クロックアウト -THE LAST PREPARATION-

一ヶ月毎に旨味成分上昇

琥珀色の世界

 中学二年の夏、俺の誕生日だった。


 仕事の都合で世界を駆け回る父も家に帰ってきて、毎年祝ってくれる。母もそれを待ち望み、いつも以上に張り切って仕込みをしていた。滅多に帰って来ない父の方が主役になってしまうが、それでも悪い気はしなかった。

 プレゼントにパソコンとか、ゲーム機を買って貰うというようなことはない。稼ぎがいいから、そういうのじゃなくても買えるというのもあるが、それ以上に面白い土産話が聞きたかったのだ。年に三回、俺の誕生日と母の誕生日、そして結婚記念日にしか帰らない父の話は、一字一句ワクワクして聞いていた。成人したら共に旅をしようとか、そんな話もしていた。毎度帰って来る時は大勢の人を連れてくる。仕事仲間だとか、現地で知り合った友人だとか、経緯は様々だったが、皆お祝いをしに来てくれた。それぞれが好きなものを持ち寄ってくるからテーブルはお祭り騒ぎだし、父が家に居る間は飽きというものが無かった。


 父が帰らなかった。


 正確に言えば、帰らぬ人となった。酒を飲んで叫びながら、家から少し歩いた大通りのビルから飛び降り、死んだ。と、ニュースが流れたのは翌日だった。誕生日、毎年必ず帰って来ていた父が帰らなかったことで、母は半ばパニックになりながら、父を探しに家を出たのはその日の夜八時だった。家は暗く、出来上がっていた料理は全て冷め、父母の帰りを待つ俺は、確実に過去のどの誕生日よりも暗く落ち込んでいた。


 父の死が知れ渡っても、父の知り合いは誰一人として葬式に顔を出さなかった。薄情な奴らだ、とは思わなかった。なぜなら俺宛てに手紙が無数に届いたからだ。その内容はどれも似通ったものだが、どれも体裁とかを気にして当たり障りのないもので済ませようといった書き方ではないことが伝わった。

 父は別れが嫌いだった。誕生日で帰った時も去る時はいつもいつの間にか居なくなっていたくらいに。それをみんな分かっていたからこなかったというのもあるだろう。実際、父の兄の伯父さんに葬式をやらないで欲しいという旨の話を数年前からしていたという。

 母は既に両親が逝去していたため、他の親族との関わりもあまり無く、葬式は俺と伯父さんだけで執り行った。


 両親の死という事実がダイレクトに記憶に刻みつけられた。感覚としては、小学生のときランドセルに教科書を詰め込むだけ詰め込んで、背負った時の重圧とそれを小一時間くらい背負った後下ろした時の体が雲のように軽くなったような開放感が同時に襲ってくるのに近い。

 仮にこれがなんらかの超常現象なのであれば、ありがた迷惑もいいところだ。


 喪中明けから、しばらく学校に行かなくなった。

 受験期になって、先生から「普通以上の高校を目指すのは厳しい」と言われた。当然だ、学校に行かなかったのだから。

 同時に先生が勧めてきたのは、名前を聞いたことがない学校だった。まともな下調べなどしていないから、近所の高校以外知りもしないので特段珍しくもないが、先生が言うには珍しい学校らしい。その時ほとんど話を聞いていなかったが、推薦をくれるということで、行けないよりはマシだろうと思って志望校に選んだ。「一人は推薦に選ばなければならない」とも言っていたし、今思えば厄介払いのような側面もあったのだろう。



  ◆



  私立東京統合全科学院高等部。学びたい教科を自分でチョイス、全日制、定時制、通信制選択可能、各科目は履修そのものが資格に繋がる夢のような学校。しかも私立の癖に入学金、授業料もろもろ全て零円。理由はある。各国の富豪が挙って資金援助しているのだ。世界各国から将来有望な人材を入学させて、育てる目的のため創立した。日本の東京のほかにも、中国、アメリカ、ロシアと名だたる国に同系列の学院が創立した。富豪達はその有望な人材を取り置きするために、最大級の支援をする。まさにエリートの為の学院だ。


 白石悠斗、十五歳。文武いずれも平均程度である俺はどう考えても場違いだった。


「———という事実を胸に、君達新入生には多くの学を身に付けて欲しいというのが、教員一同の願いです。以上」


 入学式の大目玉、校長と理事長のくそ長い話が幕を閉じ、いよいよクラスでの初めてのHRとなる。とは言ったものの、クラス分けはほぼ無意味で、大学のように受ける授業の講義室に自ら足を運ぶし、毎日朝と帰りにHRをやる訳でもないので今日が実質最初で最後のクラス活動になる。定期試験もクラスで行わないし、本当に何故あるのかは分からないが。


