第266話:情報交換

砦の中で、捕虜を尋問するのではなく、お客さんと話をするのに適している場所は限られていた。というか唯一それに適した場所が、この砦の司令官室。モニック曰く、「金で地位を買った貴族の馬鹿息子」の部屋だった場所だ。


趣味の悪い調度品は撤去され、一応使えそうな応接セットと、執務机だけが残されている。

その応接セットに向かい合い座る、私とゴードウェルさん。


この世界に来て、旧ラシアール王国、現在のカーラルド王国の関係者については、アーマスさんをはじめ多くの立場ある人と話してきた。しかし、他国の貴族など地位ある人と話した経験は無い。確か、ジャームル王国の使者相手に脅し文句だけ伝えたことはあったが、あれは話したには入らないだろう。

そう考えると、初めての他国の貴族との会談、か・・・


「改めて、同胞へのご配慮、心より感謝申し上げます。無念な最期を遂げた同胞たちも、亡骸をクルセイル大公殿下、マーカス殿たちに見つけていだたき、救われたと思います」

「こちらこそ、心からのお悔やみを。どうか、故郷に帰ることができるよう、祈っています」


形式的なお礼と挨拶を終え、ゴードウェルさんが話を始める。


「それで、クルセイル大公殿下。いくつかお話ししたことがございます。が、その前に2点、よろしいでしょうか?」

「ええ」

「ありがとうございます。まずは、私の立場です。先ほど申しましたように、ウォーレン王国から子爵位を賜ってはおります。おりますが、他国との交渉に関する地位や権限は与えられておりません。私にあるのは、精々が部下十数人を率いて、ダーバルド帝国内の施設に潜入し、同胞を探し、救う権限のみ。その一貫として、是非ともクルセイル大公殿下とお話しさせていただきたく思いますが、特に外交に関する点では、何ら確定的なことを申し上げることはできず・・・」

「それについては、私も同じです。大公、ではあるけれど、何というか・・・、政治には関与しないので。今回は、事情があって特別に軍事行動に参加しただけ。国王や宰相に、ここでの話を伝えることはできるけれど、それ以上のことは難しいです」

「なるほど・・・。承知いたしました。して、2点目ですが。ダーバルド帝国についてです。貴国、カーラルド王国は、ダーバルド帝国とは敵対関係にあると理解してもよろしいのでしょうか。我がウォーレン王国は、直接の戦闘こそ多くはありませんが、明確に敵対しております。故に、貴国の立場によっては、失礼ながらここを辞する必要があり・・・」

「そうですね・・・。少なくとも友好的ではないです。ウォーレン王国ほど、明確に敵対しているかは微妙ですが、両国の国境沿いにダーバルド帝国が建設した砦を、力尽くで奪うことが了承され、必要ならある程度の追撃が認められている程度には」

「左様ですか・・・。承知いたしました。失礼なことを申しましたこと、重ねてご容赦を。是非クルセイル大公殿下と、お話しさせていただきたく存じます」


笑顔で頷いて返しておく。

・・・が、だめだ。もう既に疲れた。ゴードウェルさんは権限がないとか言ってるが、それでも生まれてから“貴族”として生きてきたのはよく分かる。付け焼き刃の私とは、前提が違う。幸いなのは、私が大公であること? 他国に貴族としての階級がどの程度通用するのか分からないが、彼の丁寧すぎる態度から見て、ある程度は影響するのだろうか・・・


「それでは話を、ってことなんですけど。内容は、ダーバルド帝国や奴隷のことでいいんですよね?」

「はい。私は、同胞を連れて一度帰国する予定です。その際に、本国に伝えることのできる情報を得られれば、と。反対に、我々が入手した情報もお伝えいたしますので」


それから、私たちは情報交換を行った。

基本的に、私から伝えられるダーバルド帝国の情報は、『異世界人』についてや、ジャームル王国と戦争が始まったこと、後はモニックから聞いた話くらいだ。これらについては、話しても問題はないと、両団長やマーカスに確認はしてある。


反対に、ゴードウェルさんから得られた情報は、ウォーレン王国の話に加えて、奴隷が多く捕らわれているダーバルド帝国の町の名前や大まかな場所の情報など。聞くかぎりは、こちらが得た情報の方の価値が高そうだが、ゴードウェルさん側では『異世界人』についてほとんど知らなかったようで、驚いていた。それに、どうやら『魔族』の遺体を丁寧に扱ったことへのお礼も含まれているようなので、ありがたく受け取っておく。


