第254話:優先順位

ハールさんの執務室から戻った私は、マーカスたちと諸々の確認を行い、馬車職人に馬車の改造の依頼をした。


部屋を出る前にダンさんから『赤竜』による空中輸送について聞かれたが、基本的に協力する気はない。

この世界には「航空戦力」の概念は無い。『魔族』のとある部族には、空を飛べる者たちがいるそうだが、それだけ。後は精々が、運良く空を飛べる魔獣・魔物を従魔にした場合に、その主が従魔に乗って空から攻撃できるだけ。


おそらく私が命じるか頼めば、『赤竜』をカーラルド王国の騎士団と一緒に戦わせることもできるんだろうけど、必要ないだろう。このような情勢において、仮にカーラルド王国が『赤竜』によって航空戦力を手に入れれば、その意味は桁違いだが、さすがにやり過ぎ。下手に侵略国家にでもなられては面倒なので、手を貸すことは無い。もちろん、自分たちで『赤竜』を従魔にしたり、他の空を飛べる魔獣・魔物を従えたり、あるいは存在するのかすら知らんが『飛行魔法』のようなものを研究したり。まあ、自分らでやってくれ。


そういえば、森で出会う魔獣・魔物の中で、嬉しくない相手筆頭の『ツイバルド』。あれは『ワイバーン』の亜種らしい。『ワイバーン』は亜竜と呼ばれるが、その実質は“竜”の中でも最下位に位置する『赤竜』らカラードラゴンよりも下。ホムラは劣化竜と罵倒していたが、そんな存在。それでも人々にとっては稀に人里に現れると、領の騎士団や腕利きの冒険者は決死の覚悟で挑んでどうにか討伐するクラスの魔物らしい。カーラルド王国が航空戦力を手に入れたいのなら、この『ワイバーン』をどうにか飼い慣らせないか研究するのがいいだろう。それでも、茨の道なのは間違いないが・・・



馬車職人とは読んで字の如く馬車を作るのを生業とする職人で、その腕は折り紙付き。王城に来ていた職人の所属する工房は、元々はカーラ侯爵家が毎回馬車をオーダーで頼んでいた工房らしく、今回改造する王宮騎士団や王宮魔法師団の馬車を製作した工房でもある。現在は、侯爵家の御用工房から王家・国の御用工房にランクアップしている。勝手に、こういった工房に改造なんかの指示を出すと嫌がられるのかと思っていたが、その内容と目的を聞くと目を輝かせて喜んでいた。ただ、「是非、実際に飛ぶところを見たい」と言われて少し困ったが・・・


私は『赤竜』による馬車運搬を使った騎士ゴーレムの新たな運用を考えているので、帰ってきたらうちの馬車の改造も依頼しようと思う。

敵陣深くに騎士ゴーレムが乗り込んだ馬車を降下させる。ある程度は上空から落としても騎士ゴーレムは平気だろうから、後は馬車の強度かな。現時点で空から迫る敵への対策は、弓か魔法しかないので、『赤竜』たちなら問題ないだろう。そうやって敵陣の奥深くにいきなり騎士ゴーレムを送り込めば、敵を内側から制圧できる。

もちろん、そんな面倒なことをしなくても『赤竜』に攻撃させればしまいなのだが、それはそれ。使える手段の検討はしておくべきだし、馬車と騎士ゴーレムならいくら失っても替えが利く・・・・・・、お金に目を瞑れば。まあ、今度ゆっくり検討しよう。



そんなわけで準備を終え、部屋へと戻った。

カイトとポーラと簡単に言葉を交わし、2人を寝室へと見送る。


・・・そういえば、アーマスさんから2人に伝言頼まれたっけ?


「カイト、ポーラ。アーマスさんから伝言」

「伝言?」

「うん。私が出てる間なんだけど、バイズ公爵家主催のパーティーがあるんだって。それにカイトとポーラを招待したいってさ」

「パーティー?」


首をかしげるポーラに、聞いたことを説明しておく。

要するに、イメージする貴族のパーティー。たぶんだけど、ギラギラした会場に、笑顔の下で何考えてるか分からない貴族のお世辞の言い合い。後は婚約者捜し・・・?


