第16話
「お父様! 見て見て、私が編んだのよ!」
はしゃぎながらマフラーを差し出された子爵様はちょっと驚いた様子でそれを受け取った。ほつれもなくブローチまでおそろいのそれは店舗で見かけるものとさほど違いがないだろう、我ながら良い指導だった、思いながら笑うと、子爵様も笑ってくれる。ちょっと魔法を掛けたそれは温かいだろう。カシミヤと思しき自分のマフラーを一旦取って執事さんに預け、娘の編んだマフラーを身に付けると、子爵様はぱちっと目を見開いてから嬉しそうにアリサさんの頭を撫でた。
「魔法のように温かいね、この冬はこれで過ごそうか」
「本当!? 約束よお父様、今度はお揃いで手袋も編むね!」
「そんな複雑な形の物も作れるのかい?」
「お勉強すれば知識は付いて来るってお父様も言っているじゃない、御本を借りたの、これであったかいの作るから楽しみにしててね!」
はしゃぐ娘の姿にちょっと戸惑いつつ、その顔は朗らかだ。良いな、と思う。私も父にこんなことが出来るぐらいひねくれていない魔女だったら、少しは扱いが変わっただろうか。いや、無いな。私は呪殺の道具でしかなかったから、こんな和やかな親子にはなれなかっただろう。
と、それを微笑ましく眺めているコスタス様に、私は腕に下げていた籠から出した大き目のショールを出した。色は膝掛けと合わせている。もってよかった、大奥様の残り物。途中で色を変えたりしているけれど、不格好ではないつもりだ。コスタス様、と声を掛けると子爵様親子を眺めていた目がこちらを向く。ちょっと大胆に、私はその肩掛けを彼の肩に掛けた。ほわ、と声を出したコスタス様はきょとんとしている。
アリサさんに教えていたからちょっと出来が遅くなったけれど、私の方も編み上がったのだ。飾り編みを所々に散らせてあるから男の人っぽくないかな、と思ったけれど、コスタス様ははにかんだように微笑み、ありがとう、と言ってくれる。嬉しい。私も笑ってしまうと。アリサさんがじーっとこちらを見ているのが分かった。どうしたのかな、と思うと、にっこり笑われる。
「サーニャお姉ちゃんみたいなのも絶対覚えるから、出来たらチェックしてもらえる?」
「私のチェックなんて必要ないほど、アリサさんの腕は上達していますよ。必要なのは知識だけです。なんて言うと、子爵様らしいのかな」
「だってサーニャお姉ちゃんの方がまだまだ上手だもん! 私、一人でやってると自信なくなっちゃうよー」
「おやおやすっかり懐いたようだね、アリサ。サーニャさん、私からもお願いだ、頼めないかな?」
子爵様に言われると反抗できないのが貴族社会と言う奴で。
肩を竦めて、私は苦笑いをした。
「解りました。こっちに来た時は面倒を見させて頂きますね」
「やったあ! 雪が降るまでは週一ぐらいで足を運ぶってお父様言ってたよね? 私の事、絶対絶対連れて来てね! 寝てたら起こしてでもだからね!」
子爵様の領地はちょっと遠い。馬車で往復半日は掛かるだろう。その間に編み物をして、私のチェックを受けて、そこから学び取ったものを帰り道に生かすのかもしれない。どっちにしろ時間の使い方としては有効だ。勿論眠ったって良い。この前のコスタス様の誕生日には彼も疲れを取るためにそうしていた。なんとなく、貴族は時間の使い方まで贅沢だな、と思ってしまう。
私は偶然城で行われた舞踏会でコスタス様に声を掛けられたけれど、あの日は行きは憂鬱で帰りは恐怖だった。何と言っても全然知らない人の所に嫁ぐのだ。仕方のない反応だったと思ってもらいたい。お下がりの古臭いドレスが彼の目に留まったのだろう。大奥様の事を思い出したのかもしれない。それは今でも、分からない事だけれど。
子爵様が巻いて来たマフラーを掛けられて、アリサさんは手をブンブン手を振って馬車に乗り帰って行く。今日の仕事はもう終わりだ。口元をむゅむゅさせていたコスタス様はやっとそれを解いて、ぎゅーっと私の作った肩掛けを口元まで持って行った。匂いを嗅ぐようにされるのは恥ずかしい、とは言えあげたものはあげたものなのだからどう使われたって仕方ない。スキップでもしそうなご機嫌具合に、私も笑ってしまった。だって。可愛い。まるで子供のようにはしゃぐのだもの。
「日向の匂いがする。サーニャの匂いかな?」
「大奥様の毛糸ですから、そちらかもしれませんよ。取り敢えず冬中はそれでお過ごし頂けそうで安心しています。それに私、香水なんて持っていませんし」
「でも毎日、日向の窓で編み物をしていただろう? やっぱり太陽の匂いだよ。サーニャの香りだ。こうして包まれていると少し照れてしまうね?」
えへ、と笑ったコスタス様に、メイドさん達も笑う。んんっとそれを咳払いで鎮めるのは執事さんだ。そんな彼もちょっと嬉しそうにしているように見えるのは欲目だろうか。次は何を編もう。まだまだ毛糸はたくさんある。
でもその前に、地下の図書室に行かないとな。ぽてぽて歩いてキッチンに向かうと、コックさんが一人で鍋をかき混ぜていた。ビーフシチューかな、この匂いは。私は脂身の味しか知らないけれど。食べたことがあるだけ良い方だろう、飢えなくて済むのは良いことだ。
しょっちゅう食事抜きにされていた頃とは全く違うんだな、と改めて思う。良かった、ここに来られて。あの、と広い背中に声を掛けると。目元の笑い皺の深い彼はこれは奥様、と首を垂れる。
「何か御用ですかな」
「あの、数日以内にちょっとしたお砂糖菓子を作って欲しいのです。コスタス様たちには内緒で」
お砂糖菓子、とコックさんは首を捻る。
「そう言えば大奥様も昔、よくこっそりとお砂糖菓子を食べていられましたな」
多分それは、妖精との契約の為だろう。同じことをすると嗅ぎつけられてしまうから、私から妖精たちに送るものは変えた方が良いかもしれない。アリサさんと街に出た時に買ったチョコレートや飴も駆使して行かなきゃな。でも仮にも男爵夫人がこっそりお菓子のお店なんて行けるかしら。
それはちょっと、不安だった。
そしてそれは、的中する。
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