第7話 誓いの朝に。
「それでね? もう追放されたあたしを雇ってくれる研究所なんて、王都のどこにもないよ……! 〈魔砲〉試作一号があったって、あたしじゃ使えないし、これからどうしよう……! ってひとりでうつむいてトボトボと歩いてたら、あの噴水の前で大事なカバンをひったくられちゃったんだ。えへへ。しっかり握ってたはずだったのにね?」
――陽が少しずつ、昇り始めていた。
そう言って家の壁に背をあずけていたアルケミは、となりの俺に顔を向けて、いたずらっぽく小さく舌をだす。
「さ、あたしの話は、これでおしまい! 聞いてくれてありがとう! ね! 今度はカノンのこと、聞かせてよ! なんで昨日初めて会ったとき、あんな見るからにボロボロだったの?」
「いやボロボロって……。けど、そういやあんたにもまだ言ってなかったな。昨日俺は――」
そうして俺は、語りだした。自分の夢と未来を根こそぎ奪われたアルケミの壮絶なそれとは比べものにならない、同じ日に起きた、ちっぽけで、ゼロの俺にとっては本当にありふれた、よくあることのひとつでしかない――そんな理不尽を。
「そっか……。あたしとおんなじで、カノンもあのときクビになってたんだ……」
いま俺から聞いた事実を反すうするようにアルケミはそうつぶやくと、「うん」とひとつうなずいてから。
「あはは……! やっぱりカノンって、変わってるね……!」
心から楽しそうに、くすくすと笑いだした。
「はあ? あんた、さっきもそれ言ってたけど、いったいどういう――」
じゃり。
「ねえ、気づいてる? カノンだけ、だったんだよ?」
「……え?」
――問い返す俺にうしろに手を組んだアルケミが一歩近づく。見上げ、向けられたのは、潤んだ翠色の瞳の真剣なまなざし。
「あのとき。あたしがたすけて、って叫んだあのとき。あの中央広場には、いろんな人がたっくさんいたのに。でも、動いたのは、あたしをたすけてくれたのは、カノンだけだった」
そこでくすっとアルケミが吹きだす。
「なんか見るからにボロボロで、人をたすける余裕なんて、とてもなさそうだったのに。いま聞かせてもらったけど、実際そんな余裕まるでなかったのに。それでもカノンは、見ず知らずのあたしを、魔力も使えないのに体を張って、たすけてくれた」
アルケミがすっと目を閉じて、一度息を吐いてから、つづける。
「……ねえ、カノン。もう……ううん。とっくに気づいてるんでしょ? あたしが
「……ああ」
――確信したのは、ついさっきだけどな。けど、あんたがつぶやいた計測不能。あのとき撃った、とんでもない威力。勝手に体から漏れだす七色のもや。魔力枯渇。そこから導きだされる、俺が魔力を使えない本当の理由。俺は――
「あたし、運命かもって、思ったんだよ?」
「え?」
「なにもかもなくして奪われたあたしが、たったひとつ大事に握りしめてた、錬金魔導技師をつづける夢を叶えるための希望。〈魔砲〉を使える、きっと世界でたったひとりのひと――カノンがあたしの前にあらわれたこと」
さあっ、と風が吹いて、アルケミの赤みがかった茶色の髪を揺らす。
「それも、困ってる見ず知らずの女の子を放っておけなくて、自分の体を張ってたすける、すっごくお人好しで――かっこいい男の子が……だから、もう一度、言うね?」
じゃり。
「カノン、お願い……! あたしの
一歩前に進んだアルケミがすぐ近くでまっすぐに俺を見上げていた。朱に染まった頬、潤んだ瞳。差しだされた、少し震えて、汗ばんだ手。
俺は――
「……なあ、アルケミ」
「え、あ、あたしの名前、初めて……!?」
「あの魔道具――〈魔砲〉、もう一度俺に貸してくれ」
「え、あ……! う、うん……!」
――受けとったその魔道具を手に、ふう、と大きく深呼吸する。
「えっとね! 上のここ! この
「ああ、こうだな……!」
――あのときの一発は、言ってみればただの暴発だ。なんの覚悟も意思もなしに、たまたま俺が触っただけの。
ふたたび俺の中のなにか――魔力が急速に吸い出される。キイイイイィィッ! とものすごい音とともに、その銀色の細長い筒に垂直に取っ手がついたような魔道具――〈魔砲〉が、ふたたび俺の手の中で七色に激しく輝く。
――けど、これは、いまのこの一発は……!
カチリ。
「俺の! 意思だ!」
轟音とともにふたたび上空へと放たれた、天を裂く一条の光。まだ薄暗かった朝空の裂かれた隙間から、陽光とともにキラキラと七色の光の残滓が降りそそぐ。
「カノン……!」
たっ、と小走りに近づいてきたアルケミに、今度は俺から手を差しだした。
「ならせてくれ……! アルケミ……! 俺をあんたの
そっと、両の手のひらが重ねられた。
「うん……! いけるよ……! ぜったい……! あたしとカノンなら、どこまでも……!」
――そして、ここから始まる。俺とアルケミのこの理不尽で過酷な運命を変えて、人生を逆転するための戦いが。
ドタドタドタッ! バタンッ!
「な、なな、なんなのですっ!? いまのすごい音と光はっ!? って、あ……!? お、おにいちゃんと、アルおねえちゃん……!? こ、こんなに朝はやくに……そ、そんなに近くで手をぎゅうってにぎって、見つめあって……!?」
「ひゃっ!?」
「み、ミニカっ!? ち、ちがうっ!? こ、これは……!」
突然、家の入口からあたふたとあらわれた妹の姿に、俺たちはあわてて手を離して距離をとった。
「ぐすっ……! やっぱりそうだったなのですね……! おにいちゃんにも、ついに春が……! 少しさびしいですけど、アルおねえちゃんなら、ミニカは安心してしゅくふくできるです……!」
「あー! だから、ちがうってっ!?」
「あはは! ……あたし、一生忘れないよ? 昨日のことも、いまのことも……。だって、あたしの運命のひとと出会って、たがいに誓いあった日なんだから」
「い、いまなんか言ったか!? あ、アルケミ! くすくす笑ってないで、いいから、あんたからも……!」
「はーい! ミニカちゃん! カノンとあたしがうるさくして起こしちゃって、ごめんね? じゃ〜あ〜、おはようの、ぎゅ〜!」
「わぷっ!? く、くすぐったい、なのです〜!」
――その始まりは、どこかしまらなくて、にぎやかで楽しい、二人のこんな誓いの朝からだった。
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