第5話:ま、あんたの場合はお兄さんが喜ぶと思ったからかもしれないけど

あらすじはネタバレがあるので一番下の後書き部分にあります。



◆◆◆◆



 メッシュの子が俺のことをじろじろと上から下まで見る。


「この子たち、私の同級生。こっちの背の高い子が麻美(あさみ)で、ミニマムなのが真子(まこ)」

「ミニマム言うな。背低いの自覚してるけどさ、他人から言われるとむかつく」

「ごめんね、うちの妹、口悪くてさ」


 俺は頭を下げる。ちなみは二人と一緒に書店の入り口から俺のところに来た。


 ――と思ったら、麻美が俺をじっと見る。


「……ふうん、この人がね」


 その声は何やら意味ありげだ。真子の方はまだいぶかしげな視線で俺を見ている。なぜか気に食わない様子らしい。


「あなた、ちなみのお兄さんなんだ」

「そうだけど。よろしく。俺は手塚正孝」

「どうも。私、神坂真子。で、あっちが湯川麻美」

「よろしくね~」


 麻美はにこにこ笑って手を振る。ああ、この子誰にでも気安く接してきて距離感がバグるタイプだ。ちなみが俺の手を引いた。


「あのさ、悪いけど私、まだ回りたいところがあるからさ、また今度……」

「あんた、お兄さんとデートしてんだ」


 真子がきつい声で言った。あちゃー、と言いたげな表情で隣の麻美が自分の顔を押さえた。


「は? 関係ないでしょそんなの」

「否定しないんだ。ふ~ん」

「なによ。別に兄貴を誘って買い物してただけじゃない」

「まあそうだけどさ。あんた、着てる服に気合入りすぎ。それで買い物だけだって冗談きつい」


 真子は笑いながらそう言ったが、目は全く笑っていない。まずいな。この子はたぶん、ちなみ以上に気が強いタイプの女子だ。


「変なの。わざわざお兄さんとそんなことする?」

「俺はまあ、荷物持ちだよ。ほら、今日暇だったからさ」


 俺は仕方なくおどけて、真子の注意をちなみからそらそうとするが、真子はこっちを見ないでちなみだけをじっと見ている。麻美の方を俺は困って目で見たのだが、「諦めてよ」と言わんばかりに麻美は大げさに肩をすくめた。


「真子、ケンカ売ってる? 私がどこで何しようが勝手じゃん。あんた先生か親でもないのに人のすることに口出すなってば」


 当然のようにちなみは怒り始めた。まあそうだよな。真子のしていることはどう見てもちなみに絡んでいるだけだ。その時ようやく、真子がこっちを見た。


「ちなみのお兄さん、知ってる?」

「ちょっと真子、やめなって」


 麻美がさすがにやばいと思ったのか真子の袖をひっぱる。


「ちなみ、彼氏募集中だよ。ナンパOK」

「真子!」


 ちなみが怒鳴った。


「事実でしょ。悪い? だってそうじゃん。おしゃれするのって全部男子の気をひくため。私だってそうだし、麻美だってそうだし、ちなみだってそうでしょ? じゃないとこんな大げさなことする?」