「———本日はこれで終わりだ。各自気をつけて下校するように」


 そのホームルームも大したことはなく、ただ学院についての説明があるばかりだった。学習する科目も事前に決めてあるし、本格的にクラスでやることはない。クラスの他の連中は各々グループを作り放課後は遊び回るのだろう。グループに勧誘もされず、参加もしなかったのは俺含めクラスには二名程度しかいない。もう一人のそれは女子だが、俺と同類の匂いがしないでもない。群青のポニーテールが目立つ子だった。名前は知らない。俺の方は別に無いのだが、その子の周りには話しかけるなとでも言うような空気が支配しており、誰もコソコソと何かを喋ったりなどせず、俺以外は全員教室を後にした。

 ふと彼女の顔をチラリと見るとたまたま目が合ってしまい、何故かしまったと感じてそそくさと教室から逃げた。

 この教室は明日から英語の授業を受ける人間しか入ることはない。俺も来ることはないだろう。俺には一応用事というものがあって、別にそういう誘いをされなくとも困ることはないのだが、果たして彼女は大丈夫なんだろうか。同類な気がしないでもない人間だから、妙に気掛かりだ。かといって俺から何か出来ることもない。まぁでも別にただ目についただけで関わりは何もないので、だからといって何かしようとは思わないが。


 用事というのは、伯父さんの喫茶店の手伝いだ。あの一件以降、喫茶店の手伝いを条件に住まわせて貰っている。元々両親と暮らしていた家は、一人では広すぎるし、寂しかった。

 伯父さんとの間に会話はほとんどないが、もう二年も一緒にいると安心感がある。やはり父と何か似たものを感じるからだろうか。だが、やはり違いというのもある。

 一番の違いは、やはり手料理を食べられることだろう。喫茶店を営むだけあり、料理の腕は確かだ。特に伯父さんの作る『砂糖入りナポリタン』は、独特なコクがあって凄く美味しい。どういう調合なのかは、伯父さんしか知らない。だからここでしか食べられない味として、一定数の常連が店を占める。俺も営業終わりによく作って貰い、食べている。


 伯父さんは、今日は入学祝いだといって、普段よりも六時間も早く店を閉じてケーキの仕込みを始めた。


「砂糖を切らしてしまった。弱ったな」


 伯父さんの料理は砂糖を使うものが多く砂糖の在庫も大量に抱えていたが、それでも切れるときは切れてしまう。


「俺が買ってくるよ」


 どうせ暇だから、という理由でお遣いを申し出ることにした。


「あぁ、ありがとう。じゃあ一袋だけ買って来てくれ」


 ついでに、ゲームセンターにでも寄って、クレーンゲームの一つでもやって帰ろう。



  ◇

 


 スーパーでは、駅の近くというのもあってか昼間だというのに混み具合はかなりのものだが、偶然にも教室で目が合った子が買い物をしていたのが見えた。たまたま目に入ったカゴの中にはお菓子やらレトルト食品やら不健康そうな並びのものが乱雑に積まれていた。


 ………顔上げると見ていたのをとっくに気付いていた彼女が俺をじとりと睨んでいた。割と距離が離れていたのに何で勘づかれたんだろうかと疑問を感じたが、俺は居た堪れず軽く会釈をしてその場からすぐに立ち去り、砂糖を買ってさっさとスーパーを後にした。どういう訳か、彼女の瞳からは全てを見透かされるような感じがして、思わず距離を置こうとしてしまう。彼女に悪い印象を与えていなければいいのだが。


 スーパーを出て、少し気になって振り返ってみたが、当然あの子は居ない。居ないはずなのだが、何故だろうか、視線を感じる。彼女がどこかで俺を見ているのだろうか?そんなことはないとは思うが、想像してみると少し寒気を感じた。

 ゲームセンターに寄ろうという考えなどすっかり忘れて、心霊番組を見た夜の廊下みたくそそくさと走り、真っ直ぐ喫茶店まで戻って来た。視線の正体は分からず仕舞いだったが、少し怖かったので無理に知ろうとしなくてもいいだろう。

