第260話:お母さん?

幸い、捕えた敵兵が口を割るのは早かった。マーカスたちは拷問的なことをしてはいないとのことなので、忠誠心が低かった?

まあ、理由はともかく、砦の構造が判明した。もちろん嘘の情報を掴まされた可能性はあるので注意は必要。だが、マーカスにジョナス、両団長は口を揃えて「信用できる」とのこと。

曰く、「ダーバルド帝国で、辺境のあるいは最前線の砦に配置されている下位の兵士の扱いは酷く、忠誠心の欠片もない」とのこと。ダーバルド帝国の兵士の扱いは最悪。給与は低く、上官からの暴力は当たり前。半分以上は徴兵された兵士だが、僻地にある関係で逃げ出すのも自殺行為。そんなわけで、ある程度の扱いをしておけば、知っていることを洗いざらい話して捕虜になる方がマシと考えるそうだ。


ともかく、情報も揃ったので素早く行動を開始する。捕えた敵兵の処遇は後回しということで、塔の壁に作った足場を使って外に出す。後は、外で待ち構えていた騎士たちに見張りを任せ、捜索を開始する。


「分担は予定通りね」

「はっ」


私とホムラ、ライゼルさんと魔法士は『異世界人』の捜索。残りのメンバーは、ひとまずこの砦の指揮官を探しに行く。普通に考えれば、東側でドラゴンとの戦いの指揮をとっているだろうが、隠れていたり、1人先に逃げようとしていたりする可能性があるんだとか。他の高官がいる可能性もあるので、マーカスたちに捜索を任せる。



 ♢ ♢ ♢



私たちは、教えられた通路を通って地下に向かっていた。

捕えた兵によれば、砦の中にいくつかある建物の1つ、その地下に奴隷を収容している部屋があるらしい。『異世界人』がいるかは分からないが、探すならここからだろう。

もちろん、ドラゴンたちには戦い中に、疑わしいのが出てきたら、無力化して捕らえるように頼んである。


地下の監禁部屋へ続く通路に見張りはいなかった。

そもそも見張りを置いていないのか、東側でドラゴン対策をしているのか。いずれにせよ、今のうちに進む。


地下へと続く階段を降りると、フェルト商会やドムソン伯爵の屋敷にあったような、地下室にたどり着いた。周囲を見回しても光源が無いので、『光魔法』で照らし、調べていく。


「倉庫のようですわね」


ホムラの呟き通り、置かれているのは多数の木箱や袋。木箱の中には矢が大量に入っていたり、武具が入っていたりした。袋の中には食料や衣服、包帯などの消耗品が。


そうして捜索していると、


「クルセイル大公殿下」


ライゼルさんが私を呼んだ。


「どうしたの?」


ライゼルさんに促され進むと、


「っ!?」


私の首下くらいの高さの金属製の檻が複数。


「中に人は!?」

「右側の檻に1人だけ」


指された檻を見ると、中には子どもが1人。


「早く出してあげて」


直ぐにライゼルさんが、子どもが膝を抱えて座っていたのとは反対側の柵を破壊する。

姿勢を低くしながら、檻の中に入る。ホムラとライゼルさんが危険だからと止めようとしていたが、それを聞く前に中に入った。


「聞こえる?」


とりあえず、同郷者ではない。日本人ではない・・・、というか『人間』ではない。この世界の『人間』と地球の『人間』が同じか、という話ではなく、この子の種族。

頭には角が生えており、背中には小さな翼がある。それにまだ短いが尻尾も。


「ねえ、聞こえる?」


膝を抱えている子どもに再び問いかける。

今度は、声が聞こえたのか、2回目も無視はできなかったのか。その子が顔を上げた。


『光魔法』の光球以外に灯りが無く、薄暗い中でも分かる整った顔立ち。両目の下から頬にかけて青色のラインが曲線を描いている。見ると、角も翼も尻尾も、綺麗な青色だった。