と、まあ、偏見は置いておいて・・・


「色々ぐちゃぐちゃしてるし、大変らしいんだけど、だからこそ公爵家クラスの貴族は、パーティーしないとだめなんだって。それに今回は、フォブスとノリスのお披露目の意味もあるらしくてね。詳しいことは知らないけど、2人が是非カイトとポーラに来てほしいんだってさ」

「いいの?」


と、カイトが私を見て聞いてくるが、別に構わない。2人を誘うことに、貴族的な思惑が無いわけないが、アーマスさんのことだし、2人とカイトたちが仲の良いところを見せたい程度だろう。・・・というか、そう言っていた。


素直に信じるわけではないが、2人が参加したからといって特に問題は無い。それに、フォブスとノリスが2人を招待したがっているのは本当のようで、これを決めるのは2人に誘われたカイトたちであるべきだろうと思った。


「ああ、それとキアラもってさ。さすがにカイトかポーラのお供?的な感じで参加になるらしいけど、よければって。キアラは嫌がりそうだけど・・・」

「そう思うよ・・・」

「まあ、聞いてみてよ。それで、どうする?」

「うーん、2人に誘われたなら行ってみたいけど・・・」

「ポーラも!」


と嬉しそうに手を上げるポーラを横目に、カイトが続ける。


「けど、パーティーに参加したら、結婚のこととか言われるんでしょ? それは面倒だなって・・・」

「ああ。別にカイトが乗り気ならそれでもいいんだけどね。普通に断って、しつこかったら、まあ、片付けてもいいよ。アーマスさんから、そういう話は無しって言われてるはずだし、それでも言ってくる愚か者には容赦しなくても。まあ、それ含め面倒なら参加しなくていいと思うけどね。私が横で守れるわけでもないしさ」


まあ、カイトの様子を見ていると、参加したいのだろう。フォブスはカイトの一番の友だちと言っていい存在だろうし、ノリスは弟分。そのお二人からのお誘いとあらば、参加したいと思って当然。

一部の空気を読めない馬鹿のせいで生じるトラブルは、後で解決すればいい。2人の将来を勝手に決める気も無ければ、楽しみを奪う気も無いのだ。


「分かった。参加しようかな。ポーラも?」

「うん!」

「了解。キアラはどっちでもいいから、聞いてみて。メイジュちゃんと一緒にいてもらってもいいかもだしね。細かいことはレーノと相談してやっといて。必要な服?とかお土産とかは買ったらいいし、リンの『マジックボックス』に入ってる素材とかはお土産にいいかもねだし、好きにして」

「うん、分かった」

「それじゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

「おやすみなさい!」


出て行く2人の背中を見ながら、ソファーにもたれかかる。

留守中はカイトに私の代理を任せることになるけど、カイトなら上手くやるだろう。


・・・・・・・・・さて、と。

数時間後には出発する。私はホムラの背中に乗るつもりだけど、慣れないことをするのだし疲れるだろう。


そういえば、軍事行動なんて参加するのは初めてだな。ガッドを守るための魔獣討伐には参加したから、2回目? 軍事行動の定義によるのかな。

だが、明日からのは間違いなく軍事行動だ。隣国であり敵国であるダーバルド帝国の砦を攻め、目的の人たちを救出・拘束して、砦を奪う。そのことに躊躇いは無いが・・・・・・、うん。


去り際にダンさんに言われた言葉。ダンさんは、「自分が言えた義理ではないですが・・・」と申し訳なさそうにしながらも「どうか、優先順位を間違えませぬよう。コトハ殿と配下の方々の無事でのご帰還を祈ります」と。

軍事行動・・・、面倒だから戦闘でいいか。戦闘に行くのだから、死者や負傷者が出るのは織り込み済み・・・。いや、私にその覚悟があるのだろうか。

これが必要なのは分かってる。自分でやると決めた。けれど、マーカスは? 騎士は? ホムラは?

私は、みんなの命を預かっている。


・・・・・・私が優先するもの。紛うことなく一番はカイトとポーラ。その2人がカーラルド王国に加わることを決めた。だから、それに協力するしできることもする。2人に責任を押しつけるわけではなく、2人の気持ちを受けて、私が決めた。私の判断。私の責任。


その次は? ・・・・・・私の部下や領民たちだ。私は彼ら彼女らに対して責任がある。自ら忠誠を誓ってくれている以上、「参加させることで危険が・・・」なんて失礼なことは考えない。けれど、無理をすること、そして彼らを無謀な行動によって危険に晒すことは許されない。


『異世界人』として召喚された同郷者を助けたいという気持ちは本当だし、敵の指揮官クラスを拘束できたら優位なのも間違いない。けれど、それは彼らの命に優先されることではない。

確かに、時と場合によっては、100人の命を失ってでも1人を救う必要があるケースもあるだろう。けれど、今回はそうじゃない。最優先目標は、ダーバルド帝国の砦の制圧。それを完了でき、味方の危険を考慮しても可能であれば、『異世界人』を救い、敵を捕まえればいい。

潜入班には私も同行する。状況に応じて、作戦を継続するか、ホムラたちに攻撃を命じるか。その判断だけは、決して間違ってはいけない。躊躇ってはいけない。


今一度、自分の優先順位を確認しながら、私も眠りについた。


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