第262話:圧倒的な戦力

一通り話を聞き終え、マーカスたちと共に秘書の男から少し離れる。

叫んだり逃げ出そうとしたりする様子もないので、猿ぐつわを戻すことはしていない。まあ、ここで叫ばれても問題はないんだけどね。協力的であれば、こちらも相応の対応で返すというメッセージだな。まあ、その辺はプロに任せる。


「今の話をまとめると、インディゴの他に助け出すべき人はいない。・・・生きている人は。情報源として有用なのは、今まさに戦闘を指揮している男か」

「はい」

「捕まえるの、結構手間だよね」

「そうでしょうな。ですが、あまり考える必要もないかと。敵が逃げる最中に、拘束する機会があれば拘束する程度で」


と、マーカスが提案してきた。両団長も頷いている。


「なんで? さっきの話だと、その将軍とやらもいろいろ知ってそうだけど」

「もちろん、可能性はあります。ですが、あの男よりも有用な情報を知っているかは・・・。前提として、口の硬さが違います」

「・・・と言うと?」

「あの男は文官です。文官も武官、騎士も仕える主に忠誠を誓いますが、この状況でも奮闘している様子を見る限り、その重みが違うかと。将軍を無事捕えたとして、口を割らせるのは骨が折れるでしょう」

「なるほど」

「加えて、先ほどの話を踏まえれば、ダーバルド帝国にとってこの砦の扱いはかなり下でしょう。大方、ここにいきなり砦を築いたことをもって、我々への楔にしたのかと。現に、コトハ様の全面協力がなければ、手を出すのはかなり大変でしたでしょうから」


再び頷く両団長。


「つまり、戦いとかは期待されていない、・・・捨て駒が置かれてた?」

「はい。少なくとも、死んでも何ら問題はないのでしょう。そのような砦の指揮を任される将軍が、有益な情報を持っているとは考え難いかと」

「本人は命がけで、逃げずに戦ってるのに、捨て駒って・・・」

「そんなものです。特に、ダーバルド帝国は下位の兵士の扱いは酷いことで有名ですから。そんな中でも最後まで戦おうとするあの将軍の忠誠心は、ダーバルド帝国の軍属にしては珍しいものですが・・・」

「そうなんだ・・・。まあ、捕まえる労力に得られる情報が見合わない可能性が高いなら、いいか。そしたら・・・、敵を砦から追い出して、余裕があれば探して捕まえるってことで」

「「「はっ」」」


マーカスの説明を前提にしても、なお有益な情報を持っている可能性は高いが、捕まえるための労力や危険を考えれば、捕まえられたらラッキーくらいに思っておくのがいいかな。


それから、捕虜の移動についてや、騎士や魔法士の移動について確認し、ケイレブたちに攻撃の合図を出す用意を整えた。



 ♢ ♢ ♢



私は、ケイレブと並んで威嚇するドラゴンと砦の少し後ろあたりを飛んでいた。まあ、それなりに高く飛んでいるから、下から見えはしないだろけど。

ケイレブも人の姿だ。


「それじゃあ、ケイレブ。そろそろ。囮をしている『古代火炎竜族』は・・・・・・、元気そうだね」

「ええ。あの距離から放たれる矢は、当たったことを感じてすらいないでしょう。投石機により発射される岩も、そうですね・・・、人の姿で小石をぶつけられた程度でしょうか。顔に当たれば痛さを感じますが、見たところ胴ですから」

「そうだねぇー・・・。けど、まあ。身内が岩や矢をぶつけられてるのも気分悪いし、そろそろ解放してあげよ」

「・・・身内、とは大変ありがたいお言葉です」

「ふふっ」

「それから、保護したという『半竜人』ですが。どうなさるのですか?」

「うーん、なんだかんだ引き取ることになりそうだけど・・・。それはいいんだけど、できれば本当の家族を見つけてあげたいんだよね。その、生死に関わらず」

「・・・そうですね。伺った色などの特徴から、ホムラの言うように、『古代水竜族』あるいは『水竜族』の系譜で間違いがないかと。我々と同様、自らの系譜に連なる『半竜人』の集落などは、把握しているでしょうから、連中に聞くのが簡単でしょうか。もちろん、インディゴを捕らえたゴミ虫共に聞くのも手ですが」

「そうだねー・・・。ひとまず、ここを片付けて、捕らえた捕虜に詳しく聞いてからだね」

「はい」


そう話しながら、再度の砦の様子を確認する。

効いていないのは分かっているだろうが、反撃もしてこないドラゴンの様子を不思議そうに見つめながらも、危険な距離にいることは変わらず、攻撃を続けるダーバルド帝国の兵士たち。


