第2話 市場と合言葉

「結婚式は七日後です。それと、明日にはウイッグと変装用品を届けさせます」


 わお! 出会って七日で結婚とかスピード婚にも程がある。

 でも、これから私の旦那様になるこの方は、王様から子供はよ作れってせっつかれて辛い立場なのかもしれない。


 婚約期間がろくにないし、独身時代が残り七日っていう状況下、市場に買い物くらい行っても良いよね。


 カジノでギャンブルとか言わないだけマシだと思って欲しい。



 翌朝には頼んだ通りの変装セットが揃っていた。

 私はどこにでもいそうな茶髪のウイッグを被った。


「奥様、荷物持ちは何人必要ですか?」


 私の護衛騎士のジェイデン卿に問われた。


「あまり大人数連れてたら変装してのお忍び効果が無くなるので、手で持てない量になったら、このお城に配達って可能かしら?

私は城の厨房で働く下働きのフリをするので」


「それは、可能です」

「では、合言葉を決めておきましょう」

「は? 合言葉?」


「私が店の配達人に合言葉を教えて、門番に通して貰うように頼みます。

門番が、クソ親父! と、言って、クソビッチ死すべし! と店の者が返したら、

よし! 通れ! って通してあげて欲しいのです」


「あ、あの、奥様、クソビッチとは?」

「体を使って男を誘惑する尻軽女みたいな……」

「お、奥様、もっと上品な言葉にしませんか?」


 イケメン騎士の顔が引き攣った。

 毎日思考の隅にあのクソ家門の者どもの事がよぎるので、うっかり脳内の毒が垂れ流しになってしまった。

 この城の人には関係無いのに、反省。


「えっと、じゃあ、キャベツ! と言ったら、生姜焼き! で返すように言います」


 この世界にもキャベツはあったのだ。何故か同じ名前で。


「生姜焼きとは?」

「美味しい料理の名前です」


「なるほど、では、それで良いです」

「なお、防犯に備えて、お買い物の配達で使う合言葉は、その日一日限りです。次回のお買い物ではまた違う合言葉を用意します」


「はい、城の防犯にまで気を使っていただいてありがとうございます」

「ちゃんとしたお店なら、商人手形を持っているとは思いますけどね、念の為です」


「門番にキャベツと生姜焼きの合言葉をメモと口頭で知らせておきます」

「はい、口頭だけだと忘れかねないですよね。クソ親父とかなら覚えやすいと思ったのですが」

「衝撃的で覚えやすいですが、いささか品位が……」

「はい、分かりました。次回もマシな……それなりの合言葉を考えます。

あ、お忍び中に奥様とか言われても困るので、サラとでも呼んでくださいね」


「はい、サラさん、とでも呼ばせていただきます」


 *


 私は村娘のような服の上からフード付きの外套を着て、冒険者風の服を着たジェイデン卿の馬に同乗させて貰って、二人で城下街の市場へ向かった。


 予算は十分に貰っている。



「わあ、賑わっていますね」

「辺境伯領は広く、至る所に魔獣の住む森や山やダンジョンが有り、冒険者も多いので」

「あー、なるほど」

「今日も閣下は魔物が出た森へ討伐に出ています」

「お勤めお疲れ様ですと、お伝えくださいませ」


 国境を守る辺境伯は、人間のみならず、日々、魔獣の脅威からも人々を守っている。

 そこは素直に尊敬出来る。


「旦那様にはぜひ、奥様ご本人からそれをお伝え下さい」

「……分かりました、寝る前に会う事がありましたら」


 私の言葉にジェイデン卿は苦笑した。




「安いよー、美味しい豚肉だよー!」

「おばさん、豚肉下さい、大ザル5個分、あと、そっちの豚の腸詰めも」

「毎度あり! 沢山ありがとう、持てるかい?」


 辺境伯はお金持ちだし、魔道具の冷蔵庫くらいあるよね?

 多めに買っておこう。

 あんまり頻繁には来れないだろうし。


「私、お城の調理場で下働きをしていて、買い出しに来たの。これ、お城に届けて貰える?」


 私は買った物を指差して問うた。


「ああ、ガードラス城の人かい。良いよ」

「ありがとう。合言葉をメモに書いておいたの、文字読めます?」


 平民は識字率がやや低いので念の為、聞いた。


「大丈夫、商人になるなら文字と数字は覚えないといけないから、ちゃんと勉強してるさ」

「失礼しました。防犯の為に、念の為にお聞きしました」

「いいって事よ! しっかりした子だね!」


 その後も、似た流れで、買い物をしていった。


 そしてしばらく市場を堪能してから、帰宅。いえ、帰城した。


「お帰りなさいませ、奥様」


 もう門番には私の顔はバレているようだ。

 あっさり声をかけられた。

 一応変装してるのに。


 あ、ジェイデン卿が隣にいるからかな?


