第268話:パーティーへ向けて
〜ラムス・フォン・バイズ視点〜
私の問いかけに、珍しく驚き固まった様子で目を白黒させているカイト。
そんなカイトの様子が面白く、少しの間、時間を空けてから、
「失礼しました。ですが、私の認識では、カイトの一番身近にいる女性はキアラだと思っていますが」
「それは、そうです」
「ガッドで2人の様子を見ていたときにも、ここで久しぶりに2人を見たときにも、関係は良好に見えました。そのため、聞いてみたのですが」
言ってしまえば、カイトには早いところ婚約者を決めてもらいたいのです。欲を言えば、バイズ公爵家の人間、あるいはバイズ公爵家と関係の深い家の令嬢との婚約を。
しかし、私の娘であるミアは、まだ2歳です。13歳のカイトと2歳のミアの婚約は、貴族的には特に驚くことではないのですが、コトハ殿が認めるとは思えませんし、個人的には年齢が離れていると思います。
となると、バイズ公爵家と関係の深い貴族家の令嬢ですが、現状、カイトと面識のある令嬢はいないでしょう。
そうすると、明日のパーティー以後、関係を深めてもらえれば幸いですが、それでは他の令嬢とスタートラインが同じ。もちろん、カイトと相性のいい令嬢と出会う可能性もありますし、それがコトハ殿のお考えなのでしょうが、そこまで傍観するのは・・・・・・、難しいです。例えコトハ殿を怒らせることとなっても、今この場で話をしておくべきだと思います。
結局、バイズ公爵家に近い者がカイトの相手とならないのであれば、むしろキアラのような貴族ではない者が相手となることが望ましいのです。
もちろん、ここまであからさまな政治的判断をコトハ殿やカイトに示すわけにはいきません。ですので、カイトが個人的にキアラのことを思っていてくれれば幸いなのですが・・・
「えーっと、正直、真剣に考えたことは無かったです。キアラに限らず、結婚のことを」
「はい」
「けど、いつかは結婚するわけで、その相手は、全く知らない女性よりは、知っている女性の方がいいかな、と思います」
なるほど。
もちろん、聞くかぎりでは、最有力がキアラであることに間違いはないでしょう。
「では・・・」
「でも」
私が話し始めようとしたところで、カイトに遮られました。
「でも?」
「でも、キアラは嫌がると思います」
カイトの思わぬ発言に、耳を疑ってしまいました。
キアラはカイトに助けられ、その後行動を共にしています。カイトのことをかなり慕っていたように思うのですが・・・
「それはどうしてですか?」
「キアラは、その、貴族の身分が嫌、というか苦手なんだと思います。僕は将来、フォブスやベイルと一緒に仕事がしたいと思っています。つまり、貴族として生きていくつもりです。・・・その、コトハお姉ちゃんは特殊ですし、ポーラも貴族令嬢、という感じではないですから。僕自身、フォブスとベイルと一緒に働きたいですし」
「ありがたいです」
「でも、そうすると、僕の妻は、貴族の妻として生きることになります。キアラは、それを嫌がると思います。貴族自体にいい印象を持っていないですし、貴族の輪に入れられることも嫌だと思うので」
・・・・・・カイトの言うとおりでしょう。
キアラをカイトたちが助けた経緯は聞いていますし、後処理の結果も聞いています。それを聞けば、キアラは貴族に嫌悪感を抱いても仕方がないでしょう。
コトハ殿との関係は良好なようですが、それは“クルセイル大公”ではなく、“コトハ殿”との関係ですからね。
「分かりました。少々先走った話を、それも言いにくい話を聞きました。謝罪します。コトハ殿にも後日、お詫びに伺います」
「コトハお姉ちゃんは大丈夫です。コトハお姉ちゃんの心配は嬉しいですし、最大限甘えようと思いますが、僕自身は貴族的な考えを否定するつもりもないです」
「・・・そうですか。でしたら、失礼な話をしたついでに一応補足しておきます。カイトは大公弟です。一般的に、その正妻として釣り合うのは、少なくとも伯爵家の令嬢以上。基本的には侯爵家の令嬢以上でしょうか。あるいは、他国の王族や高位貴族の令嬢。仮にキアラと婚姻するとして、身分の問題があります」
「はい」
「ですが、まずもってコトハ殿が認めれば、基本的に問題ないです。それが下位貴族の令嬢であろうと、平民であろうと。大公家の当主が認めれば、それで。もちろん、何か言ってくる貴族はいるでしょうが、そこは、その、コトハ殿ですから」
「ははは・・・」