おそらく彼らは、攻撃したことを後悔しているだろう。

あのドラゴンがしたのは、咆哮と空中に向けて火炎の渦を放ったことのみ。

大きな翼をゆっくりと羽ばたかせながら、砦の近くに降り立ったに過ぎないのだ。


しかし、彼らはそれを見て驚き、攻撃をしてしまった。

もう、逃げられない。


砦の様子を確認し終えると、砦とは少し離れた場所に意識を向ける。

マーカスたちが潜伏し、ホムラがインディゴと一緒にいるのとは別の場所だ。

先ほど上空へ来たときに、私たちとは別の魔力を感じた方角。

距離からして、この砦に注目しているのは間違いない。魔獣・魔物のものではないような気がするが、魔力が薄く判別が難しい。といっても、魔力が少ないといったよりは、意図的に遮断している感じ。


「ケイレブ。あそこにさ、何か感じない?」

「・・・・・・確かに感じますね。あれは・・・、『魔族』かと」

「『魔族』?」

「はい。うまく魔力を遮断し、気づかれないようにしています。これほど精密に魔力を操れるのは、相当な腕を持った『魔族』かと」

「・・・なんで『魔族』が」

「それは・・・、分かりかねます」

「そうだよね・・・。まあ、後で確認するか。とりあえず、ここを終わらせよう。邪魔してきたら、そんときは、そんとき」

「はい」

「よし、始めてくれる?」

「御意」


ケイレブが、魔力を波打たせる。

最初にケイレブと出会ったときのように、テレパシーのようなものを、周辺で待機しているドラゴンたちに放った。


次の瞬間、まずは囮をしていた『古代火炎竜族』が、ケイレブのテレパシーに応じるかのように大きく咆哮した。


彼の口の周りに魔力が溜まり出す。


そして、耳を劈くような轟音と共に、太く黒い光の奔流が、砦の東側の壁や砦から出て直ぐのところで、綺麗な列を成して矢を放っていた敵兵をなぎ払った。後に残ったのは、横一直線に抉り取られた地面だけ。


「行け!」


一瞬で『人化術』を解き、元のドラゴンの姿となったケイレブがそう叫び、砦へ一直線に迫る。

後に続くのは、周囲から高速で集結した数十体の赤いドラゴン。


指示通り、投石機は破壊せず、横に積まれた岩の山へ身体をぶつけている。

また、調査が済んでいる建物をピンポイントで狙って、体当たりを喰らわせ、『火炎魔法』や『火魔法』で攻撃し、また『竜魔法』・・・、ブレスを放っている。



攻撃の威力や迫力に比して、砦や敵兵のダメージは少ない。

最初の攻撃で、弓を放っていた一団が消え失せ、建物や砦の一部が崩れるのに巻き込まれる形で死傷者が出ているようだが、その数も少ない。


冷静になれば、違和感に気づけるはず。

なぜドラゴンの大群が襲ってきたのか、なぜ1体が暫くの間攻撃に耐えていたのか、なぜ攻撃が命中しないのか、なぜ自分たちは無事なのか・・・


だが、そんなことを考える余裕は、彼らにはない。

ケイレブの率いる数十体から成るドラゴンの編隊が、数回目の攻撃を終え、高度を上げたのに合わせて、敵兵が逃げ出した。


剣も、盾も、弓も。手に持つ装備を投げ捨て、階級や指揮系統を無視して。我先に、砦の西側から逃げ出すダーバルド帝国の兵士。

残念ながら、敵兵をまとめる将軍、確か・・・プヘル将軍。その姿を捕捉することはできなかった。



 ♢ ♢ ♢



ダーバルド帝国の兵士たちが一目散に逃げ去り、砦からは人の気配が無くなった。

ドラゴンたちには、ダーバルド帝国を追い立てる勢子として、引き続き暴れ回っている。といっても、誰もいない場所や空へ向かって攻撃を放っているだけだ。

是非とも敵さんには、そのままパニックを維持してお帰りいただきたい。


ダーバルド帝国の兵士を追い出したところで、私たちは堂々と砦へ入る。

ドラゴンたちは、こちらの頼み通り砦の外壁自体には攻撃をあてることはほとんどなく、砦としては問題ない状態。3棟の建物が崩壊しているが、中のスペースが比較的広いため、他の建物は被害無しだ。


砦では、マーカスたちが急ぎ敵の残党が隠れ潜んでいないかを調べている。それと同時に、先ほど調査できなかった建物の内部を捜索している。


私は・・・


「お母さん!」


インディゴに捕まっていた。

ホムラと一緒にいることを了承してくれていたインディゴだったが、本人曰く「お母さんが一番」だそうで、ホムラと一緒に砦に入ってからは、私の側を離れない。


まあ、私の仕事は終わったので、別に構わないのだが・・・

ただ、私はマーカスたちより先に、ホムラと一緒に王都へ戻る予定にしていた。予定通りなら、4日後に建国式典が始まるはずだから・・・


どうしたものか、考えなければ。


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