 真子はちなみのことを完全に馬鹿にしているようで、あざ笑うような言い方をする。


「ま、あんたの場合はお兄さんが喜ぶと思ったからかもしれないけど」

「あんた……自分ができなかったからって人に絡むの止めてくれない? うっとうしいんだけど。このブラコン」


 ちなみが言った「ブラコン」と言う言葉に真子が目の色を変えた。


「ちょっとそれ、どういう意味!?」

「そのまんま」

「は? めちゃくちゃ腹立つ!」

「あーあーあー、だからやめなってば。ねえ頼むからさ、ちなみの兄さん何とか言ってやってよ。このままじゃさ、キャットファイト開始だってば」


 麻美が俺の方を見てすがるような声を出す。麻美の方はまだまともらしい。


 真子が何でそんなにちなみを目の敵にしているのかは分からない。でもブラコンと言う言葉に過剰に反応したから、彼女にも兄がいるのかもしれない。


「真子、もういいかな」


 俺はケンカになる寸前の二人の間に割って入った。この際強引に体をねじ込むしかない。


「もうデートでもなんでもいいからさ、ちなみに意地悪なこと言わないでくれよ」


 俺は空気の読めないことを空気の読めない態度で言うしかない。


「俺チキンだしクラスの女子とデートなんて夢のまた夢でさー。ちなみに付き合ってもらってるわけ。えーそうですよ俺はどうせもてねーからな」

「なにそれ」


 真子は案の定しらけた顔で一歩下がった。どうやら爆発寸前だった激情にすこし水をかけて冷やせたみたいだ。


「と、とにかく、俺じゃ不便かもしれないけどさ、ちなみの荷物持ちでもなんでもやってんだよ」


 ここは無神経に自分の感情を吐露する作戦で乗り切るしかない。


「なんで?」


 真子がぶっきらぼうに尋ねてくる。話が通じそうで助かったが、それにしても、言葉少ななのに逆になんだか馴れ馴れしいような気さえする。


 拒絶するなら完全に俺を無視するはずなのに、まるでちなみを通して俺と話したがっているみたいだ。


「ちなみはいい妹だからな。今日だってこうやって一緒に買い物して楽しかった。女の子のおしゃれとか少しわかったし、結構時間と金かかってるんだなって思ったなあ。いやー参考になった。あははは」


 仕方なく俺は笑うしかない。真子は愛想笑いをする俺と、まだ苛ついた様子のちなみを交互に見る。


「仲いいね」

「普通だってば」


 ちなみが言う。


「そうかなあ……お兄さん絶対嫌がると思うけどな。カノジョでもないのに妹に振り回されるとかさ。嫌じゃないの?」


 ようやく真子が俺をはっきりと見た。何かを言いたげだが、それが何かは分からない。


「俺は別に構わないよ、今日だって久しぶりに一日だらだら過ごさなくて済んだしさ。感謝してるくらいだし、これからはちなみとちょくちょくこうやって買い物したいと思ってるぜ」


 俺が正直にそう言うと、真子は顔をわずかに歪めた。悲しそうな顔だった。


「……いいなあ」


 かすかに真子の口からそんなつぶやきが聞こえた。


「真子、もう行こう」


 麻美が真子の肩に手を置いた。真子はその手を振り払いかけて、ためらいつつやめた。やがてうなずく。


「……うん」


 真子はちなみの方を見て言った。


「ごめん。なんか浮かれてるあんた見てむかついたからひどいこと言っちゃった。悪かった」

「別に……いいけど」


 ちなみが言う。強がっているけれど、内心ほっとしたようだ。


「ちなみのお兄さんもごめんなさい」


 俺の方を見て真子は頭をちょっとだけ下げた。俺もほっとした。最初は意地悪でちなみに絡んでいるのかと思ったけど、なんだか彼女には彼女なりに辛いことがありそうだった。


「じゃあね。ごめんね~二人とも。気にしないくれると助かるかな~」

「ちなみと仲良くね。後……ちなみが彼氏募集中なのは本当だから」

「こら真子!最後の最後に地雷踏み抜かないでよね、普通言う?」

「だって……」


 麻美と口げんかしながら真子は俺たちから離れて行った。俺達はしばらく無言でいた。俺は笑って肩をすくめる。


「……まあなんか大変だったな、ちなみ」

「い、言っておくけど、私は兄貴を頼ったわけじゃないんだからね」

「ああ。俺が好きでしたことだからさ。ちなみは気にするなって」


 俺は肩の荷が下りた思いだった。いや~年下とはいえ女子にぐいぐい来られると緊張する。会話のテンポが速すぎるし、ちょっとアホなこと言ったら一瞬でバカにされそうな雰囲気が胃に悪い。まるでサムライの立ち合いだ。一瞬でも隙を見せたら斬られる、とかそういう感じの。



◆◆◆◆



第5話あらすじ:俺とちなみは、妹の同級生の麻美と真子と出くわす。真子は少しちなみに絡んでくるが、俺はちなみをかばったため、その場は丸く収まった。

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