「加えて、例えば高位貴族の養子にすることもできます。正直に申しますと、カイトがキアラとの婚姻を望むのであれば、キアラを私の養子にして、公爵家の令嬢としての身分を与えた上で、カイトと婚姻することを提案する予定でした。私の貴族的な打算が大いに含まれる話ではありますが、カイトやキアラ、そしてコトハ殿にも益のある話ですので説明させていただいて」
「ありがとう、ございます・・・?」
「ですが、それはカイトの、そしてキアラの意思を無視した案。コトハ殿の考えに反するのはもちろん、私としてもそれを強く押す気はありません。よければ、頭の片隅にでも置いておいてくれれば幸いです」
「分かりました。・・・その、ありがとうございます」
今回はこの程度でしょう。
これ以上押して、無意味にカイトやコトハ殿の不興を買うのは愚策ですし、カイトの考えを聞けただけでも良しとしましょう。
カイトとキアラの関係が今後どのように変化するかは分かりませんが、現状としては、私は2人の仲が続くことを願うのが最善に思えます。
ですが、そんな事情を無視してカイトにアプローチを仕掛けてくる貴族令嬢が出ないとも限りません。いえ、必ず出てくるでしょう。そして、それは早ければ明日にでも・・・
「カイトの気持ちは分かりましたし、私も出過ぎた真似をしました。改めて謝罪します。カイトの考えを無視して話をした私が言えたことではないのですが、カイトの気持ちに関わらずアプローチを仕掛けてくる貴族令嬢はいるでしょう。そして、明日はその絶好の場面となります」
「・・・はい」
「確認ですが、明日はポーラと2人での出席ですね?」
「そのつもりです」
「分かりました。もちろん、先ほどの人脈の話。あれはカイトにも当てはまります。将来、貴族として生きていくつもりであるのなら尚更、同年代の貴族家の子女とは交流を持ってほしいです」
「はい」
「なので、最低限、あなたに近づく貴族令嬢の中には、そのような考えを持っている者がいることは忘れないようにしてください。もちろん、明日以降出会う貴族令嬢と良い関係が築けるのであれば喜ばしいことだと思います。コトハ殿のお考えもあるでしょうし、私が口を挟むことではありません。ですが、先ほどの話だけは覚えておいてください」
「はい」
この話はここまでにしておきましょう。
「失礼な話を長々と失礼しました。私がこのような話をしていたことはコトハ殿にお伝えいただいて構いません。私の方から説明と謝罪に伺いますので」
「その、今のお話でコトハお姉ちゃんが怒ることはないと思います。僕自身、ありがたく思っていますから」
「・・・感謝します。それでは、残りのお話をいくつか。パーティーは、フォブスとノリスが挨拶を行い、基本的に残りは立食形式で自由に歓談を行う形となります。2人が挨拶の中で、カイトとポーラを紹介すると思いますが、カイトとポーラに挨拶を求めることはいたしません」
「はい」
「歓談の際にはできるだけ、親と子女とが分かれるよう促す予定です。このようなパーティーでの作法について、教わったことは覚えていますか?」
「ええっと、パーティー特有なのは、料理を皿にとっている最中や食べている最中は話しかけてはいけない、というのと・・・、爵位の低い者が爵位の高い者に話しかけてはいけない、です」
「その通りです。少し捕捉すると、話しかけられるのを避ける目的で、料理のスペースに居座り続けるのもマナー違反です。ですが、話を終えたい場合などに、『少し料理の方へ』というのは許されます。また、爵位の高低ですが、準男爵家はともかく、男爵家当主と大公弟ではどちらが上の扱いとなりますか?」
「男爵家当主です」
「はい。では、男爵家の当主がカイトに話しかけてくると思いますか?」
「・・・・・・思わないです」
「ええ。原則的には話しかけても問題は無いのですが、おそらく話しかけてはこないでしょう。そして、当主ですら話しかけてはこないのですから、子女は尚更です。ですから、カイトやポーラには積極的に子女に話しかけてもらいたいと思います。でないと、誰とも話せないまま時間が過ぎることになりますから」
「それは・・・。意識します」
「パーティーは初めてで緊張しているのでしょうが、先ほども申しましたようにほとんどの子女がこの規模のパーティーは初めてです。また、カイトやポーラはミスが許される立場です。細かいことは気にせず、同世代との交流を楽しんでもらえたらと思います。また、疲れた際には食事に逃げるか、少し退出するか。あるいは、フォブスやノリスなど、知り合いと話すようにしてください。私も使う手法ですので」
「はい!」
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