「買い物をして業者と我々が合言葉を使うなんて、面白い発想ですね、奥様」

「もう届いた物がありました?」


「はい、既に二件来てます。沢山売れたから早く上がれたと。

商品も執事が離れの魔道冷蔵庫に入れているはずです」


「ありがとう。後からまだ三件来ると思うわ」

「かしこまりました」


「森へ出陣された旦那様はまだお帰りでは無いでしょうし、今から直接離れに向かいます」

「はい」


 さーて、何故かこの世界、醤油らしき黒いソースと味噌らしき物も珍しい輸入品らしいけど、都合よく売ってる店があったし、お米もお米のお酒も買えたし、生姜もキャベツも買えた。

 キャベツを刻んで豚肉の生姜焼きでも作ろうかな?


 離れの屋敷の魔道具のキッチンは、屋敷同様綺麗に手入れされていた。

 満足。


 

 ささっと着替えをして、手を洗って、肉をタレに漬け込み、下拵え。

 お米も炊く。


「サーシャ様、何かお手伝いでも……」


 メイドが遠慮がちに声をかけて来た。


「じゃあキャベツを刻んでいただける?」

「はい、かしこまりました」



 メイドにも手伝って貰って、程良き頃に焼きの作業。


 じゅうーっとタレの絡んだお肉が焼けると、すっごく香ばしい香りがする。


  

 ……完成!


「我ながら、上手く出来たのでは? 美味しそう~」


 美味しそうな生姜焼きを前にして、ぐう~~と、イケメンのお腹の音が鳴った。

 腹の虫は空気を読まずに無情である。


「も、申し訳ありません! 奥様!」


「いいのよ、今日ジェイデン卿を市場に付き合わせたのは私だし、生姜焼きを一緒に食べましょう」


「え、旦那様を差し置いて、そんな事は……!」

「真面目ねえ、じゃあ、えっと、毒見! それならどう?」

「ど、毒見なら仕方ありませんね!」


 騎士はキリリといい顔でそう言った。


「……とても、美味しいです! こんな味の料理は初めてです!」


 そうよね、私も発作的に恋しくなる、生姜焼きという料理。

 クソ家門の実家ではもったいないから作った事はないけれど。


 まあ、そもそも醤油が手に入らなかったけど。

 こっちは大領地らしく、珍しい調味料があって素敵。


「私もこの料理は久しぶりに食べたわ。美味しく出来て満足!」


 私はニッコリ笑ってそう言った。


「奥様のそのような晴れやかな笑顔は初めて拝見いたしました」


 ジェイデン卿はそんな風に笑えたのか、お前!?って顔してる。


「あら、まあそうね、あの実家と比べたら、ここは今の所天国よ」

「そんなに……」

「結婚相手だもの、どうせそのうち、調べがついて護衛騎士の貴方にも報告が行くでしょうから、隠しても仕方ないと思っているの」


 私は開き直っていた。

 次々に嫁が死ぬと噂の辺境伯にあっさりと侍女もメイドの一人も付けずに嫁がせるのは、親子間に愛が無いからだとすぐにバレるだろう。


「奥様……」

「実家との関係は最悪なの、でも今は、せっかくの料理を味わいましょう。

この料理はそっちの白いオコメと一緒に食べてみて?」


「はい。……美味しいですね、噛むほどに甘味が出るような、初めて食べる食材です。

甘辛くて美味しいタレの絡んだお肉とも、とても合います」


 そんな訳で、護衛騎士と一緒に美味しい夕食を食べた。

 食後は、護衛騎士が女性騎士に交代になった。


 食後にお風呂に入ってほかほかになった。

 暖炉にはちゃんと火も入っている。

 離れだというのに、ベッドも大きくて綺麗だった。


 本邸でなくてもここに住めます。


 二度目の人生はハードモードかと思ったけど、急にイージーモードになったみたい。

 って、そう考えるには楽観的すぎか。 

 

 まだ呪いの件がどんなものか全く分かっていないから。

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