【完結】異世界で急に前世の記憶が蘇った私、生贄みたいに嫁がされたんだけど!

第1話 二度目の生もハードモード

 中世ヨーロッパ風の剣と魔法のある世界にて。


 とある冬の日。


 伯爵令嬢のサーシャは義理の姉に階段で足をかけられて、転落。

 運が良いのか悪いのか、打撲くらいで死にはしなかったけど、その時の衝撃で前世の記憶が蘇った。


 毒親のいる家で生きてる私、最悪だなって、改めて自覚。


 今まで16歳の小娘らしく大人しく虐待されていたけど、中身は擦れた、魂が擦り切れた大人の女だ。

 反逆したいという気持ちが湧き上がる。


 社畜で過労死したんだ、前世の私。

 美味しい物をたまに食べるくらいしか楽しみの無い生活をしていた。

 何が悲しくて二度目の生もこんななの?


 結局、逃げようと多少は足掻いたけれど、冷血、無慈悲、呪われし破壊の辺境伯と言われる結婚相手に、我が伯爵家には二人妙齢の娘がいるけれど、本妻の子と言う事で、16歳の妹の私が差し出された。



 * * *


 ──話は少し遡る。


 私は亡くなった先妻の子。名前はサーシャ。サーシャ・フォン・ワーグド。

 美少女だけどグレーの髪に、アイスブルーの瞳の幸薄そうな顔をしている。

 ただ今、不幸の最中なので、辛気臭い雰囲気を醸し出していると思う。


 私のお母様が存命の時から父親は浮気をして、外に愛人を作っていて、お母様が亡くなるや否や、父は愛人を後妻に迎えた。

 連れ子の姉は後妻の子で17歳で、私より一つ年齢が上だった。


 姉はわがままだが、父親と後妻に溺愛されていた。

 私の両親はそもそも愛なき政略結婚だった。

 私は正妻の正真正銘の貴族の子ではあるが、大事にはされなかった。


 継母と姉の意地悪でメイドの代わりに買い物まで行かされたりもしてる。

 市場散策は好きだから、密かに息抜きにはなったけど。


 しかし、私の母の形見の品さえ無遠慮に奪う姉が私は大嫌いだった。

 最初に首飾りを奪っていった。

 次に毛皮のコートと襟巻き。


 私はこれはまずい、ほっとくと全て奪われてしまうと思い、絶対に奪われたくない形見の指輪などは隠す事にした。



 ──すると、どこに隠したのか、父親に聞かれた。


「サーシャ! イリーナの宝石は一体どこに隠した!? この家の財産は全て俺の物なのだぞ!」


「あれはイリーナお母様が実家から持って来た物です。

貴方達に奪われるくらいなら、捨てた方がマシなので川に投げ捨てました」


「はあ!?」

「嘘をつくな! ええい! 部屋中ひっくり返しても探せ!」


 メイドや執事がやれ、面倒な事になったという顔をして家探しを始めた。

 ──が、結果、見つからなかった。


「サーシャ! 本当に川に捨てたというの!? 馬鹿なの!? なんて忌々しい子!

馬車の用意を!

あなた、こうなったらこの子に自分で川の中を探して貰いましょうよ」


「そ、そうだな」


 ──本当に、父親はこんな下衆な女のどこに惚れたのか?

 大きな胸とくびれた腰と豊満なお尻か?

 見た目以外にいい所が分からない。


「さっさと探せ!」

「きゃあああっ!!」


 結果、私は実の父親に、冬の川につき飛ばされた。



 でも、川で宝石が見つかるはずない。


 形見の品は、私が先日メイド代わりに使われて、買い物をさせられた途中で、とある木の根元に埋めたのだから。


「いいか、サーシャ! 見つかるまで帰ってくるな!」


 と言われたけれど、もう無理。

 こんなやつらと一緒にいたくない!


「きっと流されて見つかりませんから、諦めて下さい!

私も家に帰る事は諦めて、修道院に行きます!

止めるなら、実の娘を冬の川に落とし、殺そうとした罪を新聞社に訴えに行きます!」


 私は寒さでがたがたと震えながらも、川から這い上がり、睨みつけて、そう訴えた。


「な、なんて親不孝な嫌な娘だ、今まで育ててやった恩を忘れて!

そこで凍えて死ぬがいい!」



 くそ親父は捨て台詞を吐いて執事と一緒に馬車に乗って帰っていった。


「た……確かに……このままだと新聞社や修道院にたどり着く前に凍え死ぬ……わ……ね……」


 カチカチと歯の根が合わなくなって来た。

 寒い!!