そして最後に、


「最後に、『半竜人』について何か知らないですか? 奴隷にされているのを見たとか、助けた人から聞いたとか」

「『半竜人』ですか・・・。先ほど子どもが1人いらっしゃいましたが・・・」

「うん。あの子はこの砦で保護したのだけど、家族や同族の行方がね。本人も、物心ついたときから奴隷になっていたようで、名前すら知らない状態だったから」

「ダーバルド帝国は、奴隷から名を奪いますからね・・・。申し訳ないですが、『半竜人』については・・・・・・、そういえば、1つ」

「情報が?」

「真偽は不明ですが、角や翼、尾を持つ『魔族』の奴隷が、ダーバルド帝国の実験施設で魔獣・魔物の管理をやらされていると。それが『半竜人』なのであれば、『半竜人』が放つドラゴンに近いオーラを利用している可能性があるのではないかと・・・」

「ドラゴンに近いオーラを放つ『半竜人』なら、魔獣・魔物も怯えるから、飼育が簡単ってこと?」

「はい。もっとも、それが『半竜人』であるとの確証はございません。それに、施設の場所も不明でして・・・」

「ううん。ありがとう」


それから、両団長がいくつか実務的なやり取りをしていた。大要、亡骸の運搬方法についての打ち合わせだ。

だが、11人の遺体を6人で運ぶのは無理。そのため、馬車を借りるという話になっていたのだが・・・


「それさ、うちで送ろうか?」


思わず口を挟んでしまった。しかも、どうにか取り繕っていた敬語を投げ捨てて・・・

・・・・・・もう、いいや。

ここから馬車で、しかもダーバルド帝国を避けながら森を抜け、ダーバルド帝国の南西に位置するウォーレン王国まで向かうとのこと。少なくとも1か月以上はかかり、場合によっては2か月を超える。ウォーレン王国やゴードウェルさんたちとの関係が今後どのような展開を迎えるかは定かではないが、こちらとしては大した手間無く恩を売れるのならやっておいても損はないだろう。というか、実際に頑張るのは『赤竜』たちで、私は頼むだけだし・・・。今度、『赤竜』たちには何らかの形でお礼をしてもいいかも。


「それは・・・」

「貴方たちも見てたでしょ? この砦を襲わせたドラゴンの群れ。彼らに棺を積んだ馬車・・・か、箱のようなものを持たせて、ウォーレン王国まで送るって話なんだけど、どう?」

「・・・・・・」


ん?


何故か言葉を失ったゴードウェルさん一行。

彼らの再起動を待つこと数十秒、


「あ、あの。失礼ながら、やはり先ほどのドラゴンの群れは・・・」

「配下って言い方は好きじゃないけど、私に従ってくれてるドラゴンたちよ。今回はいろいろ面倒だったから、ちょっと強引にね」

「さ、左様ですか・・・・・・。ふぅー・・・。失礼いたしました。是非、クルセイル大公殿下のご厚意に甘えさせていただきたく存じます」


と、先ほどよりも緊張した面持ちで、深々と頭を下げるゴードウェルさん一行。

・・・・・・これは、怖がられた? いや、普通に考えりゃ怖いわな・・・

面倒だったからと、ドラゴンの群れを投入する大公の女。うん、彼らの想像の埒外の存在なのは間違いなかろう。


それから、ケイレブとホムラを通じて、『赤竜』数体に『魔族』の遺体が入った棺を収容した箱を持ち、ゴードウェルさんの案内で遺体をウォーレン王国へと運ぶよう頼んだ。

ドラゴンが飛んでくれば同じくパニックになる危険があるが、目指すのはウォーレン王国の対ダーバルド帝国用の砦らしく、民間人はいないのでパニックは最低限に抑えられるだろうとのこと。


また、別の『赤竜』にクラリオル山の麓にある砦まで飛んでもらい、馬車を持ってくるように頼んだ。帰りはこの砦から『赤竜』便で帰ることにする。

両団長が、麓の砦にいる部隊の一部をこちらに移動させたいとのことだったので、その旨が書かれた指示書を『赤竜』に持たせ、麓の砦へと向かわせた。できたら、『赤竜』と一緒に誰かが行ければいいのだろうけど、「力を認めていない者を乗せるのは嫌だ」とのことで、この方式になった。今回の件が済んだら、『赤竜』に力を認めてもらうべく頑張りたいと何人かの騎士が意気込んでいたので、是非頑張ってほしい。



先ずはウォーレン王国に向けて『赤竜』便とゴードウェルさんたちが出発し、次いで麓の砦へ向けて『赤竜』が出発した。

麓の砦へ向かった『赤竜』は、その日の遅くにこちらへ移動する部隊を乗せた馬車を持って帰ってきた。その後、両団長とマーカスたちから引き継ぎが行われ、翌朝早く、私たちは『赤竜』便にて王都への帰路に就いた。


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