを思い出した。

 これは室内飼いしているペットを異常繁殖させてしまったことが原因で飼育不可能になる現象のことで、悪臭が原因で飼主と近隣住民との間でトラブルも起こっていたらしい。

 新聞にも掲載されたので、来場者のなかにこの事件を知っている人は多いはずだ。

 学校としては野良猫の隔離を試みつつ、適切に対処しているとアピールしたいのだろう。


「野良猫への作戦など外部組織に委託すべきだろうに、こんなの理事長の指令ミスだ」

「保健所やボランティアも多頭崩壊の件で精一杯なんだと思います。それで可能な範囲で僕らに対処させようとしたんでしょう」


 僕はこれに立候補した。

 猫の知識はあるつもりだし、道具さえあれば捕獲する自信もあった。

 まずは餌付けしている生徒を特定し、情報を集めよう。

 野良猫は一日のルーティンが決っているので、その人たちに訊けば出現位置や時間帯がわかるはずだ。


「あとは餌付けを止めるようにお願いしないといけませんね」

「遙輝くん一人で平気? 猫ちゃんをめぐってトラブルになったりしないかしら?」

「大丈夫です。僕の得意分野なので任せて下さい」


 愛くるしい猫の姿に餌付けをしているのだから優しい人たちなのだろうと、僕は楽観視していた。

 餌付けをしている先輩たちにお会いするまでは……。




※※※※



 前回予約投稿の日時を間違えて、投稿の順番が間違っておりました。

 第三部の『プロローグ』と『01.恋人との勉強会』も遅れて投稿したので、興味のある方はぜひご覧下さい。



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