しかし、頬や唇、その他にいくつもの生傷や痣がある。


「誰・・・?」


声を聞いても幼いのが分かる。


「私はコトハ」

「コトハ?」

「うん。助けに来たよ」

「助けに来た?」


私の言葉の意味を理解できないのか、繰り返している。話している感じ、男の子かな。年齢はポーラよりも年下。5歳のメイジュちゃんと同じか、彼女よりも幼いかもしれない。


鎖に繋がれたりはしないようなので、とりあえずここから出してあげよう。


「まずはさ、ここから出ようか。どこか痛いところはある?」

「出ない!」


そう言って手を差し出したのだが、いきなり大きな声を出して怯え、私から遠ざかる。

座ったまま、檻の端に後退り、震える男の子。


彼の怪我を見れば、ここでどういう扱いをされてきたのか、想像に難くない。いや、彼の年齢を考えれば、想像できるというのも烏滸がましい、か。

檻から出るのを拒むのは、出れば暴力を受けると思っているからだろうか・・・


どうしたものか。

先に、気になっていることを確認しようか。そう思い、『鑑定』した。


・・・・・・思った通り、『半竜人』。ケイレブから話を聞いておいて良かったと思いながら、ケイレブの話を思い出す。

『半竜人』は人型種とドラゴンが交わり生まれた種。つまり、ドラゴンの血を引いている。代を重ねるごとに、その血が薄まっているだろうと想像されているが、中には『半竜人』の初代と変わらないような存在もいるだろう、と。


彼から感じる魔力、それはかなりドラゴンに近い気がする。『赤竜』に比べたら、ホムラやケイレブに近い存在なのではないのだろうか・・・。だけど何か、違う気もする・・・?


そうしていると、地下室の残りを捜索していたライゼルさんや魔法士たちが戻ってきた。

結果は空振り。この男の子の他に、地下室には誰もいなかった。亡くなっている人を含めて。

とりあえず、この子だけでも外へ逃がすべきか。だが、完全に怯えているこの子をどうやって外へ連れて行こうか・・・


迷っているとホムラが、


「コトハ様。失礼ながら申し上げます。その者は『半竜人』。おそらく、『古代水竜族』の血を引く者かと。コトハ様の『気』を見せてあげれば、警戒を解くのではないかと」

「『気』? オーラってこと? ・・・・・・ドラゴンの血を引くから?」

「左様にございます。これまでの経緯は分かりかねますが、その者がコトハ様の『気』を感じ取れるのは間違いないかと」

「・・・分かった」


とはいえ、あまりにオーラを放出しては、ダーバルド帝国の兵士の中で、魔法に長けた者に気づかれる可能性がある。

オーラを感じ取らせるのは目の前の彼だけ。彼に、私のことを知ってもらえればいい。

そう思い、普段のように私を中心に放射状にオーラを振りまくのではなく、正面一方向のみ、それも薄く弱く。


オーラを放出した途端、膝を抱えて伏せていた彼が、ガバッと身体を起こし、こちらを見た。


「・・・・・・お母さん?」


そう呟き、私を見つめる男の子。


「へっ!?」


思わず変な声を上げてしまった。

当然だが私はこの子の母ではない。ケイレブの話によれば、私と人型種との間に子ができたら、『半竜人』になるのかもしれないが、そういう話ではない。


この子の親、私のオーラに反応して「お母さん」と言ったことから、少なくとも母親が『人化術』を用いたドラゴン、もしくは『半竜人』なのだろう。

しかし、母親どころか他の誰も、ここにはいない。


「えーっと、とりあえず、ここから逃げよ? 一緒に来てくれる?」


少々・・・、かなり混乱してしまい、彼の問いかけを無視する形になっていることに気がついたのは、言葉を発した後だった。

けれど、


「うん!」


私のスルーを肯定と捉えたのか、少なくとも敵ではないと理解してくれたのか。前者な気がしてならないが、ひとまず一緒に来てくれるようだった。





・・・・・・どうしたらいいんだろうか?

現在、まずはこの子を外へ出そうということになり、檻のあった地下から階段を上り、私たちが砦の中に入った塔を目指しているのだが・・・


「お母さん、どこ行くの?」


先ほど助けた『半竜人』の男の子。ホムラによれば、魔力の質からドラゴンを親、少なくとも祖父母くらいの近さにもつだろうとのこと。そして角や翼、尾、目の下のラインの色から『古代水竜族』か『水竜族』だろうと。


そんなこの子は、完全に私を母親だと認識している。

説明に時間をかけるわけにもいかないし、母親であることを否定して怖がらせてしまってはいけないと思い、今は否定してないのだが、何だか手遅れな気がしてきた・・・


ひとまずは、男の子と手を繋ぎ、塔へとたどり着いた。

塔の中で周囲を見張っていたうちの騎士が変な顔をしていたが、無視だ無視。


「コトハ様。この子を外へ?」

「そのつもりなんだけど・・・」


無理な気がするよね・・・

一応、聞いてみる。


「ねえ。私たちは、まだ中でお仕事があるから、この騎士さんと一緒に、外で待っててくれる?」

「嫌だ! お母さんと一緒にいる!」


・・・・・・うん、だよね。


「ホムラ。私はここで、この子と一緒にいるから、ライゼルさんと一緒に、他の場所を調べてきてくれる?」

「畏まりましたわ」


そう言って、再び塔を降りるホムラたちを見送った。


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