 伯父さんに砂糖を渡し、一番近いテーブル席に座る。手持ち無沙汰で、卓上の紙ナプキンを一枚とって広げたり、また折り畳んだりして時間を潰してみる。くしゃくしゃになってもう折り畳めなくなったので捨てつつ喫茶店二階の生活スペースへと向かう。ここで伯父さんと二人で生活している。風呂や洗濯機が二階にあるのは珍しいのではないだろうか。ワンルームマンションみたいで少々窮屈だが、この方が性に合っていると感じる。二階には寛げる場所が自分のベッドくらいなので、とりあえず寝転がってスマホをいじる。


「おーい悠斗、すまんがイチゴを買って来てくれないか?」


 寛ぐ間もなく伯父さんにまたお遣いを頼まれる。二度手間だが、どうせ暇なのでちょうどよかったと、そう思う。



  ◇



 先程砂糖を買いに行ったスーパーへまた入る。さっきより若干空いていた。


 というか、誰も居なくなっていた。


 ここは駅前のスーパー、混まない時間帯はないと言っていい。それが、店員も含めて人っ子一人居ない。不安になって外に出てみると、さっきまでと同じように人が歩いている。駅前の植木には待ち合わせで待っている人がちらほらといる。きっとこれから遊びにでも行くのだろう。スーパーにだけ、人が居ない。同じ曜日の同じ時間帯に、既に何回か来たことがある。こんな光景は見たことが無かった。異常だ。


「なんだよ…これ…」


 怖いもの見たさもあっただろう、ただこのままイチゴが買えないのは腹が立つとでも思ったのだろう。再び店内へと足を踏み入れた。さっきより注意深く観察してみる。店内が恐ろしいほど静かなのと、人混みがない故にとても広く感じる。

 加えて、さっき感じた視線が、スーパーに再び立ち入ってからまた感じるようになった。

 何かが起きた、が何が起きたのか分からない。


 ガンッ


「っ!?」


 大きな音が響く。音のした方はバックヤードの出入り口だ。恐る恐る近づいてみると、さっき見て周ったときには開いていなかったバックヤードの扉が開いていた。

 と、バックヤードから何やら影が出てきた。その影は盛り上がり、やがてヌルリとした黒いタールのようになり、長髪で猫背の大男を形成した。最後には目の位置が白く光り、キョロキョロと何かを探し始めた。

 やばい、そう感じた俺は迷いなく出口へ向かって走って———行こうとしたのだが、それをやめて立ち止まる。

 なんと入り口の反対方向に同じように黒い影に襲われかけている、あの子がいたのだ。

 それを見てしまい、思わず立ち止まって助けようかと考えてしまった。それ故に、黒い影が既にこちらに気付き、徐々に速度を上げて近づいて来ているのに気付くのが遅れてしまった。

 そうして俺は逃げようとしたものの足が絡れてすっ転んでしまい、黒い影にいとも他易く追いつかれてしまった。黒い影が転んでひざまづいた俺を見下ろす形になっている。

 黒い影はブワッと膨張し、上から俺に襲い掛かろうとした。鼻先に黒いタールみたいなものが触れようとした瞬間———。


 動きが、止まった。


 黒い影はピタリと、凍りついたように動かなくなった。走馬灯か、とも思ったが、それにしては周りを見渡せるし、というか体を動かして影の後ろに回り込むこともできた。


「驚いたかな?」


「うわっ」


 背後からニュッと少女が出てきた。俺より二回りほど幼く見える。目を見ると、なるほど、さっきから感じていた視線とどことなく似ている。ずっと感じていた視線は、もう他に感じられないし、きっと正体はこの少女で概ね間違いないだろう。


 しかし、そうすると今度は次の疑問が出てくる。


「小さい」


「初対面で最初の一言がそれかい?酷いなぁこれでも君より五倍は長く生きてるのに」


 この少女の目的である。小さいのも確かに気になるところではあるが、俺より五倍も生きているという発言である。聞き間違いじゃなければ、この少女(?)は七十………?


「というかあんた、さっきからずっと尾けてきてたよな。一体なんなんだ、俺に何かあるのか?」


「そうだね、君には非常に大事な話があるね。ただまぁ折角だからボクの『狩り』に利用させて貰ってから、ゆっくりしようと思ったんでね」


「『狩り』…?」


「そう、狩り。この建物、それが狩猟対象さ。今君を襲った影は、その一部だね」


 建物? 狩猟? 一体何を言っているのか分からないが、少なくとも俺が何かヤバいことに巻き込まれそうで、きっとこれを聞いてしまえば後戻りが出来なくなると、警鐘が聞こえる。


「待ってくれ、俺はそれ以上聞きたくない。聞けば後戻り出来ない気がする」


「いいや待たない、自分から訊いておいて何を言ってるんだい。それに後戻りしたいというなら既に手遅れさ。もうとっくに取り返しのつかないところまで巻き込まれているんだよ。そう、君の両親が死んだとき——いや、あるいは生まれた時には既に、もうこうなることが決まっていただろうさ」


