超訳あり物件〜幽霊以外全部出る〜

星宮獏

ヒモ男のイデアと米津玄師

「この物件、あり得ないぐらい安いですね」

「あぁ、実はその物件は訳ありでして……」


「へぇ。人が死んだとかですか?」

「いえ、そういうのではないんですが……」


「じゃあ幽霊でも出るんですか?」

「幽霊は出ないんですけど……」

「幽霊以外の全部が出ます……」


不動産会社のおっさんの説明によると、その部屋にはランダムな日時にランダムな『何か』が出現するらしかった。その『何か』が何なのかは、出てみるまで分からないとのことだった。


「除霊してもらってから、幽霊だけは出なくなったんですが」

「わけの分からないものが色々と現れるから、入居した人もみんなすぐ疲弊して出て行っちゃうんですよね〜」

「困った物件です」


私は、自分の精神の頑丈さと体力には自信があった。その物件は、出町柳駅から徒歩2分で家賃1000円敷礼なしという異常な契約内容で目録に載っていた。問題は、その物件に何が現れるのかという点だけだった。例えば、幽霊は出ないとして、妖怪とかは出るんだろうか。あるいは普通に虫とかが出るんだろうか。様々な不安が頭を過ぎった。しかしそれらの不安を差し引いても、その物件の契約内容は魅力的だった。結局私は、無理だったら引っ越せばいいと考え、その物件に入居することにした。


******


引っ越し当日。私は不動産会社から受け取った鍵でドアを開けた。

驚くことに、その『何か』はすでに玄関で私を待っていた。


「こんにちは。ヒモ男のイデアです」


その『何か』はそう挨拶した。


「ヒモ男の、イデア……?」

「そう、イデアです。簡単に言うと、みんながイメージする究極のヒモ男の概念、みたいな……」

「今日から一緒に住むことになりますが、よろしくお願いします」


何で一緒に住むことが前提なんだ、と私は心の中でつっこんだ。とにかく、こんなわけの分からないものと一緒に生活するわけにはいかない。


「あの、出て行ってくれないかな?」

「えっ、なんで……」

「なんでも何も、ここ私の家だし」


そう言いながらも私は、彼の顔に惹かれつつあった。彼はとても美形だった。


「そんな……!他に行くところがないんです……!」

「後生です、人助けだと思って!邪魔にならないようにしますから!」


そう言うと彼は私に泣きついてきた。彼はここから追い出されたら死んでしまうと訴え、甘いマスクの涙目でじっとこちらを見つめてきた。私は顔が火照るのを感じた。私は生来の面食いで、彼の顔の造形はバッチリ私の好みだった。

私は彼の顔と、彼を家に住ませるデメリットとを天秤にかけ始めた。顔の良い概念と暮らせるのは魅力的だが、そのぶんお金もかかる。彼はヒモ男のイデアと言うぐらいだから、働いてくれることは期待しない方がいいだろう。

私はかなり迷ったが、無理になったら追い出してしまえばいいと考え、とりあえずの保留付きで彼を家に置いてやることにした。


「私はカンナ、感謝しろよ」

「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」


ヒモ男は品が良さそうにそう返した。私はイケメンに感謝されて、少し気分が良くなった。

部屋に入ると、私の荷物に混ざって、見知らぬエレキベース二本が部屋に置かれていた。ただでさえ狭い部屋なのに邪魔だな、と私は思った。


「これお前の?」

「ええと、うん。買ったというか、なんというか……。まぁそんなところ」


彼はモゴモゴとそう返した。何か怪しいな、と私は思った。


「ふーん。ってか住めると分かったとたんタメ口なんだな、お前……」

「それよりお金持ってんのかよ。なんかヒモらしくないな……ん?」


私は第六感が働いて、何となくズボンを探った。ポケットが明らかに軽くなっていた。私はポケットから財布を抜くと、中身を確認した。数時間ほど前までそこにあったはずのお金が、なぜか全部なくなっていた。


「お金が、消えてる!?」

「実は、カンナさんのお金で、買っちゃった……」

「はぁ!?いつの間に抜いたんだ!このドロボー!!」


私は驚きと怒りでそう叫んだ。何なんだこいつは。


「いったいどういうことだ!説明しろ!」

私は彼の胸ぐらを掴んで問いただした。彼はバツが悪そうな顔で答えた。


「実は超能力を使ったんだ……」

「超能力!?」


「ヒモも、イデアのレベルになると超能力が使えるんだ」

「僕の能力名は米津玄師」

「米津玄師!?」

「米津玄師は、いつどこにいても飼い主の財布からお金を抜くことができる」


彼は若干ドヤ顔でそう解説した。ハチ時代からの米津玄師ファンだった私はブチギレた。


「誇らしげに言うな〜〜!!」


私は彼を部屋から追い出そうとした。すると、彼は通り雨のように態度を変えて、またべそをかいた。私はそんな彼を見て、なんかそういう種類の犬みたいだなと思った。

彼は潤んだ目をこちらに向けて、何やらかんやらと窮状を訴えた。私は彼の話なんて聞いていなかったが、彼のその眼差しで再び顔が火照るのを感じた。彼の瞳に見つめられると、不思議と彼が私なしではダメになってしまいそうに思えてきた。私は猛烈に迷ったが、ひとまず一週間という執行猶予つきで彼を追い出さないことにした。なぜかそうしてしまった。


「次、米津玄師使ったら追い出すからな。あと、お釣りは返せ」

「はい」


ヒモ男は素直にそう答えた。私はとりあえず部屋のダンボールを開封していくことにした。


「そういえばお前、名前は?ヒモ男のイデアだと呼びにくい」

「リョウスケです」


こうして私とリョウスケの、奇妙な同居生活が始まった。


******


私がバイトから帰ってくると、リョウスケはSwitchでスマブラをしていた。私が買ってやった、というか彼が勝手に買ったベースを練習した気配は1mmもなかった。私はイラッとした。


「リョウスケは何になりたいの?仕事しないからにはそれなりの理由があるんだよね」


私は彼に問い詰めた。ちゃんとした答えが返ってこなかったら追い出すつもりだった。


「僕は音楽で、有名になりたいんだ」

「へぇ、なんで?」

「そうすれば、カンナに恩返しできるし」

「えっ、ありがとう……」

「それで、有名になったら……」

……


彼は滔々と自分の夢を語りだした。私はだんだん彼の夢の話に惹かれていった。彼を応援してあげなきゃ、と私は思った。


「じゃあベース、いっぱい練習しなきゃだね」

「今日は休みの日だったんだ……」


彼は決まりが悪そうにそう答えた。私は不思議とその言葉に納得してしまった。

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