「君!! 大丈夫か? 真冬にずぶ濡れじゃないか!」


 見知らぬ金髪のイケメン騎士が現れた。

 神が私を憐んで遣わして下さった救世主だろうか。


 おそらく騎士は顔面蒼白で震えて地べたに座り込んでる私を見て、大丈夫じゃないのを察してくれた。


「失礼!!」


 マントを脱いで私を包み、がばりと私を肩に担いで近くの宿に連れて行ってくれた。

 そこは彼の泊まってる宿のようだった。


「濡れた服は脱いで、着替えは俺のシャツしか無いが、我慢してくれ。

あ、毛布で体を包んで暖炉の火に当たってくれ。髪もこの布で拭いて!

俺は温かい飲み物を用意して来るから!」


 親切な騎士はバタバタと自分の荷物をひっくり返して、シャツと毛布を貸してくれ、飲み物を取りに部屋を出た。


 震える指先のせいで服を脱ぐだけで一苦労だったけど、せっかく助けてくれた人の宿の部屋で死体になる訳にもいかない。


 私は頑張ってシャツを羽織った。

 ボタンは震えが収まったら留めよう。


 そして、濡れた体は乾いたけど、案の定、熱を出して寝込んだ。

 冬の川に落とされたのだし、仕方ない、死ななかっただけマシかも。


 騎士は医者まで呼んでくれた。

 騎士よる手厚い看護を受けて、熱冷ましを飲んで寝ていたら奇跡的に復活した。


「君、家は? あの状況で思わず知ってる宿に連れて来たが、今頃親御さんが心配しているだろう」


「帰れる家はもう有りませんので、修道院へ行きます。

親切に、助けてくださって、ありがとうございます、優しい騎士様」



 * * *


 回復後、自分から修道院に行ったら、数日後にクソ親に見つかって迎えが来た。



「テオドール・エイダ・ガードラス辺境伯との縁談があるから、サーシャ、お前が行け」


 え? 嫁いだ嫁が次々に非業の死を遂げると言われてる、あの呪われたガードラス辺境伯家に嫁げですって!?

 しかも今16歳の私とは年齢がだいぶ離れている。

 相手は三十代、後半だったような。


「既に家を出た私には関係有りませんわ」

「サーシャ! まだお前の勘当の手続きはしていない! これは王の命令なのだ!」

「え? 何故王が……」


「あの戦闘に於いて比類なき力を持つ辺境伯の血が絶える事は、王が許さぬのだ。

先妻が既に四人、呪いのせいか死んでいるが、誰一人子を残す事なく逝った。

お前が嫁いで子を成せ」


「結婚なら年齢的に姉が先では有りませんか?」


「黙れ! 一つしか違わない上に、今の妻は貴族出身では無い、後で卑しい血がどうとか文句をつけられてもかなわん」


 自分の娘だと言うのに、ずいぶんと都合の良い使い方をする。


「あの……」


 修道院のシスターが遠慮がちに声をかけて来た。

 親切なシスター達や修道院に迷惑をかけたくない。


 それに曲がりなりにも公爵クラスの広い領土を持つ辺境伯家なら出て来るお食事は美味しいだろう。

 修道院のお食事は質素過ぎて美食に溢れた日本の食事を思い出した今となっては地味に辛かった。


 せめて呪いで死ぬにしても、生きてる時は美味しい物がいっぱい食べたい。

 どうせこの人生でそんな長生きしても……たいしていい事も無さそうだし。


「分かりました、行ってもいいです。そのかわり修道院に迷惑をかけないで下さい」

「ふん、お前が素直に嫁げばそれでいい」

「……持参金は用意出来るのですか? 財政は良くなかったでしょう」

「向こうが持参金はいらんと言うのだ」

「……そうですか」


 私と言う娘を生け贄に……逆に支度金などのお金を貰っているんでしょうね。

 クズ親。

 嫁いだら二度と父親面なんかするんじゃ無いわよ。



 古びたウェディングドレスと、流行遅れのしょぼいドレスや着替えだけを持たされ、メイドもいない状態で、私は呪われた辺境伯の元へと送られた。


 お母様の形見の指輪などの宝石は修道院に行く前に掘り起こして隠し持っている。



 * * *



「サーシャ嬢、私が其方を愛する事は無いだろう」


 わあ! 前世で小説や漫画で何度か見た台詞だわ。

 あなたとか君とか、微妙に違うかもしれないけど、基本言ってる事は同じよね。


 辺境伯領の堅牢そうなお城に到着して、サロンにて辺境伯に対面するやいなや、まさか自分がその台詞を言われる時が来るなんて。


 私の目の前にいる黒髪で琥珀色の瞳のイケメン辺境伯はどっかで聞いたフレーズをそう冷酷に言い放った。


 ──でも、いいわ。


「はい、閣下。

愛さなくて結構ですので、一日三食と、清潔な寝床、寒さ暑さに配慮して、部屋や衣服を揃える事、暴力を振るわない事、愛は無くとも不自由ない生活を約束して下されば、それで良いです」