「おい、何であんたが俺の父さんと母さんが死んだことを知ってるんだよ」


「それも含めて君は今から言うことを聞いて、そしてそれをやり遂げる必要がある。それにほら、そこの彼女さんも助けたいだろう?」


 まだ二回…いや三回程度しか顔を合わせていない人を恋人扱いされたが、そんなからかいも頭に入って来ない。


「一体なんなんだよ…」


「まぁ待て落ち着け。ほら、まずは見渡してみたまえ、何かおかしい点があるだろう?」


「おかしい点…?」


 おかしな点といえば、さっきから普段賑わっているはずのスーパーに全く人がいないことと、タールのような影があることだろう。だがきっとそんなことではないのだろう、わざわざ訊いてくるのだから。


「色が…」


 よく見ると、景色が全体的にオレンジ…いや———琥珀色に染まっている。窓から覗く空も、全く蒼くない。普段からこのスーパーに通っていることから、ガラスは無色透明であると知っている。


「どうやら違いに気付いたようだね」


「これは狩猟対象の…?」


「残念ながら違うね。これは『君の力』さ。そして、同時にボクの力でもある」


「な……何を言って———」


「ようこそ主人公、『琥珀色の世界』へ」


「『琥珀色の』…」


「そうさ、この世界では君と…今のところはボクしか動くことが出来ない。絶対無敵さ」


 少女(?)はこの『琥珀色の世界』では我々以外の全て時間の流れが止まり、一切の攻撃を受け付けないと、そう言った。


「だがしかし、同時にこちらから干渉することもできない。ほら、試しに彼女さんのおっぱいでも揉んでみてみるといい。きっと弾かれてしまうだろうね」


 おっぱいは揉まないが、試しに触れてみると、バチッと電流が流れてくるような感覚と共に触れようとした指が弾かれてしまった。確かに、干渉を拒んだようだ。


「さて、ではこの子を助けてかつ影からどうやって逃げるか考えてみようか」


 幸か不幸か、彼女と影との間にはそれなりの距離がある。声を掛けて、手を引いて外までダッシュをするには、充分くらいには。


「ん、どうやら案外早く行動は固まったみたいだね。それじゃあ、君が好きなタイミングで琥珀の世界を解き放つといい」


「解き放つったって、どうすればいいのか…」


「うーむ、難しい質問だ。これは慣れの問題だからね、呼吸の仕方を教えるのは非常に困難だ」


 逆に呼吸の仕方を教えられたとしても、それを実践出来るかどうかは分からない。箸を使ったことがない人に、箸の使い方を教えてもそう簡単に使いこなせないのと同じだ。


「ならば何かきっかけになる言葉でも決めてみるかい?そうすれば、君が『琥珀色の世界』をどうしたいときにどう言えば出来るか、頭で理解出来るだろう?」


 確かに理にかなっている。この方法なら自分自身でどうするのかが具体的に分かる。文字を書く時に、書くものを言いながら書くような要領で、深呼吸する時に吸って、吐いて、と先生に言われるようなイメージで、行動に追従するだろう。


「ああそうだ、『琥珀色の世界』が解けたらすぐに行動を始めるんだ。まぁ、言わなくても分かるか。言葉は君自身で決めるんだ。覚悟が決まったら言葉に出せばいい。———なんてったって君は既に『主人公に選ばれている』」


 意味深な言葉を他所に、俺はとっくに覚悟を決めて、それを再び確認した。もう、振り返らない。一気に走り抜けよう。彼女を連れて、すぐ逃げる。


「………『動け』———」


 空から蒼が取り戻され、影は熱を帯びる。あの子の汗がほろりと垂れる。少女(?)は満足そうな表情を向ける。俺は行動を開始した。


 影は襲い掛かろうとした俺の姿を見失い、驚いたような動きであたりを見回し、俺を見つけるとすぐさま追いかけてきた。俺はそれを尻目にあの子目掛けて全力疾走する。距離は流石にスーパー、それなりにある。彼女にたどり着き手を引いて逃げ———

 彼女はひょいと俺をかわした。


「あっ」


「ほう?」


 不可解なのは、俺は彼女に触れる直前まで、こちらを見ていなかったことだ。彼女を襲う影も、俺の足音に目もくれていないのに、彼女がこちらに注意向ける隙は無かった。それなのに避けられた。