「そ、それは辺境伯夫人になるのだから、当然不自由なく暮らせるだけの事はする」

「かしこまりました、では、書面にて私の要望をのむと、今の約束を書き記して下さいませ」


「わ、分かった。……しかし、変わった人だな」


 それは確かに変わってるでしょうね。

 愛さない宣言されても、うすら笑いを浮かべてる花嫁なんて。

 あげくの果てに約束を書面で残す小賢しい女だと、悪印象でしょうね。


 でも呪われて死ぬリスクがあるなら、生きてる限りは辺境伯夫人として、美味しい物くらい、食べさせていただくわ。


「あ、他にも要望があります。

厨房に立ち入る権利をいただけるか、料理人が嫌がるようなら私専用のキッチンを下さいな」


「……はあ? 何故だ? 食事はきちんと提供する」

「夜中にふと、何か食べたくなる時もあるでしょうが、人を夜中に起こして料理させるのは申し訳ないので、自分で好きな物を作って食べたいと思っております」


「其方が自分で料理をすると?」

「はい。高貴な辺境伯夫人らしくは無い行動でしょうが、実は料理は趣味なのです」


 辺境伯も近くに控えている家令らしき初老の男性も、驚いた顔のまま、しばらくフリーズした。


 本当は作って貰った方が楽でいいけど、知らないであろう料理までを料理人にあれこれ頼むのも気がひける。


「そ、そうか、趣味だと言うのなら承知した」


 わりとすんなり言う事聞いてくれるあたり、そこまで悪い人でも無さそう。

 冷酷無慈悲と言われてる割には。

 戦場で無慈悲だとそういう噂が広がるのかもしれない。


 いや、愛さない宣言はされたけれども、愛なしの政略結婚なんて普通にあるし、うちの親のように。

 いや、くそ男の方はもう親とは思わないようにするんだったわ。


「閣下、この領地にどんな素材があるかも分かりませんので、ウイッグなどの変装用品と、市場に行く許可もくださいませ」


「市場!? 欲しい食材があるなら業者を呼べば良いと思うが」

「市場散策も趣味なのです、気晴らしにもなります」


 気晴らしと言うワードに反応したのかな、眉間に皺が寄っているけど、

 折れてくれそうなオーラを察知。


「……はあ、護衛は絶対につけさせていただくが」


 ため息を吐きつつも、やっぱり、折れてくれた!


「それは仕方がありませんね、護衛はいかにも騎士然とした衣装より、冒険者風の衣装を着せて下さいませ」

「ああ」

「注文の多い嫁で本当にごめんなさいね」

「ごめんと言う顔はしていないようだが」

「うふふ」


 笑みを刻んだまま、しれっと要望を出しまくる私に、辺境伯は呆れている。


「とりあえず、サーシャ嬢、其方の護衛騎士を紹介しておこう、ジェイデン、入れ」

「失礼します」


 辺境伯の城の豪奢な扉を開けて入って来たのは……見覚えのある人だった。


「え!? あの時の親切な騎士様!?」

「あ! え!? 君、いや、あなたは……」

「何だ? 知り合いか?」

「えっと、先日危ない所を旅の騎士様に助けていただいて。その節はどうも」

「いえ、当然の事をしたまでです」


「そう言えば先日伯爵領に用事で出かけていたな、その時に会ったのか」

「はい、閣下」

「まあ、良い、とにかくこの者が其方の護衛騎士だ」


「ジェイデン卿、これからよろしくお願いします」


 あの親切な騎士様が私の護衛騎士なんて、不思議な縁だね、私的には不愉快な相手じゃなくてラッキーだけど。


「はい、奥様」


 まだ、結婚式も挙げてないけど、奥様と呼ばれた。

 どうせ式も略式になるんだし、どうでもいいか。


「キッチンを今から作るとなると、時間がかかるので、しばらくは離れの方で構わないだろうか?」


「離れですか? 既にキッチンがあるなら、ずっとそこの物でも良いです」

「本邸と行き来が面倒ではないか?」

「冬の間はちょっと寒いでしょうけど、私のわがままのせいですから、構いませんわ」


 そう言えば……愛する事はないって、夫婦の夜の営みはどうなるのかな?

 子供を産ませる為に王が結婚をごり押ししてるみたいだけど。


 ──まあ、なるようになるか。


 今はまだ、呪いがどんなものかも分からないし、辺境伯は一見、屈強な体つきの健康体に見えるし、家門そのものが呪われているとも聞く。


 でも嫁が次々に非業の死を遂げる理由を聞くと特大の地雷になりそうだ。

 怖くて面倒な事はひとまず置いとこう、考えるのをやめた。


 そうやって……私は自分の精神を守るのだ。

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