 俺は想定外のことにバランスを崩し、襲い掛かる寸前の影の目の前に転げ落ちてしまった。今日はよく転ぶ。

 俺は絶体絶命の状況で一か八か試してみようと考えた。そう、再び『琥珀色の世界』を呼び出すのだ。


「っ……もう一度……『止まれ』———」


 襲い掛かろうと飛び込んでくる影も成す術なく世界は再び琥珀に閉じ込められ、俺と少女(?)を除く全てが熱を失った。

 荒くなった呼吸を整え、回り込んで体勢を立て直す。


「すぅーーーーーーーー………ふぅーーーーーーー………『動け』———」


 世界が再び琥珀から解き放たれると、襲い掛かろうとする影、追いかけてきた影がちょうどぶつかり、ミルククラウンが弾けるようにぐちゃりと歪んだ。あの子は、俺が瞬間移動したように見えたのだろう。驚いた表情で俺の方を見ている。

 俺はその隙に彼女の手首を掴みスーパーの入り口まで走る。


「いいねぇ、もう使いこなしているみたいだねぇ。流石は———」


 さっきまでどこで何をしていたのか、少女(?)は俺の傍からニュッと出てきて喋り掛けてきた。走っているから半分以上聞こえていないが。

 結構全力で駆けているはずが、少女(?)はまるでというか本当にスライドして俺に付いてきている。これも、『琥珀』のようになんらかのの能力、とでもいうのだろうか。


 『入り口専用』の文字がはっきり読めるところまでダッシュすると、握った手から強めの抵抗があった。足を止めて振り返ると、物々しい形相で俺を睨みつけてくる彼女と、横で面白がってニヤニヤする少女(?)の姿があった。


「一体なんなの!?いきなり事が起こりすぎて、訳が分からないわ!」


「えーとこれは、どう説明すればいいのか…」


「あんたも何も知らないっていうの?私には『視えなかった』のに」


「『視えない』ってどういう」「お喋りもいいけど、あっちを見てみて」


 少女(?)は俺の言葉を遮るようにして、影の方に指を指した。二つ影は俺達の方向で猛スピードで駆けてきていた。


「とにかく、まずここから出よう。あと少しだ」


「なん……ええそうね、まずは出ましょう」


 外まではあともう少しだ。走って入り口から外に出る。振り向くと、影も追いかけて外へ出ようとするしたものの、見えない何かに弾き飛ばされて、ビチャっと地面に飛び散った。その後再び元の形に戻るも俺達を見失い、やがて彷徨ってスーパーの何処かへと消えてしまった。

 その様子を最後まで見届け、緊張が解けたことで大きなため息をついた。


「お疲れ様、これで狩りは終わる」


 ああそういえば、そんなことも言っていた。脳に酸素が行き届いていないせいで、頭も回らない。


 そんな俺達を他所に少女(?)は入り口前の何もない空間に蹴りを入れる。するとそこの景色がぐにゃりと歪み、先程までいなかった男が立っていた。

 その姿勢はさっきスーパーで鬼ごっこをしていた影と同じ、いや、姿形もそっくりで、まるでさっきの影に色をつけたかのようだ。

 ピンクの長髪、ジーパン、デスメタルバンドを思わせるメイクに小物、虚な目は光っているようにも見え、不気味である。そして、その視線は未だもぬけの殻となっているにあった。


「オマエ…ラ…」


 どうやら彼は人間らしく、言葉を発した。が、少女(?)はお構いなく彼を攻撃しようと近づいていった。

 それに威嚇するような動きを見せ………前に、少女(?)はどこから武器を取り出すこともなく回し蹴りを繰り出す。男は避けようともせず、それをもろに喰らい———首から上が吹っ飛んだ。男からは鮮血が噴水のように吹き出し、倒れた。その血はドス黒いタールのようで、先程の影に似たおぞましさを感じさせられた。同時にスーパーには賑わいが戻り、あの異常はこの男によるものだと認識させられた。


 いつの間にか少女(?)と男のの姿はなく、スーパーの前には息を切らした男女の学生がいるのみだった。彼女は目まぐるしく起きる事柄思考が追いついていないようで、問いただすかのように表情訴えかけるも、


「……あんたは何も知らなそうね。私はこれ以上関わりたくないし失礼するわね」


 半ば諦め、俺を横目に再びスーパーへと入っていった。買い物の途中だったのだろう。

 俺は呆けたまま、しばらく固まった。

 ………考えても埒が明かない。そう悟った俺は、大人しく帰路に着いた。イチゴを買い忘れたことに気がつくのは、喫茶店のドアノブに手を掛けた時だった。

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